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64話:ぼく子供だから分かんないです

「さかさだ……何?」


 子供であった我は、母の口にした単語をすぐに暗記できなかった。


 大人になった今では分かるぞ。サディートから教わったからな。

 (さかさ)堕天(だてん)聖浄(せいじょう)(しん)

 舌を噛みそうだ。


 簡単に云えば『神が悪魔になったあと、また神へ戻った』やつのことである。


「メッシュ。あなたは生まれついての逆堕天聖浄神」


 母はそう言った。


 しかし我は堕天も聖浄も未経験だ。

 魔界で生まれ、魔界で育った。生粋の悪魔である。


(しん)? って(かみ)のことか。われは悪魔だ!」

「そうね。あなたの到達点は母とは違い、神ではなく悪魔……ふふふ。言うなれば、(さかさ)聖浄堕天幻魔(げんま)と言ったところかしら」


 さかさ・せいじょう・だてん・げんま。

 これまたなんと長くて面倒臭い名称であるか。

 これは母のオリジナル単語……だと思う。多分。サディートも知らなかったし。

 つまりは我にだけ適用される、我だけを差す称号となる。


「肝心な部分は、『悪魔』から『神』、そして『神』から『悪魔』。転身を二度繰り返すこと。それにより尋常ならざる力を得るの。あなたはそれを母の胎内──お腹の中で経験したのよ」

「……腹の中で、だと?」

「実験の賜物よ」


 我とラスを掴んでいる巨大掌が、母の弾む声に呼応するように力を入れ締め付けた。


「母は特異体質なのよ。通常ならば三日もあれば完了する『堕天による体質変化』……それを、己の意思で長引かせることが出来たの。誰にも悟られずに……ね」


 もしかすると、この母の──ピュグラ=ルヴェの特異体質こそが、歴史上でも両手で数える程しかいない『逆堕天聖浄神』になれる条件なのかもしれない。

 と、これもサディートの考察だが。


「この体質のおかげで、母は十万年近く神と悪魔の狭間にいたのよ。ゆっくりと、堕天の速度をコントロールして。ふふふふ。そのおかげで実験出来たわ。実験の題目は、本来ならば生物的に不可能な『神と悪魔の子供』について。しかも()はルキフェロイオン様の血族。最高の環境だった」


 神も悪魔も紙一重のような存在だが、混血の子を成すことは出来ない。

 生体が完全に違う、別の生き物であるからだ。

 それが(ことわり)


 しかし母は、その理を壊してみたかったのだろう。


「第一子のネアは失敗だったわ。順番を考えると、母が最も神に近かった時期の子供だけど……胎内のネアに神の力は無かったの。ちょっとだけ子作りが早かったみたい。まだ堕天による変化が著しかった時期で、母の神力(しんりょく)が不安定だった。お父様の悪魔の力に負けたのね。ただし神力が受け継がれなかった代わりに……なのかは分からないけど、あの子の肉体の強靭さは凄まじいわ」


 こんな状況なのに、母は優しい目でネア姉上について語った。


 姉上のことを置き去りにして逃げたのに。

 姉上が裏切り者の娘として殺されるのを、「仕方ない」と切り捨てたのに。

 矛盾しているが、母として子を想う気持ちはあるらしい。


「第三子と第四子であるノーザとラスにも、神の力は無かったわ。ネアとは逆に、母の堕天が進み過ぎていたの。もうほとんど悪魔だった。ちょっとだけ残っていた神力が辛うじて作用したのか、二人とも非常に強い魔力を持っているけど……でもどちらも気持ちが不安定なところがあるわ」


 そう言って母は、巨大掌の隙間からラスの頭を撫でた。

 ラスは「ひぃぃ……」と小さく唸った。


「成功したのはメッシュ、あなただけよ。ちょうど良いバランスだったのね。あなたが胎児だった頃、母は子宮で強く感じたわ。神の力を。神と悪魔の力がせめぎ合っていた。そして一時期は、完全に神として存在していたわ。あなたは胎内で聖浄したの」

「…………」

「あなたの神力がお父様にバレないか、冷や冷やしてた……ふふふふ。そして出産の前日、神の力は悪魔の力に変わった。堕天したの。そう、子宮の中で聖浄と堕天を繰り返した。だからあなたは生まれつきの(さかさ)堕天聖浄神。もしくは逆聖浄堕天幻魔(げんま)……真に特別な存在……!」



