78話:淫乱悪魔姉
ようやく話の本題に入れる。
「何が大変なのだ?」
我は四度目となる質問を口にし、フォルの話を促した。
「わたくしが大人になるために必要なことがあるらしいんですの! いえわたくしもうとっくに大人のレディなのですけれども、それでももーっとオトナになれる儀式があるみたいで、それをお兄様に手伝って頂こうかと思って馳せ参じましたのよ!」
「手伝うのは良いが……大人になれるだと? なんだそれは」
「魔界女学校でお友達のミッちゃん様やヨッちゃん様からお聞きいたしましたの!」
フォルは両手の平を合わせ、ぴょんぴょんと小刻みに飛び跳ねた。
「その儀式は、最初はちょっと痛くて、ちょっと苦しくて。あと苦くて。でも、しこう……至高? のえっと、かいかん? と、あとこうじん……? に包まれて、とにかくとーっても気持ち良いらしいんですの! その気持ち良さの味を知るのが、オトナの怪談? 階段らしいんですのよ!」
フォルは色々とアヤフヤな知識で話している。
よく分からない。
「えっと、えっと。魔界では初めてご経験する時のパートナーは、ご兄弟姉妹や親戚のお兄様お姉様が多い。とお聞きしましたの。なんでも家の中でご両親に見つからないようコッソリと」
「ふむ。いやそういうシチュエーションの説明では無く、具体的な行動の説明をして欲しいが……」
だがフォルが言っている儀式とやらに、何となく思い当たった。
「我としては別に気持ち良くは無いが、確かに相手を傷つけるのが悪魔的快感だと言う者もいる。しかし気持ち良さの味を知る、というのは子供の、特に夢見がちな少女の幻想だな。目的はもっと単純な『味』。味覚における興味だ。しかも実際の味はかなり不味いので、一度経験したらもう二度とやらないという者が多い。つまりそのミっちゃんやらマっちゃんやらが言っているのは」
「マっちゃんじゃなくてヨっちゃん様ですの」
「ヨっちゃんが言っているのは、同族である悪魔の肉を食べ……」
我が答えを言おうとした、その時。
「話は聞かせて貰ったわよ~!」
ドアが開き、ネア姉上が勢いよく部屋へ入ってきた。
施錠していたのだが、いつものように魔法で勝手に開錠している。
「ネアお姉様!」
「姉上。聞いていた、とは……部屋の前で立ち聞きしていたのか? ホテルの廊下で?」
不審者まるだしではないか。
「ち、違うの~! 不審者じゃないの~! 偶然聞こえただけだもん。お姉ちゃん耳が良いから。メッシュくんの声、とくにえっちな声だったら一万キロ先からでも分かるよ」
「一万!? 凄いですの!」
「一万キロは嘘だろう」
「うんごめんね嘘。でもそれくらいの気概を持ってるってことだもん」
姉上はあっさりと虚言を認め、我の隣に腰掛けた。
壁の大穴を見て一瞬ぎょっとしたが、「ま! わんぱくさんね~」の一言で済ました。
「とにかく話は聞いたわよ~。フォルちゃん、大人になりたいのよね?」
「そうなんですの! お兄様の協力でオトナに」
「ま! ダメよ~、メッシュくんはお姉ちゃんのだから!」
そう叫んで姉上は、我をベッドの上で押し倒した。
力強過ぎる腕で肩を掴まれ、我の骨が砕ける。
「痛いぞ姉上」
まあ、すぐに治るので良いのだが……
「とにかく初心者には難しいから、今日のフォルちゃんは、お姉ちゃんとメッシュくんが実演してるトコを見学するだけにしておいた方が良いと思うの~」
「難しいんですの? ミっちゃん様たちのお話をお聞きする限り、別にそう難しそうだとは……」
「難しいのよ~! ただ棒を穴に入れるだけじゃダメなの~!」
ふむ。
姉上はまた何か勘違いをしているようだ。
「というワケで、さあメッシュくん脱いでお姉ちゃんと実演しましょ~!」
「おい姉上脱がすな」
「えっ? 服を全部脱ぐ必要があるんですの?」
無理矢理に我の服を引き裂いて脱がそうとする姉上の隣で、フォルは表情に疑問符を浮かべていた。
「必ずしも脱ぐ必要は無いけど、お姉ちゃんは体温を感じながらしたいタイプ~! さあまずはメッシュくんのおちんちんをお姉ちゃんが口で」
「やめろ姉上。以前それで我の局部を噛み千切って食っただろう。あれは凄く痛かった」
「だって~、我慢出来なかったんだもん」
「とにかく落ち着け姉上」
我は、暴走する姉上の頭頂に軽いチョップを入れた。
姉上は「いた~い。ドメスティックバイオレンスやめてよぉ~」と、己の行動を棚に上げて叫ぶ。
「フォルが言っている大人の儀式とは、悪魔の肉を食うことだ。我と姉上もだいたいフォルくらいの歳に経験しただろう」
「ま! そうなの~?」
「そうですの。っていうか逆にお聞きしたいのですけど、ネアお姉様は何と勘違いされておられましたの?」
「ナニよ~」
「?」
フォルは再び疑問符を浮かべた。
だが詳しく説明すると、多分後々に我がサディートから怒られてしまう。
ここは黙って無かった事にしておこう。
「でもお肉を食べるってコトは、お姉ちゃんがメッシュくんのおちんちんを食べちゃうのも結果的には合ってるよね~。だからさあ脱いで」
「落ち着け姉上」
「いた~い!」
再度チョップ。
そしてこれ以上変な事を言わないようにするため、我は右手で姉上の口を塞いだ。
