第7話「デートで殺される」(1/3)
喜怒哀楽さまざまな感情――どちらかと言えば楽の感情が多く行き交っているであろう土曜日の駅前。
俺はあの日から昨日まで更に増えた殺人鬼に狙われ続けるストレスから解放された休日に喜ぶ間も無く、よりにもよってその殺人鬼とマンツーマンで出会うハメになってしまっていた。
……まぁ、最終的にそう決めたのは自分である以上なにも文句は言えないのだが。
「それにしても凄い人だな……これだけ多ければあいつに殺される心配も無さそうだな」
おおよそ一般の男子高校生が抱かないであろう安心感にひとりごちながら、10分後に迫った約束の時間に備えてきょろきょろと辺りを見回す。
普段はキッペーと自宅でゲームをしたり、お袋や妹と近場に買い物とかに行っている事が多い休日をこのように過ごしている事実そのものが、「これから殺人鬼と二人で過ごす」と言う異常さを差し引いても俺に非日常感を味合わせていた。
待ち合わせ場所に着て来たのはブランド物のデニムシャツ……ではないもののあいつに見られても恥ずかしくないと思いたい一張羅。
あいつに似た他人の姿が近付いてくるのを見て「あいつの服と比べても俺の姿は遜色ない」と自負した瞬間、その思いが空振りである事に気付いて落胆と安堵が混じった小さな混乱に戸惑う。
(もうすぐ約束の時間だぞ、まだ来ないのかよ……)
約束の5分前。
思いの空振りが続くあまり落胆と安堵が焦燥と不満へと変わっていくのを感じるが、約束の時間がまだ来ていない以上、勝手に時間前にやって来た俺には不満を述べる権利すら与えられない。
そもそも何で「5分前行動」とか言う本来の設定時間を無視した考え方が幅広く認知されて、あまつさえおおよそ一般の男子高校生である俺の大脳皮質にまでもその習慣と美徳が染み込まれているんだ。その考え方を広めた奴が人生で一度たりとも寝坊した事があったら猛烈に後ろ指を指しまくってやるぞ。
(……くそ、約束の時間を過ぎても来なかったら黙って家に帰っちまうか……?)
そんな自分勝手な提案すらも思い付き始めた約束の5秒前。
ほぼ時間ちょうどに間に合って来たあいつは、ただでさえ苛立っている俺の背後から近付いて「わっ」と声を挙げながら両肩をぽんと叩いて来やがった。
「――うわぁぁぁっ!? ……この、 お前、遅いぞ――」
客観的に見ても理不尽な怒の感情を振りまきながら振り向いた俺は。
普段の制服姿とは全く違う、俺の一張羅なんかじゃ釣り合いそうもない彼女の私服姿に思わず息を飲みながらその怒りを瞬時に霧散させてしまう。
いつもの髪型とは違う、ハーフアップにまとめられた長髪。
いつもの彼女の性格から推察される印象とは少し違う、しかし言われてみれば彼女の身なりと完璧にマッチしている、紺を基調とし所々にフリルのあしらわれたワンピースの衣装。
そしていつもの眼鏡とは違う、濃翠色のアンダーフレームに支えられた幅の狭い眼鏡。
「――すまない、待ったか?」
身長差を補って余りある上目遣いでこちらを見上げながら。
約束通りに現れた楠木すみれは、理科室で出会ったあの時のように悪戯めいて笑った。
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きっかけは昨日の夜、前述のとおり殺人鬼に狙われ続けるストレスから解放される休日を控えて精神の安息を実感していた時の事だった。
「またこの番号からか……」
2日前から俺のスマホに掛かり続けていた、見覚えのない番号からの着信。
それまでは無視を決め込んでいたその着信に対し、俺は精神の安息にかまけてつい応答してしまった。
『――もしもし? あぁ、やっと出てくれた。 私だ、楠木だ』
聞き覚えのある声に安堵すると同時に、電話番号を教えた覚えのない事実に警戒する。鳴神かキリカあたりに電話番号を聞いたのか?
『あぁ、君の電話番号は家のツテで調べられてな。 ……老婆心ながら忠告しておくが、知らない女の人からの電話には長々と応対しない方がいいぞ?』
何でも彼女の家の副業とやらの関係で「電話をかけるだけで騙せそうなカモリスト」とやらがあり、よりによってそのリストの中に「間違い電話を装った女性に反応、美人局を仕掛ける余地あり」と備考付きで俺のフルネームと電話番号が掲載されていたらしい。
……いや違うんだ、あの時はクリスマスが近い事もあってちょっと寂しかったんだ。
普段は知らない電話番号から掛かって来ても歯牙にもかけない心の強い男である事をそのリストの製作者には是非とも分かってもらいたい。
『――それで本題だが……土日のいずれかに、私と会う気は無いか?』
世間話もそこそこなお誘いに、スマホを持つ手が無意識に強張る。
鳴神やキリカほど肉弾戦が得意な印象が無いとは言え、彼女とマンツーマンで会う事が即座に自分の身の危険に直結する事に変わりはない。
『あぁいや、警戒するのも無理は無いな……だがまぁ聞いてくれ、私は君に鳴神さんやあの阿呆の情報、それに今回の殺しの依頼についての情報も可能な限り話そうと考えているんだ』
毒や痺れ薬を盛る事くらいしか能の無い私と一緒に居てもそこまでリスクは高くないだろう、と付け加えつつ彼女は提案の意図を語る。
確かに訳も分からないまま4人の殺し屋に命を狙われている状況下で俺がこの先生きのこるには、その情報は非常に有用なものとなるだろう。
しかし何故わざわざそんな情報を俺に話すんだ? 他の奴らにとってはもちろん、楠木自身にとっても標的は何も知らない方が都合が良いんじゃないか?
『もちろん君が何も知らない方が私にとっては都合が良いさ。ただしそれは、私ひとりだけが君を狙っている時の話だ』
『君も知ってのとおり、君は今私以外にも3人の、それも私よりも今回の任務に適している同業者に狙われている』
『彼女達を少しでも出し抜くためには、私は君に彼女達の情報を売るしかないんだよ』
矢継ぎ早に示される彼女の意見は、俺の事情などこれっぽっちも考えていない意見は、ムカつきつつも確かに納得はできる内容だった。
俺は肯定も否定もできず、ただ彼女の話に引き込まれるように相槌を打ち続けて。
『私の話を聞いても君の境遇は変わらないが、全体的には君の生存率は上がると思うよ。 ――どうする?』
特殊詐欺に引っ掛かる老人はこんな心境なんだろうな、と自虐しながら。
俺は楠木の最後の問いかけに対し、否定したい思いを否定しつつスマホ越しに頷いた。




