7話:ボランティアって本当は無償じゃなくてもボランティアと呼べるんだよね
事情により交尾は断る。サーカスの集客は別の方法を考えよう。
――とネズミのおっちゃんに提案しようとしたのだが、
「なんや! にーちゃんねーちゃん、姉弟やったんか! そりゃ交尾は無理や。中止や中止。別の方法で客集めんで!」
提案する前に、向こうから計画変更の申し出があった。
「それは助かる。しかし他世界生物のまぐわいを見世物にするという下衆(褒め言葉)な考えを持つ貴様が、どうして姉弟というだけで中止にしようと考えた?」
「なんでってそりゃ、あかんモンはあかんやろ。お天道さんの決めゴトや。そんなもんしたら客も逃げんで」
宗教か風習か、とにかく土着の思想で近親相姦はタブーになっているらしい。下世話なショーとしても成立しない程の腫れもの扱いか。
このネズミたちは異様なまでに勘が発達しているようなので、子孫繁栄における近親交配のデメリットを敏感に察知し、禁忌として文化に取り入れているのだろう。
「じゃあ他の方法って具体的にどうするの~? 火でも吹く?」
姉上がそう言って、実際に口から小さな火球を吐いた。
火球はネズミたちのすぐ近くに落ち、皆慌てて避ける。
「危ねーやんけ! でも火ぃ吐けるんは凄いなぁ、にーちゃんねーちゃん。こんな特技があるんなら、せやなぁ、ド派手にいっちょ…………ううっ!?」
ネズミのおっちゃんが突然地に伏せ、両手両足をだらりと伸ばした。
「どうした。体操か? それとも地面の冷たさで体温調節か?」
「な、なんやあぁ……急に力が抜けてもうた」
おっちゃんはうつ伏せのまま、苦しそうに声をあげた。
「その様子はおそらく糖尿病治療による低血糖か。妻子持ちなのに気の毒だな」
「そうね~。お気の毒ね~」
「糖尿病治療なんてやっとらん……おっちゃん健康にだけは自信あるんやで。健康診断でいつも褒められとるやん?」
「いや知らないが……そうなのか? では我に見せてみろ」
我はしゃがみ込み、指先でおっちゃんの体に触れてみた。体内エネルギーの流れを探ってみると……どうやら糖尿病では無いようだ。
「魔力、生命力、共に低下しているな。あと半日程度でおっちゃんは死ぬだろう」
「死ぬ……って、なんやて!? なんで急にそんなん!?」
「お気の毒ね~。死んだら食べてもいいかしら~?」
姉上は冗談っぽい口調だが、これは本気で言っている。
ともかく今大事なのは、おっちゃんの容体だ。
「簡単に言えば、おっちゃん……貴様に召喚術は向かぬという事だな。我と姉上を『この世界に留めておくための報酬』を払いきれぬのだ」
報酬とは、術師の魔力と生命力だ。
ネズミのおっちゃんはB級の術師。
しかしより正確に言うのならば『ほぼC級だけどギリギリB級』の術師。むしろ実質はC級レベルと言える。それほどギリギリ。
B級術師用に設定された報酬を払うのは、いささか身の丈に合っておらぬらしい。小動物ゆえスタミナが少ないせいか、特に生命力がすぐ底を尽きそうだ。
「なんやねんそれ! おっちゃんが優秀すぎてB?になってもうた故の悲劇っちゅうヤツか」
「まあそうだな」
「収入上がったのに累進課税で所得税も上がって、結局手取りが下がったみたいな話やんけ」
「まあそうだな」
「美味しい晩御飯を食べるためにわざとお昼ご飯を抜いて空腹になったけど、夕方くらいに我慢できなくなっちゃって弟の内蔵を食べちゃった~みたいなお話よね~」
「それは違うな」
しかし、この『等級で報酬を切り替える制度』はおっちゃんのような者には不平等だな。
改善すべきポイントやもしれぬ。一応マートに進言しておくか。
「とにかく残り少ししか無いぞ。今すぐに出来る願いを言って、我を帰らせろ」
「せやなぁ……一年くらいサーカスで働いて貰おうと思っとったのに、残念やけどしゃーないなあ。命には代えられんもんなあ。ああでもサーカスの本番は明日からやから、芸して貰う計画もパーやんけ! どないしょどないしょ……どないしょ!」
「悩むとそれだけ寿命が減るぞ」
我は真っ当なアドバイスを送ったが、おっちゃんは尚も悩み続ける。
すると、
「父ちゃーん!」
テントの中から、一回り小さなネズミが現れた。
