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8話:まあ通りもんば食べんね

 ネア姉上は我の仕事っぷりを見て満足したようで、「マートくんちゃんの企みには気を付けるのよ~!」と注意喚起しつつも、


「また食べたくなったら来るからね~」


 と言い残し、魔王城へと帰って行った。

 駄菓子屋感覚で弟の血肉を喰らいに来るのは如何なものかとも思うが、我も暇なので良しとしよう。




 その翌日の出勤。


「ふふふふー。メシュトロイオン陛下ーおはようございまーす。今日はお一人なんですねー」


 ビリビリ破れゴシック服の女鑑定係が、楽しそうに挨拶をしてきた。

 昨日は不機嫌だったのに気分の波が激しい女だ。そこが悪魔らしいとも言える。


「ちょうどよかったー。特(S)級のお仕事があるんでー、陛下やっちゃってくださーい。そしてドジ踏んで怪我しろー」

「うむ。怪我はしないと思うがな」


 我は鑑定係に腕を引っ張られ、オススメされるまま召喚陣の中に入り、五分ほどで仕事を片付け帰って来た。

 もはや召喚獣としての仕事も慣れたものだ。


 早めに仕事を片付け、プライベートの自由な時間も多めに取る。

 我は仕事と生活(ワークライフ)バランスの管理が出来る、有能な悪魔なのである。

 自分で自分を褒めてやろう。




 ◇



 という訳で自分へのご褒美、かつワークライフバランスを豊かにするための行動だ。

 仕事帰り、今日も今日とてオヤツを買いに街へ出かけた。


「へへへ旦那。今日も良いモン入ってやすぜ。コイツは効きまさぁ……!」


 魔界大通りの四つ辻にて、馴染みの行商人が怪しく笑った。

 この男は様々な世界の様々な商品を取り扱っている。当然その中には、我の目的である菓子類も多々。


 行商人は「今日のオススメはこいつですぜぃ」と言って、屋台に陳列している商品の中から一つの箱を持ち上げた。

 箱には、魔界の文字で『新入荷! 地球の菓子。まじうま。』と書かれたシールが貼ってある。


「ほう、地球産か。初めて見る菓子だ。いつもの駄菓子とは様相が違い、しっかりとした箱に入っているな」

「こいつぁ地球のハカタってトコで買ったスーパーレアな土産菓子でしてねぇ。傑作饅頭、博多通りもんでさぁ」

「はかたとおりもん!」

「試食にお一つどうですかぃ旦那」


 行商人はそう言って博多通りもんの箱を置き、隣のタッパーを持ち上げた。

 タッパーの中には小さく切った薄黄色の饅頭。柔らかな饅頭皮が、きめ細やかな白豆餡を覆っている。これが博多通りもんの実物か。

 我は遠慮なく一つ摘み上げ、口に入れてみた。


「なんだこれは……!」


 一口食べて衝撃が走った。

 旨い。甘い。


「旨くて甘くて旨いぞ!」


 このどこまでも追って来るような豆餡とクリームの甘さ。

 ネットリと濃厚な旨味が舌を支配する。


「気に入って頂けましたかぃ旦那? 一箱五個入りで、十箱ほど仕入れてやすが……」

「ああ気に入った。十箱買おう」

「毎度ありぃ!」


 行商人は博多とおりもんを十箱積み上げ、紐で括った。


「ところで値段はいくらになる?」

「ええ。コイツは普段あまり仕入れない特別な商品で、他よりちょいと値が張りやしてねぇ。まず通りもん一箱の地球での値段が、だいたい600マカィなんでさぁ……」


 マカィとは魔界の貨幣だ。そのまんまだが気にするな。

 細かく変動はするが、1マカィはおおむね地球の1円と等価だと聞いている。


 しかし600マカィか。

 いつもの駄菓子の仕入れ値はおおむね50から300マカィ……と以前行商人が言っていたが……比べると中々高級な菓子のようだ。あの味なら頷ける。


「もちろん経済の仕組みとして、地球での値段まんまで売る事ぁできやせん。地球への異界ゲート通門料が往復で1万マカィ。地球側ゲートから博多までの交通費が往復5万マカィ。そこにあっしの儲け分を足して……通りもん一箱、しめて50万マカィでさあ!」

