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95話:おひめさま

「ゴアアアアアアアア!」


 我らが支えている()巨大剣の鉄板に向けて、ゴリラゴリラゴリラが再度大ぶりの拳を振り下げた。

 激しい衝撃が襲いかかり、またもや別の隊員が腰を負傷した。


 更に、拳が振り下ろされる。

 鉄板から鐘のような高い音が鳴る。


「ウホ? ウホウホホホ!」


 ゴリラは更に更にもう一度鉄板を殴って音を出した。


「ウッホホホ」


 どうやら遊んでいるようだ。

 魔王や神を越える程の力を持ちつつも、知能はゴリラ並らしい。


 だからこそ迷惑極まりない。

 何度も鉄板を打たれ、激しい衝撃を受けたことで、ついに副隊長以下は全員倒れてしまった。

 残っているのは我と叔母上の二人だけ。早くもレイドバトルなどと言っている状況ではなくなってしまった。

 しかも我は右腕を失っているため、片手で鉄板を支えている。


「ウホッホ」

「馬鹿ゴリラ野郎め! おいやべえぞメッシュ、このままじゃジリ貧だ」

「うむ。右腕が完治するまでこのまま防御に徹しようと思っていたが……」


 我は、ちらりと右腕の傷を見た。

 既に血は止まり、肘までじわじわと再生しているが……そこからの治りが遅い。

 時が経つにつれ、再生速度が低下していく。


 ゴリラゴリラゴリラの魔力は、悪魔にとって相性が悪いらしい。

 毒のように蝕み、再生能力を鈍くしている。


「どうやらすぐに完治するのは望めないらしい。このような事態は初めてだ。流石は伝説の神獣というところか」

「感心してねえで、そんならさっさとケリ付けるぞ!」


 叔母上は勇ましく言いつつも、しかしこの状況から抜け出す具体的な案は浮かんでいないようだ。

 我も片腕で鉄板を支えているため身動きがとれない。

 もし鉄板を捨ててしまえばゴリラパンチが大地に当たり、少なくともこの裏山は──最悪、魔界全土。惑星ごと一撃で粉砕されてしまうであろう。


「一撃……いや我と叔母上で同時に二撃。とにかく一瞬でゴリラの息の根を止める必要があるな。中途半端な攻撃ではおそらく無意味。逆効果。このまま鉄板の下で耐えながら魔力を溜め、攻撃の機会を伺おう。我は残っている左拳に魔力を溜める」

「おめえにしては良い考えじゃねえか……いや、アタイもそう思ってた。アタイは右のコブシに力を溜めるぜ。ただパワーが溜まるまで、ゴリラ野郎が鐘遊びに飽きなけりゃあ良いけどよぉ」


 そして我らはゴリラパンチの衝撃に耐えつつ、力を溜め始めた。


「ウホホホ。オホホホ」


 幸いまだゴリラは鉄板の鳴る音に夢中だ。

 しかしいつ飽きるか、もしくは鉄板が割れてしまうか、いずれにしても時間の問題である。

 祈りながら鉄板を支え続けた。祈ると言っても我は悪魔だから神には祈らない。単純に、己の運に祈っている。



 そんな中。


「……叔母上。気付いているか?」

「ああ!? 今集中してんだから話し掛けんなよ、後でビンタな! で、気付くって何をだ?」

「ゴリラが鉄板を叩くたび次元が歪んでいる。重ね重ね、流石は伝説の神獣だ。無意識に『ゲート』を大量発生させているぞ」

「な、なんだとぉ!?」

「しかもゲートが発生しているのは、この裏山だけではなく……」


 そこまで言った所で、


『うええーん! メッシュくん助けにきてー! お城に異界のモンスターたちが~いっぱいいっぱいなの~!』

『お兄様お兄様お兄様ー! わたくしの! わたくしの大活躍! 異世界の凶悪モンスターをばったばったとなぎ倒す、勇者わたくし大活躍! 大活躍ですのー!』


 ネア姉上とフォルから同時にテレパシーが届いた。

 二人は同じ場所にいるようだ。テレパシーから逆探知するに、魔王城内の研究所あたりであろうか。

 おそらくフォルはいつものようにサキュバス少女アルノと遊ぶため、そして姉上はその付き添いか何かで研究所に赴いているところで、大量の『ゲート』と遭遇してしまったのであろう。


