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第4話「二人に殺される」(1/2)

(駄目だ……終わった)



 鳴神の登場により突如喧騒が納まった夕刻の教室内に、外で部活動を行う生徒達の掛け声が小さく響いている。

 現実逃避でもするようにその掛け声を聞きながら、俺は自分の悪運が今度こそ尽きた事を痛感した。



 無数の傷から血が滲む全身はいまだ思うように動かず、上に跨るキリカの小柄な身体すら押し返す事ができない。

 俺はキリカが突き立てるサバイバルナイフを懸命に押し返しながら誰かが教室に入って来るのを、それを見て彼女が殺害行為を中止してくれるのを祈り続けた。


 入って来るのはこの際誰でもいい。俺にカードを引かせてくれさえすれば、引くのは絵札のカード(花崎先生)でも無地のカード(知らない生徒)でも何でも良かったはずだった。



「……~♪」



 その結果が死神のカード(あれ)だ。


 キリカは最初こそ俺を殺そうとする気概があったものの、文字通り土壇場で見せた彼女の表情と葛藤はごく普通の女子高生のものだった。

 しかしあれにはそんな可愛げのある葛藤なんざ微塵も感じられない。昨日の夕方も一昨日の夕方も、出会った日から2打席2安打の首位打者ペースで鳴神もみじは躊躇なく俺への致命打を打ち抜いてきやがる。


 そんな戦闘マシーン、女子高生のような何か、モラルを胸に吸われた女と名高いあいつも、流石に他の善良な一般市民が見ている中では俺に手を掛ける事もなかった。

 だがしかし今あいつと俺の他に見ているのは、あいつと同様に俺を殺そうとしている同業者(山田桐香)だ。

 二人の関係が仲間なのか敵なのかは知らないが、いずれにしてもあいつは今の状況を「犯行を見られたくない一般人が居る状況」とは認識しないだろう。


 つまるところ俺の状況は「殺人鬼1人に殺されかけている状況」から「殺人鬼2人に殺されかけている状況」にレベルアップしただけなのである。

 後は俺の腕の力が尽きて山田桐香に刺し殺されるのが先か、それよりも前に鳴神もみじのサッカーキックによって蹴り殺されるのが先か、そのくらいの違いしか無いだろう。


 ……畜生、もはやキリカの腕を押さえている自分の腕の感覚すら怪しくなってきた。俺もこれまでか……



(……ん?)



 いや違う、キリカの腕を押さえる感覚が無くなっているんじゃない。

 キリカの腕を押さえる()()()()()()()()()()んだ。



「あなた……この間転校してきた……」

「うん、鳴神もみじだよ。よろしくね」


 キリカはドアの方を振り向いたまま、いつの間にかサバイバルナイフを俺の顔へと下ろす力をも緩めていた。

 彼女の凶刃を押し返す思わぬチャンスであったが、下手に動かして彼女を刺激するわけにもいかず、俺はキリカの腕を押さえるフリをしたまま二人の会話に耳を傾ける事しかできない。



「鳴神……そう、あなたが父さんの言ってた……。 全く、あのバカも居るし感付かれる前にさっさと殺すつもりだったのに」


 ぶつぶつと呟きながら、キリカは身体を完全に反転させて俺に背中を向けるように跨り直す。

 ――まずい、この体勢だと俺の腹や股間にナイフが振り下ろされるのを防ぐ事ができない。


「わたしも山田さんの事、里の人から聞いてるよ。思い出すまで時間かかっちゃったけど」

「……山田って呼ぶんじゃないわよ。殺すわよ」

「わたしは殺していいけど、拓真くんは殺したら駄目だよ?」


 

 生殺与奪の権利を握られたまま、俺は殺し屋同士の異常なガールズトークを戦々恐々と聞くハメになっている。

 せめて苗字を呼んだとか呼ばれたとかじゃない、俺の納得する理由で俺を殺そうとしてくれ――



(……んん?)



 ――何かおかしい。

 先程俺の頭をよぎった悲観的な予想とは違い、鳴神は急いで駆け寄り俺を蹴り殺そうとするわけでもなく、ニコニコと悠長に会話を交わしながらゆっくりとこちらに近付いて来る。

 キリカより先に俺を殺すのが間に合わないと判断して諦めた――と言う様子にも見えない。そもそも当のキリカ本人にも、鳴神よりも先に俺を殺そうと急ぐ様子が伺えない。


 鳴神もみじの登場によって風前の灯火どころかバケツで水をぶっかけられるかと思われた俺の命運が、何故か一向に消える素振りを見せない。



「……それ以上来ないでよ。こいつがどうなってもいいの?」

「ううーん、拓真くんが殺されちゃったら困るけど……でも、()()()()()()()殺せないでしょ?」

「――っ」


 鳴神の言葉に気圧されるかのように、キリカはナイフを俺の身体の上に構えつつ、俺に跨ったまま後ずさるように身体の位置を後ろ――俺の頭部に向けてずらす。


 ……今の言葉はどう言う意味だ?

