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81話:お仕事見学ロリサキュバス

『悪魔は身内に甘い』


 古くから伝わる(ことわざ)である。

 我ら魔界の悪魔族とは別系統の悪魔であるサキュバスやインキュバスにも、この諺はしっかりと当てはまるらしい。



 サキュバスの少女アルノは、このところ毎日毎日朝から晩まで勉強漬け。

 そしてそのアルノの父であるインキュバスの中年男性。彼も毎日毎日、暇さえあるとアルノの部屋へ訪ねてくる。

 その度に我は、棚の上や天井裏へ隠れる羽目になるのだ。


「アルノや。今日も勉強を頑張っているみたいだねえ」


 アルノの父親は夢魔の貴族。

 夢魔ではあるが異性の精力を吸い取る仕事には就いておらず、異界との貿易業を営んでいるらしい。


「ところでそのノートやメモを見せてくれないかい?」

「はい。良いよお父さん」

「うんうん。綺麗に纏まってるねえ。偉いねえ。凄いねえ。それにもう学者並のことをやっているじゃあないか。難しすぎてパパには内容がまったく分からないよ。とにかく凄いねえ」


 その日のアルノは、異界から取り寄せた社会学の学問書を読んでいた。

 資本主義だの社会主義だの、宗教社会だの反宗教社会だの、天界主義だの魔界主義だの。

 はっきり言って我にも分からぬ。


 我がアルノに魔力を分け与えてから十二日目。

 父親が言う通りアルノの知能はとうに学生の域を越え、学者並になっている。と我も思う。


「学者は言い過ぎだよ。私は本で知識を得ただけだもん。学者ってのは自分自身で新しい仮説を立てて、調査して、立証する人のこと。私はそこまでしてないよ」

「はっはっは。アルノは賢くて謙虚で偉いねえ」


 父親は嬉しそうに「うんうん」と頷く。

 とにもかくにも、娘の成長を喜んでいるようだ。


「今日もこのノートをコピーして良いかい?」

「良いよ。でもそんなメモ書き、コピーする程のものじゃないけど」

「いやいや。これは私の宝物だよ」


 父親は毎日、アルノのノートやメモをコピー機にかけ保存している。

 子煩悩が過ぎる気もするが、しかし父親とはこういうものかもしれない。

 我のイトコのサディートも、娘のフォルの写真で一杯になったアルバムを千冊くらい持っているからな。


「……ところでアルノ。前みたいに、丸とか三角とか……ああいう絵は描かないのかい?」


 父親がノートを大事そうにめくりながら、ふと聞いた。

 丸とか三角とか、と言うと……我がこの夢魔世界へ来た時に、アルノが落書きしていた他愛もない図形のことであろう。


「もう描かないよ。あの頃の私は子供だったから、適当にお絵描きで遊んでただけだもの」

「ああ、ははは。そうだな。いやあ、すまないすまない。しかし私はあのお絵描きも好きだったのだよ。純粋な芸術というか、そういう感じがするだろう?」

「お父さんったら。ただの親馬鹿よ。あははは」


 アルノが魔導無昇華病だった頃の話も、もはやほのぼのと笑いながら語れる想い出と化していた。




 ◇




 十三日目。



「アルノ。すっかりならあなたも賢くなっちゃって」


 アルノの姉が、どこか刺々しい口調で言った。

 この数日で姉の態度にも慣れてしまったアルノは、


「ええ。おかげさまで」


 と無難に言って微笑む。このような社交性もすっかり身に着けていた。


 ちなみに今日の我もやはり天井裏に隠れ、この様子を伺っていた。

 ここはアルノの部屋ではなく、家族が集まるリビング。

 魔導無昇華病だった頃のアルノはほとんど自室だけで生活していたようだが、最近は行動範囲を広げている。


「……ふん。とにかく病気が治ったのなら、いつまでも小賢しく本ばかり読んでいないで、お仕事の一つでもしたらどう?」


 姉が皮肉っぽく言う。


「お仕事っていうと……?」

「いわゆるサキュバスの仕事よ。異界の男性から精力を吸い取る仕事。将来的にどんな職業に就こうとも、一度はこの伝統的な精吸(せいす)いを経験するのが夢魔としての務めなのよ」