 ゴリラゴリラゴリラが鉄板を鳴らすたび魔界のどこかしらでゲートが発生しているのだが、我が魔界全域を感知したところ、どうやら魔王城に集中発生している。

 城には特別強い悪魔や魔物たちが働いているため、その魔力に反応しているのであろうか。


『あっアルノちゃん様あぶないですの! ジャスティース・プレッシャー!』

『きゃふふ……フォルちゃん、強い……ー』

『そうですの! わたくしとーっても強いんですのよ! おーっほっほっほ、ですの!』

『おー……ほっほっほー……』


 アルノの声も聞こえる。

 フォルは自分の活躍を我へ伝えるため、思考だけでなくその場の全ての音をテレパシーに乗せ送っている。大変な状況なのに無駄なエネルギーを使っているな。


『早く助けに来てよメッシュく~ん! 数が多いしあんまり美味しくないし大変なの~!』


 姉上が悲痛な声で言っている……が……食ったのか。異界の魔物を。相変わらずの悪食だ。

 とりあえずは無事、というより結構余裕がありそうである。


『我は今、そのゲートが発生している根本原因と戦っている。助けにはいけない』

『まっ! そうなの~? 頑張ってね~』

『原因!? ってことはお兄様、ボスキャラと戦ってますのね!? ズルいですのズルいですの、わたくしもボスと戦いたいですの!』


 などと言っていると、


『フォルううううう!』


 聞き慣れた男の声が響いた。

 この声はフォルの父親、そして我のイトコである外務大臣サディートだ。

 城内の異変を察知し、とにかくまず娘の元へ駆け付けたのであろう。


『あっお父様が来ましたの』

『ならば安心だな。あとはサディートに任せておけ。眼鏡フラッシュとかで魔物たちを排除するだろう』


 眼鏡フラッシュと言う技があったかどうかはさておき、サディートならなんとかするだろう。

 我は一旦テレパシーを切り、


「ゴリラの影響で、魔王城に大量のゲートが発生している」


 と、状況を簡単に叔母上へ伝えた。


「……のようだなクソッ! アタイが山の魔神をやってる時に、こんな失態を犯しちまうなんてよぉ……!」

「叔母上のせいではないだろう。それに城にはマートやサディートがいるので大した被害は出ない」


 そういえばマートは「忙しいから」などと言ってゴリラ退治の助っ人を断ったが、この状況を予期していたからか。

 ならばそう言ってくれれば良かったものを。まったく、男の(・・)マートは素直では無い。



 そうこうしている間に、我の左拳に充分なエネルギーが集まった。

 ゴリラゴリラゴリラの鉄板遊びは続いているが、多少飽きてきたのか間隔が長くなっている。

 そろそろ攻撃へ移らねばならぬようだ。


「まずは我が鉄剣の下から飛び出し囮になる。その隙に叔母上がゴリラへ攻撃を打ち込み、続けざまに我も特攻しよう」


 そう提案すると叔母上は「ああ!?」と眉をひそめた。


「ふざけんな! 囮役はアタイがやんぞ。若造の甥っ子にそんな真似をさせられるワケ……」

「年齢は関係ない。我の方が体格が大きいので囮に向いている。叔母上の方が小柄ですばしっこいので敵の隙を突きやすい。だろう?」

「うぐ……」


 叔母上は苦々しい顔で「確かにそうだけどよ」と頷くが、


「……でもアタイは……アタイは……」


 葛藤している。

 叔母、そして隊長としてのプライドが邪魔をするのだろうか。

 それとも……


「……決めてたんだ。おめえらの両親が死んだ時……アタイは母親代わりって柄じゃねえけど、せめて父親代わりになってやろうって。でもアタイはガサツだから鍛えてやることくらいしか出来ねえし……大したこともやれてねえ……だけど……だから……もし、ここでメッシュが殺されちまったら……アタイは……兄貴に申し訳が立たねえよ……!」


