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第6話「ハニー・トラップで殺される」(2/2)

「……それで、補充する消毒液とかの内訳はこれで大丈夫そうですか、先生?」

「うん、大丈夫そう。三人ともありがとう~~」


 確認するキリカに対してぽけぽけと返答する花崎先生。

 先刻まで俺と先生が醸し出していた異様な雰囲気など無かったかのように、保健室の中では平静と淡々と――先生がベッドの上に腰掛ける俺の隣にぴったり寄り添っているのが落ち着かなかったが――状況が流れていた。



「それにしても剣菱君の代わりに荷物を運んできてくれるなんて、みんなほんとに剣菱君の事が好きなのね~」

「そう言うんじゃないです。……その、えっと……今回はあたし達にも責任がありますし」

「……責任??」

「いえ、その……プロレスごっこ、をみんなでやって、それで剣菱君を怪我させて……」

「――あぁ! そうだったわね~、先生さっき聞いてたのにすっかり忘れちゃった~」



 「プロレスごっこ」と言う単語を用いるのが余程恥ずかしいのか、キリカは顔を反らしながら溜め息をつく。

 そこまでして俺を殺そうとした楠木の素性を隠して、俺を救ってくれた英雄(ヒーロー)としての賞賛を放棄するのか。

 ……いや、下手に暴露すると自分にも殺人鬼(ヒーロー)として疑いの目が波及してしまうし当然ではあるか。


 俺としては後腐れなく花崎先生に真実を話して身も心もすっきりしたかったのだが、わざわざ今三人の目の前で「こいつら殺人鬼です」と打ち明けて敵対心を上げる必要もあるまい。

 香さんには後日こっそりと真実を話してしっぽりと癒してもらう事にして、今この場では俺はだんまり(中立)を決めこむ事にしよう。




「――じゃあ、次は拓真君に聞いてみようかしら」



 先生の声色が先程と同じ緊迫感を帯びた声色に変わる。


 かくして、俺を軸とした花崎先生と三人の駆け引きが始まった。




「拓真君、理科室に行った時は三人ともそこに居たの?」

「あ、いえ違いますよ。理科室には楠木さんだけが居て、消毒液の事は良く知らないから顧問の先生が戻るまで待っててくれーって……」

「――いやいやいや違うだろ剣菱君! 顧問の先生が用意していた消毒液の箱を持っていくよう言ったけど、君が理科室を色々見てみたいって……」



 第一手から何気なく本音で返答しようとした俺の言葉を楠木に全力で否定(捏造)される。


 ……あれ、この時点で不都合な情報なのか……? とも思ったが、言われてみれば楠木は元々お使いに来た人に消毒液の箱を託すだけだったはずが、俺が来たのを見て急遽「消毒液の箱は用意されていない」と言う事にして俺を引き留めたんだったな。

 そこを正直に話されたらまずいと一瞬で判断するのは凄いぞ楠木。俺は何も考慮せず中立に正直に話し続けるから何とか頑張ってくれ。



「ふーん……それで理科室は面白かったかしら、拓真君?」

「ええ、普段見ない部屋なんで思わず痺れてしまいましたね。隣に倉庫もあって、その隣にある洗浄室まで引きずられて……」

「――わ、私がどうしても見せたいと無理やり剣菱君を引きずって連れていったんだよな!」


「それで、楠木さんが突然メスを取り出したので慌てて逃げ出したんですが」

「――りりり理科室にはドラマでしか見れないこんな物もあると見せびらかせたくてな!」


「倉庫の中で必死に隠れてたんですが、あえなく楠木さんに見つかってしまって」

「――そ、そうだな! 必死のかくれんぼ、楽しかったよな!」


「楠木さんに捕まった俺はパニックのあまり彼女のパンツを脱がせてしまって」

「――……っ、 ぁ……」



 急に真っ赤になりながら俯く彼女を、キリカや鳴神が「どこまでが本当の事なんだ」と言わんばかりの困惑した表情で見つめる。


 いやまぁ実際のところ、俺としても「背後に取り付いていた楠木の腰に後ろ手を伸ばして何かの布を掴み、それを彼女の太股部分までずり降ろした手応えを感じた」と言うだけであり、果たしてその布が何だったのか、ずり降ろしたその下にどんな茂みや花園があったのかを実際に確認できたわけではない。

