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79話:淫乱ではないサキュバス

 グニャグニャ魔方陣の世界。

 召喚された我が最初に見たものは、大きなぬいぐるみだった。


 男性器の。


 男性器のぬいぐるみだ。



 他にも熊っぽい生物や、黒ヤギっぽい生物のぬいぐるみもある。

 人間の女と男を模した対の人形もある。

 馬車らしき乗り物の模型もある……いや、模型にしては造形が荒い。子供用の頑丈な玩具か。

 他にも積み木や(まり)、小さな太鼓や小さなマラカスなど。

 そして落書きされた大量の紙片が散乱している。


 玩具ばかりの様相から察するに、ここは子供部屋のようだ。男性器のぬいぐるみは少々浮いているがな。

 そしてその子供部屋の主は──


「あー。ねー、だぁーれ?」


 少女だった。

 床にペタンと尻を付け座り、我をじっと見上げている。

 その両の(まなこ)は邪心無く澄んでいる。悪魔の我としては少々苦手な瞳だな。


 黒い髪を肩まで伸ばしているが、手入れをしていないのかボサボサで寝癖だらけ。

 小さい背。薄い身体。

 我ら悪魔族と同じ、いわゆる『人型』の生物だ。それも当たり前か、人間型の人形が存在する世界なのだから。


 フォルやサトケン少年と同年代くらいの容貌だ。

 ただし、この世界の人間の成長速度が分からないので具体的な年齢は察せぬ。


 少女は手にクレヨンを持っている。

 真っ赤な原色のクレヨン。他の色も床に落ちている。

 散乱している紙片の落書きは少女が描いたものらしい。



 他には誰もいない。

 おそらくはこの少女が我を呼び出した召喚術師であろうが……


「ゥハーハッハッハ、と笑うのを忘れていた。ゥハーハッハッハ」

「うはー?」

「少女よ。貴様が我を呼び出した召喚術師か」

「しょー……うぅー?」


 少女は人差し指を口に咥え、体を大きく傾けた。

 しばらく「うー」と唸っていたが、我が返事を待つままに黙っていると、


「……まーる。まーる」


 下を向き、クレヨンで紙に図形を描き始めた。

 我を呼び出した要件を、絵で伝えようとしているのだろうか?


