第4話「二人に殺される」(2/2)
「よっ、タク」
「おう、おはよう」
翌朝。
俺は昨日の出来事など無かったかのようにいつも通りキッペーと通学路を歩きながら、無かった事になどできない出来事を思い返していた。
『ん……』
あの後短時間の失神から目を覚ました俺が見たのは、心配そうにこちらを覗き込む鳴神とキリカのドアップの顔だった。
『――うわあぁぁっ!!?』
『あ、拓真くん!おはよう!』
『おはよう! じゃねぇよ!何だってお前らまだここに居るんだよ!?』
反射的に跳ね起きながら二人と距離を置く。短時間の休息の割に全身の痛みはすっかり良くなっていた。
それにしても、俺が気絶中に二人に殺されなかったと言う事は……。
『だってわたし達のどっちに殺されるか、拓真くんに選んでもらってないんだもん』
『そ、そうよ。早く決めなさいよ、拓真』
……やはり、気絶する寸前に聞いたこの選択肢のまま状況は止まっていたと言う事だ。
自分を選んでもらいたくて、早く俺と殺し合いがしたくて大型犬のように目を輝かせている鳴神。
心のどこかで殺しはしたくないと思っているせいか、自分を選んでもらう事に対し妙な遠慮が見えるキリカ。
そんな魅力的な二択に対してどうするか。
――その問いに対し、既に俺は迷う事なく決めていた。
『どっちも選ばねぇ。俺は帰る』
二人を無視して床に散らばった鞄や弁当箱を拾い集め、倒れた机や椅子をもとの位置まで丁寧に戻す。黒板ヨシ、カーテンヨシ、電気の消し忘れヨシ。
『じゃあな二人とも、殺し合ったりすんなよー』
あくまで自然に、さりげなく。
そう演出しながら立ち去る俺の演技力は完璧で
『駄目だよ逃げないで拓真く~~んっ!!』
『ぐはぁ――っっ!!?』
駄目だった。
教室のドアを開けたところで背後から全速力の悪質タックルをまともに食らい、俺は鳴神の身体と共に廊下まで吹き飛ばされる。
『ちょ、ちょっともみじ! あんた何抜け駆けしてんのよ!』
鳴神の身体を押しのけながら起き上がったところで、叫びながら勢い良く教室を飛び出してきたキリカとぶつかりそうになる。
『――ままま待った! キリカ、それ、しまえ! 校則違反!校則違反!!』
勢い余って俺の胸元に突き刺さりそうになったナイフが右手に握られているのを自覚したキリカは、ばつが悪そうに後ろ手に隠す。
鳴神はその様子を見ながら、何が楽しいのかニコニコしながら俺の背後から首に腕を回し寄りかかってくる。
背中に触れるふよふよとした感触も、残念ながら「目の前にキリカが居なければ今すぐにでも俺の首は折られている」と考えるだけでまともに堪能する事すらできない。
『あぁもう、離れろ鳴神! ともかく俺は帰るからな!』
『じゃあじゃあ、一緒に帰ろ、拓真くん!キリカちゃんも一緒に!』
『『――はぁ!? 何言って――』』
俺とキリカの抗議がシンクロする。
『だって拓真くん、このまま一人で帰るーって言ってもわたし後ろを着いてって拓真くんを殺すチャンスを狙っちゃうよ? キリカちゃんもそれでいいの?』
『『……いや、それは困る……』』
俺とキリカの思惑がプロセスこそ違うがシンクロする。
『だったら始めから三人で帰った方がいいよね。 拓真くんも殺されずに済むし、キリカちゃんもわたしに出し抜かれずに済むし……わたしはみんなと一緒に帰れるし!』
『『…………。』』
かくして俺とキリカは鳴神に完全に言いくるめられ、楽しそうにはしゃぐ彼女に振り回されるように一緒に帰るハメとなったのだった。
「…………。」
「ん、どした、タク?」
「あぁいや、すまん。昨日見た悪夢を思い出してな」
こめかみを掻きながら手のひらで大丈夫のジェスチャーをする。
――恐らく昨日の鳴神は、純粋にみんなで帰りたかったのだと思う。
「あのまま教室で剣菱拓真と殺し合う」と言うイベントにはやや劣るものの、「この学校で初めて出来た女友達と一緒に帰る」と言うイベントもまた、この学校で彼女が全力で体験したかったイベントのひとつだったのだろう。
とは言うものの。
俺にとって殺人鬼二人に挟まれながら家まで帰ると言うイベントの恐怖は筆舌に尽くしがたいものだった。
