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第5話「ハーブティーで殺される」(1/3)

 ――とまぁ、そんな事があってから今日でちょうど1週間が経ったわけだが。


 果たして俺は物騒で素敵な学園生活を楽しめていたのか?

 答えはもちろんノーだ。ノーノーの完封試合だ。



『基本的にはみんな自由に登下校する』

『俺が鳴神かキリカと帰る時は必ずもう一方も呼ぶようにする』


 俺があの時飲ませたふたつの条件は、確かに二人とも守っていた。

 守ったうえで、今度は()()()()()()全力で俺を殺しに来るようになったのである。



『基本的にはみんな自由に登下校する』


 まずこの条件が失策だった。特に登校時は下校時と違いふたつ目の条件による縛りも無いため、鳴神もキリカも自由に殺しに来るようになってしまった。

 「行ってきます」と自宅を出た直後にナイフが飛んできて逝ってきそうになった朝もあったし、今朝のように外れの小道を迂闊にもひとりで歩いてしまった途端に真っ白な桃源郷を見せられたりもした。

 特にキッペーと合流するまでの道のりは襲撃の危険が高く、俺は朝日が照らす爽やかな通学路をまるで夜のデトロイトシティに迷い込んだ日本人観光客のように震えながら歩くハメになっている。



『俺が鳴神かキリカと帰る時は必ずもう一方も呼ぶようにする』


 下校時の二人を縛る為の条件も、結局は二人に「もう一方を呼ばれるまでの間に全力で殺す」と言う強攻策へと誘導させる条件にしかならなかった。

 校舎でどちらかに会った時ならまだしも、ひとりで下校中に鉢合わせた場合が特に最悪だ。もう一方が来てくれるまで周りの人並みが途切れぬ事を祈るしかないし、その祈りが天に届かず全力で逃げるハメになった事も何度かあった。



 そんなわけでこの1週間は素敵な学園生活どころか全く心休まる暇もなく、ただただ身体中に生傷を増やし続ける1週間にしかならなかったわけである。



「……なぁ、キッペー」

「なんだよ」

「俺って、誰かに殺されるほど恨まれるように見えるか……?」



 6時限目の体育の授業中。

 いつものように鳴神をはじめ女子達のブル……運動風景を眺めながら、身も心も疲れた俺はふとそんな問いをキッペーに投げ掛けてしまった。



「――少なくとも俺はお前を殺したいと思ってるよ」


 急にトーンの低くなった声に思わずキッペーの方を振り向き、


「だいたいお前、朝から晩までもみじちゃんやキリカちゃんと毎日いちゃいちゃイチャイチャ……そんなのを間近で見させられる俺の気持ちが分かるか!?月の無い夜は気を付けろよ~~!?」


 いつものトーンに戻ったキッペーから目を逸らす。

 あとその忠告は無用だ、月が有ろうが無かろうが俺は鳴神やキリカと毎晩イチャイチャしてる(殺し合ってる)



「……まぁ冗談はいいとして、右膝のそれ、保健室で香ちゃんに見てもらえよ? 見てるこっちが痛々しいぜ」


 キッペーに言われて初めて、短パン姿で露出した右膝の内側に大きく青アザが広がっていた事に気付く。

 おそらく今朝の鳴神とのいざこざで出来た怪我だろう。特に痛むほどでもないが、キッペーにも申し訳が立たないので放課後に保健室へ行く事にした。







「……うん、これで良し~」


 いつものようにぽけぽけとした口調で、花崎先生は危うくも確かな手付きで俺の右膝の治療をしてくれる。


「いつもすみません、花崎先生」

「これが仕事だからいいのよ~。 ……でも剣菱君、最近ちょ~っとここに来る事が増えてないかなぁ?」


 ゆっくりとした先生の言葉に口をつぐんでしまう。

 授業をサボるかイチャイチャする(いちゃいちゃする)時くらいしか使用する事が無いと思っていた保健室に、俺はここ1週間、正しい目的で何度もお世話になっていた。

 それはすなわち花崎先生に自分の素行を心配させる行為に他ならない。


「……すみません」


 そうなった事情を話せるはずもなく、ただ謝罪の言葉だけが口を突く。


「あ、うぅん、あまり怪我しないように気を付けてくれればそれでいいの~……あ、」


 わたわたと慌てながら俺をフォローしてくれる花崎先生だったが、急に思いついたように右手をぽんと着き、俺に向き直す。


「悪いと思ってるなら剣菱君、ひとつ頼まれてくれないかしら~~??」

「…………??」







 まだ生徒もちらほらと残っている放課後の廊下を、あの二人の襲撃を警戒しつつひとり歩く。



『実は保健室で使う消毒液を補給しなくちゃならないの~』


 現校舎の中でもあまり来た事のない区画に物珍しさを感じながら、花崎先生の課したクエスト内容を思い出す。


 保健室で使う消毒液などの薬剤は在庫が無くなるたびに理科室そばの倉庫で補充するらしいのだが、大瓶が詰まった段ボール箱は花崎先生が運ぶには少々きつい重さらしい。

 右膝が痛くなければ代わりに運んでくれると嬉しい、と言うのが先生の依頼内容だ。もちろん俺は快諾した。



『科学部の顧問の先生が消毒液を用意してくれているはずだから、花崎先生に頼まれたと伝えてみてね~』


 そんな言伝を思い返しながら、俺は廊下の最奥、「理科室」と書かれた札が下げられた部屋のドアを開く。



「失礼しまーす……」



 室内に立ち込める消毒液を薄めたような独特な臭い。

 教室内に並ぶ机とは違う、水道やガスバーナーが備え付けられた黒色の重厚なテーブル。

 窓を厚く覆い日光を遮断する暗幕調のカーテン。



 化学の授業を選択しなかった俺にとっては未知の、不気味ささえ感じさせる雰囲気の中。

 視界に入ったのは科学部の顧問の先生ではなく――黙々と本を読んでいる黒髪の女の子の姿だった。




「……ん?」


 俺の声に反応してその子は長い髪を揺らしながらゆっくりと顔をこちらに向ける。

 赤縁の眼鏡の奥にある瞳は、気だるそうに閉じかけながらもぱっちりとその存在を誇示している。


「あの、保健の花崎先生に頼まれて、ここに消毒液があるって……」

「ん、あぁ。 それなら……ん?」


 かけていた眼鏡を直し、本にしおりを挟んでぱたんと閉じると、その子は何かを思い出すようにまじまじとこちらを見つめてくる。



「……? あの、俺の顔に何か……」


「ん……。 ――いや、1週間ぶりだなーと思ってな。覚えてるかい?」


「…………??」



 鳴神とキリカに殺されかけ続けた思い出しかないここ1週間の記憶を懸命に辿っていると。

 彼女はおもむろに立ち上がり、こちらに目線を向けながら明後日の方向に向かって大声を張り上げるフリをする。




「山田~っ、お客さんだぞ~~っ?」




「――あぁーっ!!」


 思わず声を挙げた俺を見ながら彼女はあの時と同じようにけたけたと笑い、そして眼鏡に右手を添えながらこちらを見つめ直す。



「あの時はどーも。 あの阿呆(山田)の同級生で一応は科学部部長の楠木(くすのき)すみれだ、よろしくな」




 そう言って距離的に届かない握手を要求するように左手をこちらに差し出しながら。


 白衣に身を包んだ黒髪の少女は、ただ静かに、穏やかに微笑んだ。


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