 と思って数分間眺めていたが、


「しかーく。まーる。うふ」


 意味があるとは思えない、他愛もない図形を描いているのみ。

 紙面いっぱいが図形で埋まったところで、少女は紙を持ち上げ、我に見せた。


「じょーず?」

「上手かと聞きたいのか? うむ……」


 なんとも言えぬ。

 歪んだ丸や四角、三角の図形がギッシリと描かれているのみ。

 だが少女は我の「うむ」を肯定の意味と取ったのであろうか、


「きゃはは。ありぃがとございます」


 と喜んだ。



 その時、我はようやく気付いた。


 少女が見せてくれた紙では無く、床に散乱している紙の方だ。

 全ての紙に、丸や四角や三角、直線、曲線、様々な図形がぎっちり描かれている。

 そしてその紙の落ち方というか、並び方というか。

 全ての紙が置かれた()を一つのキャンパスと見立てた時、各々の紙に描かれた図形を繋げると……魔界のレンタル召喚魔方陣になっているのだ。


 召喚魔方陣の計算式がギリギリ成立している程度の、グチャグチャな魔方陣。

 我が召喚される時に見た、帳簿に描かれていた魔方陣と同じ図形である。


 これは偶然か。

 偶然、大量の落書きから召喚魔方陣が出来上がってしまったのか。

 あまり聞いたことが無い、非常に希少なケースだ。


「しかし偶然だろうが関係ない。少女よ、お前は我を呼び出した。我は魔界のレンタル召喚獣、メシュトロイオンである」

「しょー……め?」

「簡単に言おう。お前の願いを叶えてやる。何でも願いを言え。何でもは叶えられないので要相談だが、意見をすり合わせながら納得出来る現実的な形で願いを叶えてやろう!」

「な、ねが……?」


 少女は己の指をしゃぶりながら、しばらく我をじっと見つめ、


「わかんなぁい、です。ごめぇなさい」


 謝罪し、俯き、クレヨンでの落書きを再開した。


 なるほどこの少女はどうやら欲が薄いようだ。

 最初にも感じたが、目に邪心が一切無い。

 天界の神の奴らより、よほど神のような精神だな。


「しかし願いが無いのは困るな。お前は既に召喚報酬として魔力と生命力を支払っている。偶然呼び出されただけということで、このまま帰っても良いのだが……我は真面目な悪魔ゆえ、それは何だか気持ちが悪い」

「…………」


 少女は我の言葉に反応せず、落書きに熱中している。

 弱ったな。と、我は途方に暮れ少女を見ていた。

 すると、


「入るわよ、アルノ」


 ノックもせずに……いやこの世界にノックの習慣があるのかどうかは知らぬが……とにかく突然ドアが開き、一人の女性が入ってきた。


 召喚契約が曖昧な現状。今我の姿が他人に見つかってしまうのは、説明などが面倒臭くなるような気がする。

 そう考えた我は咄嗟に飛び上がり、高い棚の上に身を隠した。


 入室した女性は、召喚術師の少女にどこか顔つきが似ている。家族だろうか。

 ただし召喚術師少女の華奢な肢体とは違い、体全体の肉付きが良い。


「おねえちゃん」

「食事よアルノ」


 女性は召喚術師少女の姉であるようだ。

 そしてようやく判明した少女の名は、アルノ。


 アルノの姉は食事を持ってきたのか。

 盆の上にはパンと赤い果実、そして錠剤。何かの薬か?


「ありぃがとございます」

「……ふんっ。お食べなさい」


 姉は盆の上の食事を、床にぶちまけた。

 パンと錠剤は床を転がる。果実は落書きの紙に落ち、図形を赤く着色した。

 しかしアルノは文句も言わずそれを拾い、笑いながら食べている。


 錠剤を拾うためにバタバタと走り、床の紙片が更に散らかる。

 それにより召喚魔方陣は消えてしまった。


「おいしぃです。ありぃがとございます。おねぇちゃん」


 屈託ないアルノの笑顔。

 それを見て姉は、


「…………ふん。錠剤に頼らないと魔力の補充も出来ないダメな妹。魔力が足りずに知能も体も子供の頃から成長しない。貴族の、いいえサキュバスの名折れ。まったく、どうして私がこんな妹の世話を……メイドにやらせれば良いものを。お父様の偽善趣味に付き合わされて……まったく」


 小声でぶつぶつと愚痴っている。



 しかしサキュバスか。アルノはサキュバスの貴族令嬢らしい。

 聞いたことがある。サキュバスとは悪魔の一種だ。

 と云っても、神から堕天し悪魔へ転向した我の一族とは違う。別系統の悪魔。


 夢魔(むま)や淫魔とも呼ばれる。

 女性型の夢魔がサキュバス。男性型の夢魔がインキュバス。

 要するに『異性と性行為をし、精力を吸い取る悪魔』である。


 つまりここは夢魔の世界という訳か。



「ごちそぉさま、です」


 床に落ちたパンと果実と錠剤を食べ終えたアルノは、笑顔を姉に見せた。

 しかし、


「ぐぅ」


 ……アルノの腹が鳴っている。食べ足りなかったようだ。


「あら、なによ。今日はこれ見よがしにお腹を鳴らせちゃって。いっちょ前に足りないって言うのかしら?」


 姉は眉間にしわを寄せた。

 セリフから察するに、いつもは先程の食事量で足りているのであろう。


 だがアルノの腹が減っている理由は、我には察しがつく。

 我を召喚した報酬として魔力と生命力を支払ったせいだろう。その分の食事が足りないのだ。


「ありぃがとございます、おねえちゃん。きゃふふ」


 しかしアルノは、空腹がさほど気にならないらしい。

 三度目となる礼を姉へ述べ、ぺこりと頭を下げた。


「……ふんっ」


 そして姉はドスドスと足音を立てながら部屋入口へと歩き、ドアを乱暴に叩き付けるよう開け閉めし、廊下へと出て行った。


 アルノは再びクレヨンで絵を描きはじめる。

 我は棚の上から降り、アルノの前に立った。

 