 叔母上が珍しく心情を吐露した。

 父親代わり。そのような考えを持っていたのか。


 我は少し考え、こう言った。


「我は叔母上を父親のようにも母親のようにも思っているぞ。息子を信じてくれ。我は死なない」


 すると叔母上は「えっ……」と息を漏らし、頬をほんのりと赤く染めた。


 再び頭上でゴリラが鉄板を打ち鳴らした。

 そして我はゴリラパンチの合間を縫うように、鉄板の下から飛び出す。


「バっ! 待ちやがれメッシュ!」

「もう遅い。我の提案通りにいくぞ」

「あああああああ! クッソぉ糞ガキが!」


 我は飛翔し、ゴリラゴリラゴリラの眼前に浮かんだ。


 その時ゴリラゴリラゴリラは鉄板からそっぽを向き、城の方を眺めていた。

 どうやら鉄板遊びに完全に飽きたようだ。先程のが最後の一撃だったらしい。

 なんともタイミングの良い話だ。


 我はまず囮になるため、ゴリラの鼻先を蹴った。

 蹴りの衝撃でゴリラの首が多少前後に動いたが、しかしほぼ無傷。

 もう少しダメージを与えられると思っていたが……相当に頑丈な神獣である。


「ウホホ……グオオオオオオアアア!」


 ゴリラは我の姿を見て、六本の腕をうねらせ掴みかかって来た。

 完全に敵であると認識されたようである。

 我はゴリラの攻撃を避ける。


 そして……



「喰らえやクソゴリラぁぁ!」



 叔母上の渾身の一撃。

 集めたエネルギーを一気に放出し、爆発と共に右拳をゴリラの後頭部へ打ち込んだ。


「ゴガアアアアア!?」


 ゴリラは驚いたように牙を剥き咆哮する。


 そして間髪入れずに我の攻撃だ。

 左拳に溜めた魔力を漆黒の光線として放射し、大きく開いたゴリラの口の中へと差し込む。


「グゴオオオオ……!」


 光線は上顎を貫き、頭の中へ届いたようだ。

 ゴリラは苦しそうに唸っている。

 どうやら効いた──



「ウゴッ!」

「何っ……」



 油断した。

 ゴリラは苦しみながらも右側の腕三本を一斉に振り、内一本で我の全身を殴打した。

 その腕振りの速さは、我の目でさえやっと追えるかどうかという程であった。

 我はまるでボールのように打ち飛ばされてしまう。森の木々を破壊しながら、強制的に山を下る。


「メッシュ!」


 叔母上が叫んでいる。

 しかしゴリラゴリラゴリラの次の標的は、当然ながら叔母上だ。

 ゴリラは六本ある足の内、前の一本を振った。


「そんな……メッシュ……やだ…………あぐっ」

「ウボォォオッ!」


 叔母上は我に気を取られ、ゴリラキックへの反応が遅れてしまった。蹴られ、打ち上げられる。


「ぐほっ……」

「グオオオッ!」


 ゴリラは上昇する叔母上を追うようにジャンプ。衝撃で土砂崩れが起きる。

 そしてゴリラは叔母上を抜き去り、上空で止まった。

 六本腕を全て振り上げ、叔母上が『叩き落とすのに丁度良い高さ』まで登ってくるのを待ち構えている。

 やはりボール遊びの感覚でいる。


 無邪気。だからこそ恐ろしい。

 それにここまでアクロバティックな動きをするという事は、驚いたことに、我と叔母上の全力攻撃は大して効いていなかったらしい。

 故に伝説の神獣。これが伝説の神獣。

 つくづく感心する。


 そしてその神獣の頑強すぎる剛腕により、叔母上の身体が砕き壊される────



 ────直前。



 ゴリラの顔が消し飛んだ。



「ボォォォ……」


 ゴリラの首断面、気道から空気とガスが噴き出し野太い笛のような音が鳴る。

 そのままフラフラと揺れ、がくりと地面へ落下。

 砂埃を舞い上げながら六本の足で着地。しかし全ての膝が曲がり、倒れ……ついには動かなくなった。

 あの膨大な生命力と魔力を感じない。死んだのである。


「あ……あれ……?」

「無事のようだな叔母上」


 我は叔母上を抱きかかえ、地面への落下を阻止した。

 叔母上を仰向けに寝かせた状態で、左腕で腰を支え、肘までしかない右腕で頭を支える。そんな恰好で抱きかかえている。


「……生きてたのかメッシュ」

「我は死ななないと言ったはずだ」


 などと言いつつ我は血を吐く。

 全身の骨が砕けているようだ。右腕も失ったまま。

 久々の満身創痍。我ながら逆に笑えて来るな。


「……おめえがゴリラを倒したのか……?」

「そうだ。ゴリラゴリラゴリラの屈強な体には、我と叔母上の全力攻撃もほとんど利かなかったが……しかし一度思いっきり攻撃されてみるものだな。張り手を全身で喰らったことで、やつの魔力構成を『覚えた』。体に攻撃は通じずとも、魔力を暴走させることはたやすい(・・・・)。脳と脳髄を爆発させ、首ごと吹き飛ばしてやったのだ」

「……そんな芸当がたやすい(・・・・)のは、おめえだけだよ」


 そう言って、叔母上も血を吐いた。



 武力の神獣『轟理羅號離羅豪裏羅(ゴリラゴリラゴリラ)』は強敵であった。


 魔力は我と同等。

 力、頑丈さは我を遥かに上回る。


 しかし知、技術、おまけに風貌の爽やかさは我が圧勝している。

 結果、総合的に我の方へ軍配が上がったという訳だな。



「へっ……伝説の神獣を殺すたあ、いよいよおめえもバケモンじみた強さになったじゃねえか。父親(・・)冥利に尽きるねえ」

「うむ。我が一番強いのだ」

「言ってろ」


 叔母上はクスリと微笑む。


「……ところで気付いているかメッシュ。おめえ今アタイを『お姫様だっこ』してんぞコラ。アタイにこんな似合わねえ格好させやがって馬鹿野郎」

「似合っているぞ。叔母上は魔界の姫ではないか」

「………………ばーか」


 叔母上がニンマリと笑った。


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