9話:転生してハズレ職業”召喚師”になったけど偶然チート級魔王を召喚出来たその日から最強モテモテハーレム生活!
以前も言ったが、我もそろそろ召喚獣としての仕事に慣れてきた。
もはや気張らなくとも適当なルーチンで一仕事こなせる。
転職半月にして、早くも入社二十年目くらいの風格だ。ぅはーはっはっは。と調子に乗ってみる。
しかし仕事というものは往々にして、慣れ始めの頃が失敗しやすい。
我とて元魔王だからといって完全無欠ではないのだ。
気張りすぎる必要は無いが、気を緩めすぎるのも考えもの。まあ適度に頑張るとしよう。
「おはようございまーす陛下ー。今ある仕事はD級案件くらいでーす」
「そうか。ならばそれにしよう」
ゴシック服姿の鑑定係に言われるまま、我は召喚される準備をおこなう。
我は実質としてA級召喚獣と同じ扱いなのだが、そもそもとしてA級用の仕事はそう多くは無く、B級以下の案件を片付けることの方が多い。今日もそのパターンという訳だ。
「あ、D級と言えばー」
鑑定係が思い出したように呟いた。
彼女は我を嫌っているためすぐに「死んでくださーい」などと言うのだが、最近は雑談を交わす程度には良好な関係を築きつつある。
我も魔王時代の高飛車な態度が抜け、本来の好青年に戻ったと言うことだな……と以前マートに言ったら曖昧な笑顔を無言で返された。
と横道に逸れたが、鑑定係との会話に戻る。
「実はお仕事の失敗損害が一番大きいのって、A級でもS級でもなくて、D級なんですよねー」
「失敗、というと召喚術師の願いを叶えられなかった場合か?」
「いえ違いまーす。召喚された時点である程度の報酬は貰えるしー、術師の願いとかぶっちゃけ知ったこっちゃないですしー。ここで言う失敗ってのは、召喚先で死んじゃって帰ってこないことでーす」
鑑定係は銀髪を指先でいじり、「あ、最初から死ぬこと前提の超絶特(SSS)級案件は別ですけどー」と補足した。
この女、以前は長い銀髪を床に垂れ流し散乱させていたが、最近は何か心境の変化があったのか黒いゴシック風リボンで結び束ねている。毛先も切り揃えているようだ。
「D級案件なのにー、どうしてだかーたまにB級やA級の召喚獣さえも帰ってこないんですよー。だからワリに合わなくてー。何ででしょうねー。理由不明」
貴重なA級召喚獣さえ死んでしまうのは大問題だと思うが、鑑定係はあまり深刻でない軽い口調だ。
まあ鑑定係にとって人事は担当外なので、どうでも良いのかもしれないが。
「どうして理由不明なのだ。貴様は召喚先の状況を監視出来るのだろう?」
「そんなー、いちいち召喚獣全員の進捗管理なんてするわけないじゃないですかー」
「そうなのか。しかし、我の仕事はちょくちょく覗き見しているようだが」
「んえっ……」
鑑定係は虚を突かれたように口をあんぐりと開け、一瞬だけ頬を赤く染めた……ような気がしたが、すぐに何かを誤魔化すように首を横へぶんぶん振った。
「それはー、陛下が危険人物だから特別に監視してるんですー」
「何! 我は危険人物だったのか」
「自覚してくださーい。死んでくださーい」
死ぬのは嫌だし、安全人物になれるよう努めるとしよう。
「しかし忠告は分かった。D級案件には気を付けよう」
「まあー、陛下くらいならー、そんなに気を付ける程のことも無いかもしれないですけどー」
鑑定係は「ふふふー」とイタズラっぽく笑った。
とはいえ。
物事とは、面倒臭い方向へと倒れがちである。
厄災が起きる可能性を一度考えてしまうと、その厄災の方からすり寄って来る。
例えば我が魔王だった頃、時間ギリギリで書類仕事をしている時に「今もし部下が別の面倒臭い仕事を持って来たら、書類が間に合わなくなるな……」と考えた瞬間に部下が慌てて仕事を持って来たり。
そんな「案の定」といった経験を持つ者も多いだろう。我は殊更多い。
今回の件も、まさにそれだった。
我はいつものように召喚魔方陣へ入り、いつものように召喚され、いつものように術師の前に現れた。
今回の召喚術師は悪魔族と同サイズ、手足も二本ずつ。まさに『人間』と言った外見だ。肌の色もいわゆる『肌色』。十代中盤くらいだろうか。
呼び出された我はまず元気よく笑い、
「ゥハーッハッハッハ! 我を呼び出したのは貴様か」
と術師に向かって言い放ったのだが――
巨大な雷が、我を貫いた。
◇
一体何が起こったのか。
それを説明するには『我を呼び出した召喚術師』の言葉を聞くのが、一番てっとり早いだろう。
という訳で、