「へえ。そうなんだね」


 兵役義務のような扱いなのであろうか。

 しかしそんな姉の提案に対し、思わぬ方向から反対の声が上がる。


「いやダメだ。それはいかん!」


 アルノの父親である。

 どこか慌てた様子で、アルノと姉の会話に乱入した。


「どうして、お父さん?」

「何故よ、お父様?」


 アルノと姉が同時に問うと、父親は額に汗をかきつつ説明した。


「それは……アルノの頭は成長したが、体はまだ少女の姿のままではないか。サキュバスの仕事は負担が大きすぎる。それに今のアルノの頭脳ならば、肉体労働者でなく学者なり弁護士なりにもなれるだろうし、出来れば私の貿易業も手伝って欲しい。現代は精力の補給なんて薬で充分なのだし、伝統に(とら)われる必要は無いよ。肉体労働は庶民に任せて、今は勉学に励みなさい」


 サキュバスの仕事は肉体労働扱いらしい。

 確かにモロに肉体を使うが。


「……ふんっ。私の時とはえらい違いね」


 姉は露骨に不満げな態度になった。妹のアルノだけ父から大事に贔屓されているよう感じたのだろう。

 アルノはそんな姉に気を遣ったのか、


「でもお父さん。やっぱり私も一度、伝統的なサキュバスの仕事を経験しておきたいかも。これも勉強でしょ?」


 と食い下がった。実際興味もあったのだろう。

 ただ姉は、そんなアルノの気遣いが逆に癇に障ったのか、ますます険しい顔になった。


「経験、勉強ねえ……しかしなあ、パパはお前が心配なんだよ」

「ねえ、良いでしょうお父さん」

「ううむ………………やはりダメだ! しかし、まあ、見学だけだ。見学だけなら許しちゃう」




 ◇




 十四日目。


 という訳で今日は社会見学だ。


 アルノには十人以上のボディーガードが付けられている。

 ただの見学だと言うのに、過保護な父親が用意してくれたのだ。

 しかしその過保護すぎる状況が、我にとっては都合良い。

 我はボディーガード集団の中にしれっと混ざることにした。


「えへへっ」


 見学現場への道中、アルノがたまに我へ手を振り笑った。

 そのたびに他のボディーガード達が怪訝な顔をし、我は素知らぬフリをした。



 我らが向かったのは、夢魔の精吸い事業所。


 この事業所には数多の異界への通門ゲートが設置してある。

 各従業員は各々なんとなくなフィーリングで好きな世界へと赴き、異性から精力を吸い取ってくる。

 その精力を事業所の受付へ渡せば、報酬の賃金が支払われる。

 というシステムらしい。


 魔界の召喚斡旋所にどこか似ているな。




 ──で、肝心のお仕事見学だ。


 胸と尻が大きく、腹が細く、露出が多く、如何にもサキュバス然とした女性の『お仕事』を見学した。

 見学と言ってもアルノは異界へは足を運ばず、事業所でリモートのライブ映像を見る形式。

 蠅型の小さな魔物がサキュバスの後を付け、小型カメラで撮影するのだ。

 安全だが、しかしこうなるとますますボディーガードの意義は薄れる。


 今回サキュバスが選んだ世界は、偶然我も知っている世界。地球であった。

 就寝したばかりでまだウトウトしている状態の、スポーツマンらしきガタイの良い男に狙いを定める。

 催淫効果のある魔術をかけ、男の布団にもぐり込み──




「…………凄かったね。男の人のアレを、ああして……ああやって……ああなるんだ……メッシュさんのアレもああなるの?」

「なる」


 見学終了後、アルノは周りのボディーガード達に気付かれないよう、小声で我へ話しかけてきた。

 サキュバスの仕事は正直言って『そのまんま』で我の想像の域は出ていなかったが、それでもアルノには刺激が強すぎたらしい。

 顔を真っ赤にして興奮冷めやらぬようだ。



 とにかく見学は終了。

 お土産として男性器型ボールペンをボディーガード含む人数分貰い、さて後は帰宅するのみである。

 我らは精吸い事業所の建屋から出た。


「……あれ? こっちはなあに?」


 アルノは、事業所のすぐ隣にある建物に気付いて立ち止まった。

 すぐ隣というか、よく見ると壁の一部が繋がっている。事業所の別棟であろう。

 一階建てで低く平たい、小さな施設である。