 …………しばらくの静寂。



 母の説明がようやく終わったらしい。

 怯えたラスの震えが、我に伝わる。


 そして子供だった(・・・・・)我は、こう言った。



「あー。ええっと…………よく意味がわからなかった。つまり……えっと……何?」



「……あら。母とした事が、子供には難しすぎたかしら?」


 その通り。難しすぎたのだ。


 我が馬鹿だった訳じゃないぞ。絶対に馬鹿じゃない。

 仕方ないだろう。長々と難しい言葉を並べて。


 当時の我は、子宮という言葉の意味さえ知らなかったのだぞ。

 後で姉上に質問したら、「んまっ! もうメッシュくんったら無垢な少年のフリしてお姉ちゃんにエッチなことする気なんだ……! わかったわ~。じゃあ説明のためにまずお互い脱いで」など面倒臭いことになった。


 まあ姉上の痴態はともかく。



「ははうえの説明は意味不明だったが……だが、一つだけ分かったぞ。われはとにかく『特別に強い』のだろう」


 我は右手を動かそうとした。

 巨大掌に掴まれギチギチになっているせいで、身動きが取れなかったが……指先だけはなんとか動かすことが出来た。

 指の腹で巨大掌に触れ──


(さかさ)だてなんとか。神がどうこう気に食わぬが」


 知る、分かる、ということは悪魔にとって重要な意味を持つ。

 いや悪魔だけでなく、他の知的生物でもそうだろう。


「われが持っているのは、特別な力」


 という、曖昧でフワフワしているが一応の『素性を知る』という知見。


 これが肝心だった。

 ただ力の源流を知るだけで心理の取っ掛かりが増え、潜在能力を大きく引き出せるようになる。

 何かを行う際、説明書を読めば効率が変わる……という事に近いかもしれない。


 特にまだ子供であった我にとって、それは非常に重要な知識であった。


「離せ」


 我は指先から魔力を放出した。

 今までとは段違いの魔力が、己の中から湧いてくるのが分かった。

 その魔力を、地面から生えている巨大掌へと流し込む。


 巨大掌は、破裂音と共に砕け散った。

 そして我を拘束するものは、何もなくなった。


「うきゃぁぁぁん!」


 巨大掌の破裂に驚き、ラスが叫んだ。

 そして母も、


「素晴らしいわ……! ここまで成長していたのね」


 驚愕と歓喜の表情で、我に一歩近づいた。


「あなたなら、史上例のない三度目の転身さえも可能かもしれない……さあメッシュ、天界へ行きましょう。そしてルヴェ家が天も魔も支配するのよ」

「いやだから断るだと言っただろう。われは魔界を……あねうえとノーザを捨てることはできん。天界とかの支配は悪魔としてやれば良い」

「ふふふふ。反抗期ねメッシュ。一応説明してあげたけど、まだ納得出来ないのなら……もう無理矢理連れて行くしかないわね。天界に着いた後で、母がじっくり教育してあげるわ」


 母が、その病的に細い両腕を頭上に掲げた。


「無理矢理? それはこちらの台詞だ。ははうえを無理矢理にでも魔界へ連れ帰ってやる」

「そう。おほほほ。抵抗するなら、母を殺す気で来なさい」


 その刹那。

 母の背から、巨大な翼が生えた。

 赤い羽根と黒い羽根が混在しており、まだら模様の翼である。


 その気色の悪い翼を広げ、母は浮き上がる。


「ラス、離れていろ。死ぬぞ」

「う、うぅうぅぅぅぅん……でも、け、喧嘩はやめてぇぇぇよぉぉぉぉ……」


 ラスは弱弱しく抗議しながらも我から離れ、遠くの茂みに身を潜めた。

 ついでにブタマンチョも、「ひえー」などと言って逃げている。


「母は厳しいわよメッシュ。まずは一度ほとんど(・・・・)殺してあげるから覚悟しなさい」


 母は赤黒の翼を大きくはためかせた。

 地を抉るような突風が吹く。

 ただの風でなく大量の魔力が籠っている。それも『神の魔力』だ。母の言葉で云うところの神力。


 もう完全に神へ聖浄してしまったのか、と我は子供心に複雑な気分となった。


 そして、あの神の力が宿った突風。

 あれに当たると、普通に死ぬ。


 我を捕縛するつもりなのに、あんな「当たれば即死です」なレベルの技を仕掛けてくるとは。

 避けることを計算に入れている。

 流石は我の能力を知り尽くしている母、と言ったところか。

 親子であることを利用して、かつ親子であることの情を捨てた、厄介な一撃である。


「子供らしく素直に避けなさいね」

「わかっている」

「そう。偉いわよ」


 我は言われた通り素直に行動した。

 足に魔力を込め、地を蹴り、身を翻して風を避ける。


 風に生臭い血の匂いが混じっていた。


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