 しかし彼女の今の反応はあの時の行動が当時行えた唯一にして最大の反抗であった事を証明し、色々な意味で俺に達成感を与えてくれた。反省はするが後悔は全くしていない。



「ぱ、パンツとかは良く知らないけど……ともかく、拓真を探してたあたしは倉庫にいた二人をたまたま見つけたのよ」

「……校舎の一番奥にある理科室に入って更に奥、倉庫までたまたま行った……そう言うことかしら?」

「そうよ」


 楠木と入れ替わるように説明したキリカが、花崎先生の手厳しい質問に対し臆する事なく即答する。

 どんなに道理が通らない話でも「道理が通らない」事を証明する手段が無い以上、その話を突き通さない手は無いだろう。



 ……ここから先は俺も気絶してしまっている部分の話だ。

 彼女達に捏造されても気付かないし、逆に俺が正直に状況を話す事もできない、全くの未知の世界――



「そして遅れて理科室に入ってきたわたしがプロレスごっこをしようって提案したの!!」



 ――ではなく、鳴神のゴリ押しデッキの世界だった。



「……り、理科室で? 階段近くの廊下じゃなくて?」

「あっ……う、うん! 廊下でもやったけど理科室でもやりました!」


 思わず助け舟を出してしまう先生に対し、あくまでプロレスごっこで押し通そうとする鳴神を見てキリカも楠木も頭を抱えている。


 そもそも最初に先生に話したシナリオが「俺が三人とプロレスごっこをしていたら階段を転げ落ちて死にかけた」なのだから、四人が合流した後の展開としてはそれをもう一度話すだけで良かったじゃないか。

 何で理科室で四人が合流した直後に何はともあれプロレスごっこを開始する展開になってるんだ。そんなにそのデッキが気に入ったのか鳴神。



「……ふふ、それで理科室ではどんな技を拓真君に掛けたのかしら、鳴神さん?」

「はい!えっと……わたしひとりでコブラツイストを掛けました!」


 緊迫感が少しずつ弛緩し始めた空気の中、鳴神の豊満な身体に四肢を完全にロックされる自分の姿と感触を想像する。 ……うん、悪くない。


「技を掛けたのは鳴神さんだけ? 他の二人はどうしたのかしら?」

「うーんと……わたしから辛うじて脱出した拓真くんはすぐに楠木さんに捕まって、キリカちゃんとツープラトンの『8の字固め』を受けてました!」


 それはプロレス知識じゃなくてプロレス漫画の知識じゃないか、と思いつつ、楠木に首4の字固めを、キリカに足4の字固めを同時に極められる自分の姿と感触を想像する。

 ………うん、悪くない。試しにやってみてくれないか二人とも、そこで揃って頭を抱えている場合じゃないぞ。



「結構本格的なのね……それで、次はどうしたの?」

「最後はパワーボムです!わたしが拓真くんを持ち上げて階段の下に叩き落としました!」

「パワーボム……って、確か腰を掴んで身体全体を持ち上げるのよね? 鳴神さん、そんなに力持ちだったの?」

「えっと、その……確かにわたし一人じゃ無理だったので、キリカちゃんと楠木さんに拓真くんの身体を持ち上げてもらって、そのまま三人で拓真くんを担ぎ上げたまま理科室を出て階段まで運びました!」



 鳴神が俺にパワーボムを掛ける……となると、まず俺は鳴神と向き合った状態で彼女のスカート近くに頭を突っ込むように身体を畳まれ、そのまま背中にあの胸を押し付けられる形で鳴神に上半身を抱えられるわけだ。