特に人通りの多い海沿いの大通りからひとつ外れた小道――俺達以外誰も居ないエリアを通過中に前を歩いていた鳴神が楽しそうに振り返った時は、前日の悪夢のワンシーンがフラッシュバックして思わずキリカに泣きつきそうになったものだ。
「……ほんとに大丈夫か?顔色悪いぞ?」
顔を近付けてくるキッペーに対し、悪夢を振り払うようにもう一度大丈夫のジェスチャーをする。
畜生、昨日はともかく一昨日の悪夢は元はと言えばお前がきっかけで見るハメになったようなもんじゃないか。
「ま、まぁ今日からはそんなに悪夢も見ないだろうし大丈夫、うん」
そう、今日からは、今日からこそは放課後のエンカウントも完璧にコントロールして、俺は先月までと同じ穏やかな学園生活を――
「あ、いたいた! 拓真く~~ん!!!」
――朝の爽やかな空気に相応しい、清く透き通った絶望的な呼び声。
振り向けば長身でポニーテールの可愛らしい女の子が、小柄でツインテールのすました女の子と共に海沿いの坂道を駆け下りて来るのが見えた。
「あれ、どうしたのもみじちゃん!寝坊したの?」
「キッペー君もおはよー! このくらいの時間に来れば二人と一緒に登校できると思って1本遅い電車に乗る事にしたの!」
鳴神の言葉にキッペーがハッスルしている中、俺は登校時のエンカウントもコントロールしなくてはいけなくなった事実に愕然とする。そして当然ながらコントロールが必要なのは鳴神ひとりだけじゃない。
「そしたら途中でキリカちゃんと会っちゃって! 聞いたらキリカちゃんも同じ考えだったみたい!」
「へぇ~。 キリカちゃん?も俺達と一緒に登校したかったの?」
「……あたしが登校したかったのは拓真とだけだけどね」
「えぇぇぇ!? おいおい何だよタク、いつのまにこんな可愛い子と友達になったんだよぉ!?」
キッペーに肩を掴まれ首を振り回されながら昨日の朝のやり取りを思い出す。
『――確か隣のクラスに山田って子が居たはずだな』
『これをきっかけに山田ちゃんと仲良くなれたら紹介してくれよ?』
そう、あの時お前が言っていた山田さんがこいつだ。
紹介するだけでなくこいつもお前に任せるから、こいつと鳴神の登下校はお前がまとめて面倒見てやってくれ。
登下校の時さえ何とか凌げば、後はそこまで面倒な事には……
「拓真、始業前に悪いけどちょっと来てくれるかしら」
「拓真、あたし数学の教科書を忘れちゃったの。貸してくれないかしら」
「拓真、間違えてパンを2つ買ってきちゃったの。屋上で食べましょう」
……なった。思いきり面倒な事になった。
鳴神と違い「剣菱拓真と同じクラスではない」と言うビハインドを持つキリカは、授業の合間の時間全てに俺達のクラスを訪ねてくると言う暴挙に打って出たのである。
当然ながらチャイムが鳴るたびに他クラスの美少女が訪ねて来る様は物凄く目立つ。
ただでさえ鳴神に纏わりつかれてクラスの男子から羨望と嫉妬の視線を浴び続けていた俺は、その照度が2倍となって自分に襲い掛かるのを切々と感じていた。
・
「……おいキリカ、あそこまで毎回うちのクラスに来られると困るんだが……」
「そうだよキリカちゃん! 拓真くん休み時間はいつも寝てるんだから毎回呼びに来たら寝れなくて可哀想だよ!」
「い、いやまぁそれはいいんだがな……」
昼休み。
キリカと共に屋上に上がって来た俺と鳴神、そして何故か着いてきたキッペーは、まだ他の生徒もまばらな中で各々の昼食を食べつつ、表向きは和やかな会話に花を咲かせている。
「……別に、あんたが気になって毎回来てるわけじゃないんだからね? もみじがあんたに対して変な気を起こさないよう見張ってるだけなんだから」
キリカの反論は彼女の立ち位置を考えると実に論理的だ。
にも係らずその言い回しは何故だか知らんが聞いているこっちの方が恥ずかしくなってしまう。
「だーいじょうぶだってキリカちゃん。タクの方はどうだか知らんが、もみじちゃんは授業中にタクに襲い掛かったりするほどブッ飛んじゃいねぇよ。なぁもみじちゃん?」
おぉ、凄いぞキッペー……お前だけが事情を全く把握していないのに奇跡的に会話が噛み合っている。
「うん! わたしそんな、みんなが見ている中でころ……えっと、蹴る……とかしないし、 どうせなら不意打ち……じゃない、びっくりさせたりせずにころ……命……戦いたいもん!!」
おぉぉい!! 鳴神! ステイ、ステーーイ!!
