88話:体育会系純情独身おばさん
「ったく、テメーらはよ! いっつもいっつも姉弟でサカりやがって。ああ情けねえ! 情けねえな! それでも魔界の王族かぁ!?」
「これでも王族だ。それにサカっているのはネア姉上だけだ」
「まっ! 濡れ衣~!」
我と姉上は服を着直しホテルの外へ連れ出され、魔界のトレーニングルームにて二人並んで逆立ちし、叔母上の指導を受けている。
魔神の怒りを鎮めるはずのクライドリで、逆に魔神を激怒させてしまったようである。
だいたい姉上のせいだ。
「指が痛いぞ。そろそろ逆立ちを解いても良いか、叔母上?」
「そうよそうよ痛い~。無駄な筋肉が付いちゃう~! こういう体育会系なノリって嫌いなの~」
ただの逆立ちでは無く、我も姉上も利き手と逆である左手の小指一本で逆立ちしている。
それだけなら大したことは無いのだが、叔母上が乗っているのだ。我の右足裏と姉上の左足裏へ器用に乗りバランスを取り、たまにわざと揺れている。
叔母上自身は軽いので良い。問題は着用している鎧だ。
小柄な叔母上の体を包む小さな漆黒の鎧。これは特殊な木材で出来ており、とにかく重い。
異常に重い。
一般的な悪魔ならば着用しただけで死ぬほどに重い。
一国の城よりも重いのだ。
普段は叔母上が魔力によりちょっと浮いているので影響無いが、本来なら歩くだけで地面や建物を破壊してしまうレベル。
ただし今いるトレーニングルームだけは壊れない。初代魔王やその仲間の古代魔界貴族の魔力が込められているため、とてつもなく頑丈なのだ。
まあそれだけ頑丈な部屋があるせいで、鎧の桁外れの重さが心置きなく解き放たれ、今まさに我と姉上に圧し掛かっているのである。
「体育会系結構じゃねえか。痛いのは我慢しろやバカヤロ! あと叔母上って呼ぶな。お姉さん、だろ」
「分かった叔母上」
「分かったわオバ様~」
「お姉さん、だ!」
叔母上は齢四万を越える大悪魔。
一万年以上生きる悪魔でさえ数少ないと言うのに、四万年は凄まじい。
屈強で稀有な魔力の持ち主という訳だ。
まあ祖母殿や亡き母、それに魔界の元老たちなんかは十万歳を越えているので、相対的に大したこと無いようにも思えてしまうが……それでも凄いことには違いない。
叔母上は四万歳以上だが、ただし見た目は若い。
外見だけで判断するなら、「成人しているか、していないか」と言ったくらいであろうか。
張りのある肌。ピンク色の艶やかで派手な髪。姉上よりは高いが、一般的には低い側の身長。
実年齢を知らぬ者から「小娘」などと呼ばれることも多いらしい。
頑張って若作りをしているのでは無い。
長寿の悪魔とはこういうものなのである。
貫録を出すため、あえて爺さん婆さんの姿を取る悪魔もいるがな。
「でもでも! お姉ちゃんもメッシュくんも悪魔なんだから、姉と弟でえっちするのは悪いコトじゃないと思うの~。むしろ良い事なのに~」
「え、え、ええ、えっちはダメなんだよ!」
叔母上は、性的なことへの抵抗力が見た目以上に若い。というより幼い。
普段は荒々しく乱暴な姐御肌といった性格なのだが、こと男女の話になると顔を真っ赤にして暴れだす。どちらにせよ『暴』なことには変わりないな。
「とにかく今日こそ、アタイがてめえらの性根を叩き直してやっからよぉ! 覚悟しろよガキども! 舐めんなボケェ!」
「舐めてはいないが、悪魔の性根を正すのは無意味かつ摂理に反していると思う」
「いいや反してねえ! え、えっち……なことはダメだからだ!」
叔母上なりのこだわりがあるようだ。
恥ずかしいだけかもしれぬ。
「いいか!? え、ええ、ぇっち……なことはな、あの……その……いけない! わかるか?」
「わからん。何故だ? 悪魔だぞ」
「わからな~い。なんで~? 悪魔なのに」
「うるせえ! ダメだから駄目なんだよ!」
叔母上からこのような指導を受けるのは初めてではない。