 先程の土壇場におけるキリカの躊躇とは違う、別の理由で今は俺を殺せないって事なのか?



「まぁ、それはわたしも同じだから……えっと、やま、えーと……」

「桐香よ」

「キリカちゃん!」


 嬉しそうにキリカの名前を呼んだ鳴神は、横たわった俺の足元まで近付くとキリカのナイフを構えている両手をぎゅっと掴み、そのままキリカと向かい合わせになるように俺の身体の上を跨いだ。



(…………んんんん???)



 ちょっと待て。なんだこの状況は。


「ちょ、ちょっと鳴神さん……」

「もみじでいいよ!」


 鳴神の身体に気圧されるかのように、キリカは更に身体の位置を後ろ――俺の頭部に向けてずらす。

 もはや目の前には彼女のスカート越しの臀部しか見えず、それは今にも俺の顔の上に圧し掛かろうとしている。


 キリカの構えていたナイフは俺の腹の真上まで位置がずれていたが、それを制するように掴みながら、鳴神は俺の身体の上を跨いで立っている。

 つまり俺の頭(キリカの尻)との距離をちょうど二分した位置に俺の腹(ナイフ)が来るような俺の身体の一部分、その真上に鳴神は立っていると言うわけだ。



「もみじ、つまりどう言う……」

「だからね、キリカちゃん、」



 わかりやすく言えば、鳴神とキリカは俺の――



「どっちに殺されたいか、拓真くんに決めてもらうの!」



 ちょっと待ってくれ、と制止する間もなく鳴神は俺の身体の上に勢いよく腰掛け、その勢いに押されたキリカも俺の身体の上に尻餅をつく。

 

 ――次の瞬間。

 俺の口元は、そして股間は、ふたつの柔らかく暖かい感触に同時に押し潰された。



(んぶ……っっ!!)

「そ、そんなのこいつに決められるわけないでしょ!」

「えぇ~、それが一番公平にどっちが殺すか決められると思うんだけどなぁ」

(んーっ! んん――っっ!!)



 当事者の意見も聞かず話を進めるな、と抗議をしようにも鼻と口が押し付けられたキリカのキリカにジャストフィットしてしまい声どころか息を挙げる事すらできない。

 無理して呼吸をしようものなら鼻や口の不自然な動きはキリカに伝わり、自分がどこに腰掛けているのか、自分のどこが俺の口に当たっているのかを悟られる事になってしまう。

 そうなれば最悪の場合、動転した彼女はナイフを思い切り振り下ろしてしまうに違いない。そうならないよう俺は息を潜め続ける事しかできない。



「拓真くんに決めてもらえないとしたら、わたし達同士で殺し合って決めるしかないでしょ? わたし、それは嫌だよ」

(……っ、……――っっ!!)



 こっちが必死で呼吸を我慢してると言うのに、あろう事か鳴神はイヤイヤのジェスチャーでもしているのか腰を大きく左右に揺り動かす。


 先ほど鳴神が腰掛けた時、どうも勢いあまってスカートが舞い上がったまま直接ぺたんと俺の上に腰掛ける形となったらしい。

 つまり鳴神のもみじはスカートすら隔てず、今日は何色かも分からぬ薄布1枚のみを隔てて俺の股間の上に密着している形となる。


 それが彼女の体重により程よく押し付けられ、あまつさえ左右に小刻みに揺り動かされて――



(――やばい)



 股間が不自然な動きをしてしまいそうになるのを懸命に堪える。

 今ここで鳴神に戦いを挑むのは余りにも無謀だ。挿す前に刺される未来しか見えない。

 素数を数えて、あるいはまだ習ってもいない微分積分がどんなものかを想像して股間の感触が脳に伝達するのを邪魔し続けるしかない。



「……まぁ、あたしもあんたと殺し合うのは嫌ね」

「でしょでしょ?だから決めてもらおうよ!」



 考え込むように後ろに重心を倒したキリカが鼻と口を圧迫する。

 はしゃぐように前後に腰を動かす鳴神が股間を圧迫する。



(……なんでもいい、 早く……はやく決めてくれ……)




 ――呼吸の停止を、股間への血流の阻害を強要され続け、

 それでもなお耐え続けた俺は。



「拓真くん!」

「……拓真!」


「「わたし達のどちらに殺されたい…………あれ?」」



 二人の質問に応えられぬまま、緩やかに幸せに意識を失っていった。


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