「むぐ~。むひゅ~」
「姉上の変態的な勘違いはさておき。悪魔の肉を食っても別に大人にはなれぬぞ」
悪魔の肉を食う。
それは多くの魔界の子供が一度は経験する事だ。
兄弟や友人、恋人の肉を興味本位で食ってみる。そしてあまりの不味さに吐き出す。
魔界における通過儀礼のようなものだが、別に全ての大人の悪魔が経験している訳ではない。
現魔王であるマートもそんな経験は無いと言っているしな。
「でもフォルも一度食べてみたいんですのー!」
フォルは頬を膨らませ、地団駄を踏んだ。
先程「泣いたら母親を呼ぶ」と脅したのが効いたのか、嘘泣きはしなかったが。
「ひょうひょへ~。おへえひゃんひょへっひゅひゅんもひょひゃひひゅらいひょひひひひゃったんひゃし」
「何を言っているのだ姉上?」
姉上が突如、意味不明な呻き声を上げた。
我が姉上の口を塞いでいた右手を外してやると、
「そうよね~。お姉ちゃんとメッシュくんも同じくらいの時期にヤったんだし。って言ったのよ~! もう、メッシュくんの意地悪。好き」
とのことらしい。
「ネアお姉様もこうおっしゃっていることですし、フォルもお肉食べたいですのー! そしてどうせなら元魔王のメッシュお兄様のお肉を食べたいんですことよ!」
「どうして我の肉なのだ?」
「お友達に自慢できますの!」
なんとも子供らしい理由だ。
「元魔王の我より、現魔王のマートの肉の方が自慢できるのではないか?」
「だってマートお兄様とマートお姉様は少々お怖いから、こういうこと頼めませんの。その点メッシュお兄様ならお怖いのは目付きだけですの」
子供は正直だな。
我は少しだけ傷付きつつも、
「我の目付きは怖くないが……分かった。では食ってみろ」
「ホントですの!? 感謝いたしますの、お兄様!」
「ま! メッシュくん優し~」
我は左腕の袖をまくった。
前腕か二の腕あたりが食べやすいのだ。
「ま! メッシュくん、おちんちんを食べさせてあげるんじゃないの~?」
「それはとても痛いから嫌だ。あと絵面的にもダメな気がする。というかわざわざ局部にする意味は無いだろう」
「それもそうね~。メッシュくんのおちんちんは、お姉ちゃんだけのモノだもんね!」
「違うが」
ともかく、我はフォルの目の前に左腕を差し出す。
「いただきますのー!」
「晩ご飯があるから、皮膚と血だけだぞ」
「もぐむぐ……あら? あらら? か、固いですの」
当然だ。我は強い悪魔だからな。
防御していない状態でも、子供の力では傷さえ負わぬ。
とはいえフォルは魔界の姫だ。
単純な力では無理でも、歯と顎に魔力を込めれば我の肉を貫くことは可能。
「かちかち」
と、フォルは歯を噛み鳴らした。
歯を楽器に見立て、その音に魔力を込めているのだ。
そうして我の皮膚を破り、血をすすり、
「……………………ま、不味いですの……うぶ……さ、さっきのお菓子と牛乳が……出ますの……」
「おいやめろトイレで吐け。我の部屋だぞ」
「ま! たいへ~ん」
結局その晩、フォルは晩ご飯を食べられず怒られたらしい。
おそらく我も今後、次にサディートと会う時に怒られてしまうだろう。
◇
「おはようございまーす、メッシュ陛下ー……あれー。なんだか元気がないですねー?」
翌日、召喚斡旋所にて。
ゴシックドレス姿の鑑定係が、我の不安を一目で看破した。
「うむ。分かるか」
「分かりまーす。陛下は不愛想で全然表情変わらないけど、私は最近ちょっとだけ分かるようになっちゃったかもー。ふふー」
「ふむ。いや我は不愛想では無いが……ともかく不安になっているのは確かだな。このままではイトコのサディートに怒られてしまう。我は怒られるのが嫌いなのだ」
「イトコのサディートって……確か、外務大臣閣下ですよねー? へー。メッシュ陛下も怒られたりするんだー。へー。ふふー。ふふふー」
鑑定係は何故か嬉しそうに笑っている。
「それより今日の仕事だ。今はどんな案件があるのだ?」
「あっはーい。えっとー」
現在召喚可能な魔方陣が載っている帳簿をパラパラめくり、鑑定係は「うーん」と唸った。
「今日は良いのが無いですねー。このD級のお仕事なんかが一番マシですけど……あれー?」
鑑定係は首を捻り、帳簿をまじまじと見た。
「どうした?」
「なんかこれ変ですねー」
「変だと?」
帳簿を見せてもらうと、確かに変だ。
この帳簿には、異界で召喚術師が描いた魔方陣がそのまま描かれているのだが……件のD級魔方陣は、描く線がグチャグチャでグニャグニャ。要は下手糞なのである。
魔方陣とは円や三角形、四角形などの図形を組み合わせて紋様を描いたもの。
紋様とはすなわち、召喚術の計算式のようなものだ。
そして今見ているD級魔方陣は、確かに『魔界の召喚魔方陣』の計算式が成り立つだけの最低条件を満たしている。
本当に最低条件ギリギリの境界線だ。
なんとか満たしているだけ。
逆に凄い気がする。
「なにやら興味が湧いた。今日はこの案件にしておこう」
「えー。ホントに良いんですかー?」
「うむ」
こうして我は、このグチャグチャグニャグニャな魔方陣の世界へと旅立った。