 そして鳴神に身体全体を持ち上げられ、半回転した俺の身体は鳴神の頭に股間が当たる形で押さえ込まれ、両肩はキリカと楠木に担ぎ上げられるように支えられて。

 そんな屈辱的な体勢のまま女の子三人に廊下まで運び出されて、通りがかった他の女子生徒にもくすくすと笑われながら階段まで辿り着いて――



「…………。」

「今の鳴神さんの話は本当かしら、拓真君。 …………拓真君?」

「――はっ、 あぁいや、うん、やって欲しい……じゃなくて本当ですよ、先生!」



 脳内での検証(妄想)作業から突如引き戻された俺は、中立である立場も忘れて思わず三人に寄った証言を行ってしまう。


 それが決め手となってしまったのか。



「――ふふ……わかったわ、三人とも。 拓真君に免じて今の話は全部信じてあげる」



 先生は苦笑しながらベッドから立ち上がり、俺達に対する事情聴取をそこで打ち切った。



「ともかく、そんな危険な遊びをしてたのなら剣菱君の身体が心配だわ。みんなで剣菱君に付き添って帰ってあげてね」

「はーい!」

「うふふ、鳴神さんはいつも素直でいい子ね~~」


 花崎先生はいつものぽけぽけした様子で、鳴神と顔を見合わせて笑っている。


「それじゃ帰ろ! 拓真くん、キリカちゃん、楠木さ……楠木ちゃん……えっと……」

「――すみれだよ。楠木すみれ。 よろしくな、鳴神さん」

「――! うん、よろしくね、すみれちゃん!」


 言いながら元気よく外へと駆け出す鳴神に続き、キリカと楠木も椅子から立ち上がり荷物をまとめて保健室の入り口に向けて背を向ける。


 何はともあれ今日も命は助かった、三人と一緒なら帰路もひとまずは安心だろう。

 そう思いながらベッドから立ち上がり、彼女達に遅れぬよう慌てて帰り支度を始める。




 そんな弛緩しきった空気の中。

 皆が俺に背を向けている一瞬の隙をついた花崎先生は。



「――今の話を()()()()()()()()()、いつでもここに来てね。さっきの続きをしてあげる」



 俺に密着し、俺の腰に手を回して。

 俺にだけ聞こえるウィスパーボイスを妖艶な表情で囁いた。







「……はぁ~~、今日は色々と大変だったわね」


 既に暮れかけた夕陽が地面に4つの長い影を形作る海沿いの大通り。

 その一番先頭となる小さな影――楠木すみれから俺を救ってくれた本日のヒーローであるキリカが溜め息混じりに苦情を漏らす。


「その内あんたも拓真を狙ってくるだろうからさっさとケリを着けたかったのに、完全に予定が狂っちゃったわ」

「私だってお前と標的が被るなんて考えたくもなかったぞ……」


 一番海側を歩いている楠木の方を振り返りながらキリカが忌み事を言い、楠木も負けじと忌み事を言い返す。


「そんなに嫌ならあたしに譲りなさいよ」

「こんなに狙いやすい標的を譲るわけが無いだろう、阿呆が。山田が」

「いま山田って言う必要なかったでしょこのバカ――っ!!」


 何か気付けばキリカと楠木が小競り合いを始めている。

 どうも二人は犬猿の仲らしい――いや、楠木は猫っぽいから犬猫の仲だな。とは言うもののキリカも犬か猫かで言われると猫なんだよな……。



「でも、今日はみんな無事に帰れて良かったね! 保健室ではどうなっちゃうかハラハラしちゃった!」


 一番後ろから俺の隣まで追い付くように走りながら、満場一致で犬認定されるであろう鳴神が口を開く。

 確かにお前のプロレスごっこデッキの酷使にはお前以外の全員がハラハラさせられたが、お前までハラハラするのはおかしいだろう。


「ハラハラするって、花崎先生に嘘がバレそうになった事がか?」

「うん! すみれちゃんが拓真くんを殺そうとしたのがバレたら大変だったなーって」

「そりゃまぁ大変だろうな」