姉上のせいで今までに何度も経験してきた。
しかしいつもこの調子で「駄目だ」以外に具体的なことを話さぬため、まったく心に響かないのである。
「つ、つまりだな……その……あの……お、おちんち……を……」
ぼそぼそと喋る叔母上。よく聞こえない。
我は逆立ちの体勢であるため確認出来ないが、おそらく今、叔母上の顔は真紅に染まっているだろう。
しかしこのぼそぼそ喋るモードに入ってしまえば、大体いつも残り一時間くらいで終わる。
我と姉上は適当に聞き流しながら、手足の痛みや疲労を耐えていた。
その時であった。
『やあ兄上♡』
我の頭の中に、テレパシーによる声が届いた。
『今は暇かい? 暇だよね? 僕のトコに来て欲しいな♡ 魔王用のコスチュームを新調してね。兄上に見て貰いたいのさ♡ お菓子もあるから来るよね? 来るね? 決まりだ。さあ今すぐ三秒で来て♡』
我の返事をまったく聞かず、一方的に話を決めている。
このテレパシーの主は、我の弟かつ妹のマートだ。
声質から察するに、おそらく今は妹であるらしい。
我もテレパシーで返答する。
『今は無理だ。叔母上に指導されている』
『おや。それは大変だね、ふふっ』
マートが面白そうに笑った。
他人事だと思っているな。
「おい聞いてんのかガキンチョ!」
テレパシーに気を取られていたため、怒られてしまった。
叔母上の指導には常に『適当な相槌』を打っておかねばならぬのだ。
「聞いているぞ叔母上」
「お姉さん! ったく。アタイは保護者代わりとして責任を感じてんだ。死んだ兄貴みたいに……おめえらの親父みたいに、もっとストイックな悪魔になれるようにだなあ」
叔母上のぼそぼそ喋りモードが解けてしまった。つまり、指導の時間が伸びてしまった。
そして叔母上はまだ気付いていないようだが、我の隣で姉上が目を開けたまま器用に眠っている。
こんな状況で良く眠れるものだと感心さえする。
我ら悪魔族は年に三時間程度の睡眠しか必要無いし、姉上はそれを数週間前に取ったばかりだ。
ただしまあ睡眠の必要が無くとも、単調な作業中に眠たくなってしまうのは悪魔でも良くあること。
この重し付き逆立ちを単調作業だと認識してしまう、姉上の根性を見習いたいものだ。
しかしこうなると、我が一人で『適当な相槌』を打たねばならぬ。貧乏くじを引いてしまったな。
『あははは。僕が話し掛けたせいで説教が長引いちゃったみたいだね。ごめんね兄上♡ でも困ったね。僕は今すぐ兄上に会いたいのに、叔母上相手では魔王命令で指導中止させるのも少々面倒だ……そうだ兄上、ちょっと僕の言う通りに喋ってみてよ』
『ふむ? 何か作戦があるらしいな。良いだろう』
我はマートの提案を飲み、以下の台詞を口にした。
「叔母上。好きだ。急にムラムラしてきたからちょっと抱かせてくれ」
「あぁあ!? バカ、我慢し……………………………………はああああああ!? な、なななななな何言ってんだ、急に何言ってんだバカ!?」
「叔母上。好きだ。急にムラム」
「繰り返し言うな! 言うな言うな言うな! わああああああ!」
叔母上は我と姉上の足の裏から降りた。というか落ちた。
すぐに起き上がり、「ば、ばか! ばか! ばか! ばかじゃねえの!? ばーか!」と叫ぶ。
その顔は、やはり真っ赤になっていた。
「我は馬鹿ではない」
「いや馬鹿だろ! ばばばばバカぁああああ!」
叔母上は凄まじい勢いで後ずさりした。
後ろ歩きで音速の壁を越え、巨大な音と衝撃波を放つ。
その衝撃だけでトレーニングルームの重い扉が開く。
「うああああああああん!」
そして叔母上は走り去っていった。
後に残るは逆立ちから解放された我と、未だ逆立ちしたまま居眠りしている姉上。
『さっ、解放されたね。それでは僕の元に来てくれないか兄上。二秒で♡』
マートのテレパシーが再び我の頭中で響いた。
ちなみに二秒は無理だった。