「なるほど」


 交通費が計6万。通りもんは十箱仕入れているようなので、一箱あたりの交通コストは6000。

 通りもん以外の地球産商品もあるが、それはややこしくなるので無視。

 地球での値段である600マカィを足すと、一箱の仕入れ値は6600マカィとなる。

 それに行商人の儲け分が49万ちょっとで……うむ。

 我は庶民の金銭感覚が分からないが、多分妥当だろう。


「十箱買おう。近くの郵便局で500万おろしてくる」

「毎度ありぃ! いやあ旦那は良いカモ……じゃなくて良い客だねえ。気風(きっぷ)がいいねえ」


 行商人は我の手を取り、大袈裟に握手した。


「この試食品も旦那にあげちゃいやしょう!」


 と、タッパーに残っている博多通りもんもくれた。

 旨い。すごく旨い。


「本当に旨い。また仕入れておいてくれ」

「うーん、そいつは困りやしたねえ。今回はたまたま博多に行く機会がありやしたが、いつもの仕入れルートではございやせんからねえ」

「そこを何とかならないか?」


 我がそう頼むと行商人は悩む素振も無く、


「わかりやした! ただし一箱80万マカィくらいになりやすぜ」


 と即答した。

 まったく頼りになる男である。




 ◇




 しかし、再入荷した博多通りもんを我が買うことは無かった。

 何故ならば――


「売り切れ……だと……!?」


 なんという事だ。

 先程「入荷した」と連絡を受けたばかりなのだが、駆け付ける数分の間に完売してしまっていた。


「よほどの人気なのだな」


 と我が呟くと、行商人は「へえ?」と首を傾げた。


「え……旦那、もしかして知らないんですかぃ?」

「何をだ?」

「へぇ。あっしぁてっきり旦那もご存じかと思ってやして……へへへ、実はですねえ。買い占めたのは旦那の弟さん――つまり今の魔王、マートシュガロイオン陛下でさぁ」

「……なんだと?」


 マートシュガロイオンとは、我の弟であり妹でもあるマートのフルネームである。

 噛みそうなので普段あまりフルネームで呼ばない。


 しかし予期せぬ人物の登場に我は困惑した。

 何故マートが博多通りもんを買い占める?

 どういうことだ? 美味しいからか?


 と、考えていても仕方ない。なれば、


「どういうことだ? 美味しいからか?」


 実際にマートへ聞いてみた。


 魔王城、謁見(えっけん)の間。

 異界の勇者と思われる筋肉質な巨人の死骸が、部屋の隅に転がっている。マートも魔王としての役割を上手くこなしているらしいな。


 だが勇者より今は博多通りもんの件だ。


「兄上が大絶賛したお菓子ってのがどういうものか、僕も気になったのさ。ふふっ。美味しかったよ」


 マートは悪びれもせず、怪しく微笑みながら答えた。

 今日のマートは男だ。短く切り揃えた金髪に勇者の返り血が付いている。


「もう残ってないのか? 我も食べたい。ここ数日ずっと楽しみにしていたのだ」

「残念だね、もう残ってないよ。大臣たちにも配って、とても好評だったよ」

「そうか。残ってないのか……」


 また入荷するまで、数日間我慢しないといけないのか。

 楽しみに……楽しみにしていたのに……


「ふふ、そう怒らないで兄上。あ、怒っては無いようだね。むしろ気の毒なほどに落ち込んでるね」

「……うむ」

「ふふふ。良い表情だよ兄上」


 マートは笑いながら玉座に座った。この玉座は赤や青や緑色のカラフルな色彩をしているが、異界の勇者や賢者の血がこびりついたものである。


「で、兄上はお菓子のためだけにここへ来たのかい?」


 マートは足を組みながら尋ねた。

 と言われても、まさに我は菓子をお裾分けして貰うためだけに来たのだが、


「ネアストロイオン姉上殿下に、何かを吹聴されてやって来たのかと思ったんだけどね」

「ネア姉上に? そういえば色々と言っていたな。背が伸びただの腹が空いただの……それと」


 思い出すとそういえば、少し気になる言葉もあったな。

 この機に確認してみようか。


「それと、我の仕事についても意見を述べていた。『レンタル召喚獣より、異界侵略の兵が似合う』と。我は今の仕事が気に入らぬ訳ではないが、しかし適材適所という観点では我自身もそう思う部分はある」

「へー。そう。うん、確かにそうだね。ふふっ」


 マートは予期通りと言わんばかりの表情で頷いた。

 我がこの疑問を抱いているかどうか、を確認したかっただけのようにも見える。


「マートよ、何故我をレンタル召喚獣にしたのだ?」

「それはね……ふふふ」


 マートは両目を硬く閉じ、すぐにまた開いた。

 髪が伸び、背が縮み、肩幅が狭まり、四肢が細くなる。


 一瞬の間に、男から女に姿を変貌させた。


「秘密♡」

「秘密だと? 何故――」

「それより兄上、例のお菓子を食べるかい? 実は一つだけ残っていたのさ」

「何! くれるのか!」


 マートは胸の谷間から、小袋入りの博多通りもんを出した。

 男の時はどこに納めていたんだ?


「はい兄上、どうぞ」

「全て食べたと言っていなかったか?」

「ごめんね兄上、あれは嘘さ。男の時の僕はツンデレだから、ついつい大好きな兄上にイジワルしたくなっちゃうんだよ。でも女の時の僕は素直だから安心してね♡ はい、あーん♡」


 こうして我は無事、博多通りもんを食すことが出来た。

 やはり旨い。


 何か大切なことを誤魔化された気もするが、旨いオヤツの方が大事なので問題は無い。


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