「オレの名前はイーキリ! 元はブラック零細企業の飛び込み営業で業績最下位の四十代独身の子供部屋おじさんだったんだけど、ある日トラック……というか100トンの特殊大型車両に轢かれて粉々になって死んだ後、この世界の平民の美少年息子として転生したんだ。しかもこの世界は俺が生前ハマってたファンタジーRPGゲーム『ブレイブ・グランディア』の世界ソックリ! 転生直前に出会った神様から『好きな職業に就いて最初からスキルポイントMAX』という特典を貰ったんで、ブレイブ・グランディアで最強のレア職業である召喚術師に就いたんだけど……」
ちょっと待て。
急に話を詰め込み過ぎて意味が分からない。
整理すると、この召喚術師は元々別世界の住民……ええと、そもそもこの世界自体が我から見ると別世界なので紛らわしいな。
とにかくこことは違う世界から転生してきた人物らしい。
転生か。噂に聞いたことはあるが、経験者を見るのは我も初めてだな。
それでこのイーキリという少年は、赤ん坊として生まれ変わる前から職業を『召喚術師』に決めてしまったと。
平民へ転生したと言っていたが、王侯貴族でも無いのならば、職業など大人になってからゆっくり決めればよいものを。
「この世界の職業は、生まれてすぐ『神の信託』によって決められるんだ!」
なるほど、前時代的な宗教観だな。
もしそのような就職システムを魔界に採用すれば、血気盛んな魔物どもはすぐに革命を蜂起し、我やマートに皆殺しとされるであろう。
しかし召喚術師は大当たりの最強職業……だったか。
それならばイーキリにとって旨い話ではあるのか。
「それが違ったんだ! ここは『ブレイブ・グランディア』にソックリだけど、やっぱりちょっと別の世界だったんだよ!」
それはそうだ。ゲームと現実が同じである訳あるまい。
「召喚術師はレアはレアだけど、ハズレ職業だったんだ! この世界では召喚術を唱えるたびに、異界からの侵入者を阻む『神の雷』が召喚獣に落ちて死んじゃうんだよ! 神様の野郎、そんなの何も説明してなかったのに!」
神の雷か。
確かに先程の雷からは、神レベルの強大な魔力を感じた。おそらくはA級召喚獣でさえも即死する威力であろう。
鑑定係が言っていた『D級案件なのにA級召喚獣が死ぬ事例が多い』という話を思い出す。
もしやあれは、この世界が原因なのでは無いだろうか?
「おかげで俺は超ハズレ職業の超ハズレ人間。落ちこぼれさ! 毎日イジメっ子から殴られ蹴られ、便器に頭を突っ込まれる日々さ!」
それは気の毒に。
風呂には毎日入っているだろうな。
「ヤケになったオレは今日死ぬつもりだったんだ。イジメっ子の奴らを呪いながら、崖から落ちて死ぬ」
そう言えば、我が呼び出されたここは崖だ。
ただ5メートルくらいの高さなので、確実には死ねない気がするが。
「でも死ぬ前に、オレとしたことが何の気まぐれか……フッ。無駄と知りつつも召喚魔法の唱え納めをしようとしてね。イジメっ子たちへの恨みと呪いの念を込め、最後の召喚……! ついでに召喚獣にも一緒に死んで貰おうと……! そしたらお前が出て来た! 神の雷に穿たれても無事だった……メストロトロンだっけ!? お前がね!」
メシュトロイオンだ。
「きっとこれこそが神より授けられたオレの真のチート能力! 超! ハイパー! スペシャル! エリート召喚! ヒュウッ! オレ! 凄い! オレ!」
ノリがウザい。
しかしイーキリの召喚が成功したのは、偶然たまたま、雷に耐えられる我が来たと言うだけの事。神のチート能力とやらでは無いだろう。
そもそも雷を落としているのも神、イーキリに能力を授けたのも神、というのは矛盾しているぞ。
ただイーキリの話は理解した。つまり我を呼び出した理由は、
「イジメっ子たちへの恨みが召喚理由か。ならば我は、そいつらを殺せば良いのか?」
「いや別にそこまでは……でもうん、せっかく成功したんだし……よし! 殺してくれ! 無残に! あいつらのカノジョの前で!」
イーキリは大声で願いを言ったが、すぐに
「いや待って! やっぱ違う!」
と取り消した。
「では何だ。ハッキリしろ」
「殺すよりも、惨めな目に遭わせて最終的に自殺に追い込みたい! それがオレ独特の超残虐なオリジナル復讐法だ!」
「分かった」
こやつオリジナルどころか、よく聞くような在り来たりの話だが。まあ分かりやすいから良い。
「とりあえずオレが本当は凄いってトコを見せたいから、召喚獣のお前が頑張ってどうにかしてくれ!」
「うむ。任せておけ」
「ヨッシャー! これでオレもやっと念願の転生チートモテモテハーレム性活だ!」
こうして我は、イーキリと行動を共にすることになったのだ。