「アルノよ」

「あーぅ。なぁに?」


 アルノは我を見上げ、指を口に咥えた。

 その指は先程食べた果実の汁により、赤く染まっている。


「お前に叶えたい願いは無いようだが、このまま帰るのでは我も何だかモヤモヤする。なのでせめて、貴様の空腹を解消してやろう」

「かーしょぉ? ごめぇなさい。わかんなぁい、です」

「問題ない。お前を傷つけたりはしない」


 我はアルノの左頬へ手を添え、軽く撫でた。

 アルノは「きゃふ」と一瞬こそばゆいような仕草を見せた後、気持ち良さげに目を閉じる。


 そして我は、アルノへ魔力を送り込んだ。


 これは以前ロカの姉御に使った応援ビームに似ているが、別の技だ。

 応援ビームは、送り込んだ我の魔力で姉御の身体能力を改造する技。

 対してアルノへ使った技は、送り込んだ我の魔力をアルノの魔力に変換する技。


 つまり魔力そのものを譲渡する形になる。


「腹は満たされたか?」


 充分な魔力を送り込んだ後、我はアルノに尋ねた。

 するとアルノは、


「あーぅ。おいし……」


 と、己の指をしゃぶりながら嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 どうやら満足してくれたようだな。

 我はアルノの頬から手を離した。



 その直後であった。



「…………あれ? 私は」


 アルノは目をぱちくりさせ、辺りをキョロキョロと見回した。


「ええと。私は」


 しゃぶっていた指を口から出し、服でヨダレをぬぐう。


 様子がおかしい気がする。

 先程までのアルノは全体的にゆったりとした動作であったが、急に動きが機敏になった。


「私は……アルノ。そしてあなたは……あなたは、私に力をくれた? えっと、あなたは……誰だっけ?」


 アルノは我を指差し、尋ねてきた。

 一度名乗った後であるが、我はもう一度自己紹介をする。


「我はメシュトロイオン。お前が呼び出したレンタル召喚獣だ」

「レンタル? ええと、私は……あっ」


 アルノは思いついたように駆け出し、部屋の隅にある本棚へと向かった。

 棚から本を一冊取り出し、そして再び我へ近づいてきた。

 四つん這いになり、床に本を広げる。


「ねえメシュトロイオンさん。この文字、分かる?」


 そう言って、本に書かれている文字を指差した。


 アルノが見せてくれた本には、様々なイラストが載っていた。

 そのイラストとして描かれている物品や動物の名前の『頭文字』が、対応するよう隣に大きく書かれている。

 どうやら子供が文字を勉強するための絵本らしい。



 我は夢魔の文字は初めて見るのだが……しかし、この絵本に書かれている文字は理解出来た。


 どうやらこの世界の文字は、地球の文化から拝借しているらしいのだ。

 地球の分かりやすい文化は、色々な異界がパクっ……拝借しているのである。

 我の魔界もメートル法などで、地球文化を使っている。


 魔界の文字は地球の文字とは違うのだが、我は地球産オヤツのパッケージなどに書かれている文章を読むため、個人的に勉強している。

 なので結果的に夢魔の文字も読めるのだ。



 そしてアルノが指差している文字は、


「『A』だな」

「A。そう。これがA? じゃあこっちは」

「Sだな」

「S。これがS、じゃあ組み合わせて……ASS。アス。お尻の穴!」


 尻の穴って、なんだこの絵本は。

 まあサキュバスやインキュバスの児童教育らしいと言えばらしいが。


「分かる。分かるよ。私……私、頭が良くなってる!」

「ふむ……?」

「ありがとうメシュトロイオンさん!」


 アルノは我に抱きついてきた。

 顔をぐりぐりと押し付け、涙で我の腹を濡らした。


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