おっちゃんを「父ちゃん」と呼んでいるということは、息子だろう。
「父ちゃん! 今日は町内会の持ち回りで、うちのサーカス団が河川敷掃除する日やで! はよ支度……って」
そこまで言って、息子ネズミは我と姉上の存在に気付いた。
頭上を見上げ、目と口を大きく開く。
「なんやあああこのバケモン!」
◇
「も~。なんでお姉ちゃんまで川掃除しないといけないの~?」
「成り行きだな。せっかくだからやれ」
我と姉上は、ネズミの河川敷清掃活動に参加している。
結局おっちゃんの願いは妥協に妥協を重ね『掃除を手伝って』というものに落ち着いたのだ。
しかしただの清掃でも我が行えば、圧倒的な効率を誇る。
魔法や超能力を使うから……という訳では無い。単純に体格のおかげだ。
なにしろドブネズミたちに比べ、体の大きさが全く違うのだ。何倍も大きい。
この世界の粗大ゴミだろうが家電の不法投棄だろうが、空き家や廃屋でさえも、難無く片手で拾い上げる。
反面、小さなゴミは拾いづらいがな。
「やるやんけェにーちゃん!」
と、生命力が低下し地べたで寝ているおっちゃんが喜んでいる。
ただし姉上は、
「まるでボランティア! 非悪魔道的よ。面倒臭いわ~。『人の役に立たない女になれ』ってお婆さまにも言われてるのに~」
と不満げだ。そう言えば我も「人の足を引っ張る男になれ」と言われていたな。
まあ姉上が文句を言うのも無理はない。王族である姉上は、生まれてこの方掃除などやったことが無いのだろう。我も無い。
しかしボランティアか。
「鋭いな姉上。レンタル召喚事業には、まさにボランティアの側面もある……と言っても当然、魔界の召喚獣にはボランティア精神など皆無。つまり魔界以外での同業他社の話なのだが……」
我は不法投棄の冷蔵庫を拾い、片手で潰しながら説明した。
「レンタル召喚獣を考案したのは魔界の始祖である祖父殿だが、真似た事業を展開している異界も多々存在する。特に神々の奴らは殺しなどの願いを拒否する代わりに、報酬無しの無償ボランティアでやっているらしい」
「まっ。無償で? どうして~?」
「わからんが、我が鋭い考察をするにおそらく馬鹿なのだろう」
もしくは初回無料と言いつつ、後で多額の請求をするのかもしれん。それを支払えなければ高金利の金を貸すのかもしれん。その金を返せなければ、体を切り刻んで売り飛ばすのかもしれん。
魔界でもレンタル召喚以外の事業では良くやっている手法だ。
「他国ではボランティアなの? そんなのやっぱり、ますます魔界の王族がやるお仕事じゃないわよ~」
「そうかもしれんな。しかし現魔王から命じられた以上、我は役割を果たすのみだ」
「そもそもそれがオカシイわよ~。メッシュくんの強さなら異界侵略の将軍とかにするべきなのに、どうしてレンタル召喚獣なのよ~? マートくんちゃんったら絶対よからぬ事を考えてるもん」
「マートは悪魔、それも魔王なのでよからぬ事くらいは考えるだろう」
「それはそうだけど~。混ぜっ返さないで!」
姉上は口を尖らせ、我の横腹を小突く。
「でもでもメッシュくん、ホントに不満に思ってないの?」
「多少の不満が無いと言えば嘘になるが……しかし昨日も言ったが、我はこの仕事が――」
そこでふと靴をトントンと叩かれ、我は言葉を中断して足元を見た。
おっちゃんの息子ネズミが我を見上げている。
「バケモンのにーちゃん、目付き悪いけどよう働くやん! 飴ちゃんあげるから頑張ってや!」
「何! 飴をくれるのか!」
「遠慮なく貰ってや。口に合うか分からんけど、もしかしてバケモンのにーちゃんは飴ちゃん嫌いか?」
「いや」
我は飴ちゃんを受け取った。ゴミ拾いで手が汚れているが、悪魔なので気にしない。
飴ちゃんはネズミサイズのためかなり小さい。少しばかり苦労して包装紙を解き、口に入れ、舌で転がした。
サイズから想像したよりも濃厚で鮮烈な甘みがある。
「……嫌いではない」
そんな我の姿を見た姉上はしばらくポカンとしていたが、ふいに「ふふっ」と笑い、我に顔を近づけ……
「痛いぞ」
「ごめんね~。良い雰囲気を出してる風だったけど、なんだか急に食べたくなっちゃったの~!」
我の首を喰らった。