 他人事のように言いながら足元の小石を蹴飛ばす。


 だいたい俺はこいつらの共犯者でも何でもなくむしろ被害者サイドだ。

 こいつらが殺人鬼だとバレたところで俺は何も悪影響はない、むしろ前の日常に戻れるチャンスかもしれない。


 うん、やっぱり明日にでも花崎先生に本当の事を




「あそこでバレてたら多分拓真くんもわたし達もみんな殺されてたもんね」




 ――……は???



「まぁ、私達はともかく、少なくとも剣菱君は確実に殺されていただろうな」

「あたし達もダメだったんじゃない?拓真が殺されてる間に逃げれば何とか助かったかもしれないけど」


 突拍子もない戯言かと思われた鳴神の発言に対し、楠木やキリカも当たり前のように同調する。

 ……あの場で他の誰でもない俺が真っ先に殺される? どうして??



「見つからないよう上手く袖の下に隠してたけど、左手にずっと小型の注射器を隠し持っていたわよね。中身は何だったのかしら?」


「月並みだがシアン化カリウム(青酸カリ)じゃないか? 静脈注射が可能で即効性もあるし、ある程度のコネがあれば入手も保管も容易だ」


「その辺の道具?はわたしは気付かなかったけど、最初に保健室に入った時の先生の殺気は凄かったよね~。拓真くん押し倒されてたし、絶対あのまま殺されちゃうと思ったもん」



 俺の困惑と絶望を他所に、三人はまるで有名店のクレープの感想でも言い合うかのように思い思いに語り始める。

 ……いや待て、って事はもしかして……


「……じゃあ、花崎先生も殺し屋で、俺を殺そうとしてるって事か……?」

「ん? うん、多分そうだと思うよ?」

「――だ、だとしたらおかしいだろ! 何で他の殺し屋(お前たち)がいる中で先生は平気で殺そうとしたんだよ!」


 あっさりと肯定する鳴神に対し俺は必死ですがり付く。



 そうだ、初めてキリカに殺されかけた時に鳴神がそんな事を言ってたし、今日だってキリカや鳴神が駆けつけてくれたから俺は楠木に殺されずに済んだんじゃないか。

 仮に花崎先生が殺し屋だとしても、お前たちが居てくれれば保健室でまったりしっぽりできるんじゃないか――



「ん~~……多分だけど、わたし達と違って先生はどこの組織にも属してないんじゃないかな?」


 多分だけどね、と笑う鳴神に対して他の二人も同調するように頷く。

 俺の知らない彼女達だけの常識が、俺の安息を担保していたはずの常識(願望)を他人事のように蹴飛ばしていく。



「認めたくないけどあの人はあたし達より危険よ。 あたし達があんたを狙うライバルだとバレたらなりふり構わず殺しに来る可能性もあるから、あまりデレデレ近付かない方がいいわ」


 言いながら睨むような視線を送ってくるキリカに愛想笑いを返す事もできず、俺は坂を登る足を止めて頭を抱える。



 俺を殺そうとする奴がまた1人増えたかと思ったら、いつも俺を癒してくれていた人もまた殺し屋で。

 今後はこいつらに殺されかけても保健室に逃げ込む事も治療を頼む事もできなくて。


 何よりかにより、明日二段飛ばしで登る事が約束されているはずだった大人の階段への扉は永遠に閉ざされる事となって。

 これからはもう、俺に色目を使ってくる奴は誰もかもが信用できなくなって――。




「大丈夫だよ拓真くん! いざとなったらわたし達がついてるから!」



 世迷い事を言いながら肩に腕を回し身体を寄せて来る鳴神に対して。



「――お前らが一番信用できないんだろうが――――っっ!!」



 全力で振り払いながら涙目で言い放った魂の叫びが。

 夕陽の暮れ切った黄昏の水平線まで響いた。


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