「どうせなら、全部見学するべきよね?」


 そう呟き、アルノは迷いもせず別棟へ入っていった。

 建屋内には、まず無人の受付があった。

 受付を素通りし、部屋の奥にある大きな扉を開けると……




 そこに広がっていた光景もまた、アルノには刺激が強すぎた。




「うう、うう、う」

「ああああああ! ああああああああ!」

「いたいよ。もうヤダよ……」


 狭い室内に狭いベッド複数がみっちりと設置され、その上に十数人のサキュバスとインキュバスが並ぶように寝転がり、悲鳴や唸り声を上げていた。


 腐臭が漂っている。


 彼らは皆、腕や足、目、耳、鼻……体の何かしらの部位を失っていた。

 上記全てが無くなっている者もいる。

 皆の患部には申し訳程度の包帯が巻いてあるが……その包帯の長さは、明らかに足りていない。

 充分な治療を受けていないのか、全てのベッドで血だまりが凝固している。


 平和な街中の施設だというのに、ここはまるで戦時中の野戦病院だ。


「え……皆どうして怪我しているの……ここは……何?」

「ここは傷病棟ですよ。今日だけでこれだけの夢魔が怪我をしたということです。」


 女性ボディーガードが説明した。

 他の者も頷いている。皆知っているようだ。

 しかし『病院』ではなく『傷病棟』という名称が引っかかる。


「精吸いの仕事は危険と隣り合わせなんです。異界の者がいつも我々より弱いとは限りませんからね。夢魔を嫌って殺そうとしてくる客もいます。最初は夢魔に好意的だったとしても、途中で興奮して乱暴する客なんかもいます」

「乱暴?」

「エッチしながら異性を傷付けるのが好き……って性癖の者は多いんですよ。そんな奴らにとって、後腐れ無い異界の悪魔であるサキュバスやインキュバスなんて、格好のカモ(・・)ってワケです」

「そんな……」


 アルノは愕然とした顔で、傷病棟の患者を見回した。

 一応の簡単な手当はしてあるが、満足な止血さえおこなっていない。

 各々が自分や隣に寝ている者の血で汚れている。


「……彼らはこれから治療を受けるの? 順番待ち?」

「いえ。このまま身内が引き取りに来るのを待ってるだけです。ただの怪我人の待機室ですよ」

「医者はたまに見回りに来るくらいですね」


 ボディーガードたちは、代わる代わる数人でアルノの質問に答えていく。


「……身内が来なかったら?」

「そりゃあ死にますね」

「そんな……どうして? 何故、ちゃんとした治療を受けさせないの?」

「ここに詰め込まれるのは皆平民だからですよ。貴族にはお付きのドクターがいるし。それに……」


 ボディーガードの一人が、面倒臭そうに頭を掻きながら言った。

 もう終わったし早く帰りたい、なんて思っているのであろう。


「それに言っちゃなんですけど、手足や目が無くなるのはまだマシです。命があるんだから。怖いのは病気です。異界の病気をうつされて、治療法も分からず死んじゃう夢魔も多いですからね。まあ治療法が分かってても、平民じゃ薬を買うお金も無いですけど」


 以上の説明を聞いたアルノは、


「なんて劣悪な環境……」


 と、絶望するように小さく呟いた。




 ◇




 その晩。

 夕食の席にて。


「おおアルノ。見学はどうだったかい?」


 そんな陽気な父の問いに対し、


「うん……勉強になったよ。すごく」


 アルノは深刻な表情で答え、あとはずっと黙りこくっていた。


「ふんっ」


 と姉は不愉快そうに妹を見ているが、しかし今日のアルノはそんな姉に見向きもしなかった。

 

 我はいつも通り天井裏から、アルノの真剣な表情を眺めていた。

 一体何を考えているのやら。




 そして夕食後。

 アルノの部屋にて。


「決めたよメッシュさん。私、サキュバスの労働環境を改善する!」


 アルノは突如、我に向かってそう宣言した。


「それは立派な志だが、具体的にどうするのだ?」

「労働組合を作るの! 労働組合!」


 アルノはそう言って、法律や社会学の本を机上に積み上げた。


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