「……まぁ、確かに吉平やクラスの人が見てる間ならもみじも大人しくしてるかもね。 頼んだわよ、吉平」
「お任せくださいキリカ様!!」
かくしてキッペーは俺・キリカ両名の公認による鳴神もみじ監視員となった。
キッペーにとっては鳴神と楽しく過ごしつつキリカにもアピールできるので言う事は無いだろう。もちろん俺にとっても襲撃リスクが減るので何も言う事はない。隣で自分のアタックチャンスが減る事も理解できず良く分からない顔をしている鳴神の事なんか知らん。
「それじゃキッペー、鳴神が帰る時も一緒に着いて行ってやれよ」
「任せろタク!」
「うぅんキッペー君、日中はわたし達と一緒にいるんだし帰りはキリカちゃんと居てあげてよ!」
「任せてくれよもみじちゃん!」
「……駄目よ吉平、あなたは一日中もみじと一緒に居なさい」
「お任せくださいキリカ様!!」
……駄目だ、キッペー以外にとっての理想の状況がてんでバラバラなせいで話が一向にまとまる気がしない。
俺は他の生徒達が屋上で遊んでいるのを尻目に、貴重な昼休みの時間を費やして鳴神とキリカを説得し、「基本的にはみんな自由に登下校する、ただし俺が鳴神かキリカと帰る時は必ずもう一方も呼ぶようにする」と言う条件で何とか納得させる事に成功した。
「それじゃ拓真くん、いつでも呼び合えるようにLINE交換しよ!」
「あ………そうね、じゃああたしも」
二人の提案に快諾してスマホを取り出す。
どちらかに襲われた時に助けを呼ぶ手段にもなるし、流石のこいつらも通話やスタンプで俺を殺す事は出来ないだろうしな。
「追加、追加っと……二人ともよろしくね!」
そう言いながら鳴神が送って来た変顔の忍者のスタンプを受信しながら、俺は初めて家族以外の異性――殺人鬼である事が玉に瑕だが――とLINEを交換できた事に少なからず感動し、そして旧型のガラケーを持ちながら寂しそうにこちらの様子を眺めるキッペーに少なからず優越感を抱いていた。
今さら自分の機械オンチを嘆いても無駄だ馬鹿め、分かったら一刻も早くスマホを新規契約して俺や二人や他の男友達とLINEを交換するんだ。
……いやほんとに頼むよ、男友達大勢で待ち合わせる時とか結構大変なんだからさ。
「まぁ、俺に用事があったらタク経由で連絡してくれよ。 ――それじゃそろそろ教室に戻るか!」
キッペーの声に辺りを見回すと、既に遊んでいた他の生徒の大半は姿が見えず、残った生徒も出口へと小走りで駆け込んでいる。
その姿を追うようにキッペーやキリカが駆け出し、スマホを操作し終えた鳴神も遅れて駆け出す。
鳴神とキリカのLINEに「よろしく」と入力しているうちに出遅れ、慌てて顔を上げた俺の視界には。
雲ひとつない澄み切った青空の下、元気良く走っていたポニーテールの後ろ姿がくるりと振り返り、
「――拓真くん!」
「二人きりになりたくなったら、いつでも連絡してね!」
既にキッペー達も階下に消えたのを良い事に、そんな素敵で物騒な誘いを笑顔で叫んで来やがる鳴神もみじの姿が眩しく映った。
「――あぁ、前向きに検討しておくよ!」
半ばやけくそ気味に叫び返すと、彼女は本当に楽しそうに、嬉しそうに満面のスマイルを全力で俺に見せてくれる。
チャイムが響き、屋上に舞う風が俺達二人だけをすり抜ける中。
俺も不思議と、この物騒で素敵な学園生活を楽しめるような気がした。




