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6話:可愛いから美味しそう

 ネア姉上と鑑定係の間に、面倒臭そうな空気が流れている。

 当人同士でケンカでも殺し合いでもスポーツでも何をやってくれても構わぬが、我が見てないところでやって欲しい。


「誰ですーこの女ー? 仲良いですねー?」

「あのね、私とメッシュくんの関係はね~。お互い心と身体が繋がり合ってるというか、同じ絆を共有しているというか、同じ血っていうか、同じ両親っていうか~」

「ふーん。へー。陛下ってこーゆー小っちゃくて……一部分(乳)だけ無駄におっきくて……弱そうな女が好きなんですかー……って、あれー?」


 鑑定係の女は、そこで急に目を丸くした。

 どうやら姉上の『強さ』を計測したようだ。


 姉上の魔力と生命力は我に近いレベルであり、先日のドラゴなんとかを遥かに超える。よって当然、


「計測不能(ふの)ー…………またかー……自信なくしちゃうー」

「あらあら~。この小悪魔ちゃんは他人の戦闘力を測れるのね。珍しいわ~。私の部下に欲しいけど、メッシュくんから離しちゃうのも可哀想よね」


 我の部下では無いのだから、取る取られるも無いのだがな。

 なんて考えているとまた別の騒々しい声が。「おはようございます陛下!」と元気良く、かつ低い腰で斡旋所所長が駆け寄って来た。


「陛下におかれましては今日もご機嫌うるわしゅ……で、ででででで!?」

「ででで~?」


 所長は姉上を見て慌てふためいた。

 先程の鑑定係もだったが、近くにまで来ないと姉上の存在に気付けないらしい。小さいからな。


「ででで殿下……魔王陛下と先王陛下の御姉君であられる、ネアストロイオン殿下!?」

「は~い。長いからネアで良いわよ~」


 ネアストロイオンとは姉上の正式名称だ。そこまで長いとも思わないが、確かに短くはない名前。

 面倒臭がりが多い親族からは「ネア」もしくは「殿下」だのと呼ばれている。弟である我もフルネームで聞いたのは久しぶりだ。


「あー。メシュトロイオン先王陛下のお姉ちゃんでしたかー。へー。ふふふふー。なるほどお姉ちゃんー」


 鑑定係は急に機嫌よく笑い出した。


「おおおおお前その言い方! 殿下を知らなかったのか!? なんて無礼な!」


 実の娘でもある鑑定係の言動に、所長は顔面蒼白になり慌てふためいている。

 ただし姉上は気にせず「良いのよ~。私あんまりメディアに出ないから」と微笑んでいる。


「うちの娘……いえマヌケ所員が失礼いたしました! こいつはあまり世間を知らないヤツでして! 王族さま方の顔も知らないクソアマでして!」

「クソアマなの~?」

「クソアマでーす。でも先王陛下と今の魔王さまくらいならー、ちゃんと知ってますよー」


 どうでもいいが、我は早く仕事をしたい。

 そしてもっとどうでもいいが、我は出社してまだ一言も喋っていない。

 皆が元気にべらべら喋っている中、我だけ無言というのも感じが悪い。我はそういうのを気にしてしまうタイプなのだ。朝の挨拶くらいはしておくべきか。


 しかし今更「おはようございます。今日も一日頑張りましょう。ご安全に!」と言うタイミングも掴めない。我は繊細に気遣うタイプの男であるからして、代わりにこう言うことにした。



「雑談は充分だ。早く召喚魔方陣へ案内しろ」



「はーい。ふふふー。陛下を怒らせちゃったー」

「もおメッシュくんイライラしちゃダメよ~?」

「すすすすみません! もぉぉしわけございません!」


 怒ってなどいないのに……魔王時代の不遜な態度が抜けきっておらぬらしい。後で一人反省会だな。




 ◇




「姉上も一緒に召喚されると言うのか?」

「そうよ~。今日はメッシュくんの職場見学のために来たんだもの~」

「し、しかし陛下アンド殿下! 召喚一回につき召喚獣は一体というルールがありまして……いやオッケー、今日はオッケーにします! 問題ありません、お気をつけてーご安全に!」


 そんな所長の粋な計らい……というか長い物には巻かれよ精神により、姉上が召喚先に着いて来た。



 今日選んだ仕事はB級用の案件。

 召喚魔法を唱え、我を呼び出した術師は――


「きゅいー! きゅきゅー!」


 と高い声で鳴く小動物だった。

 真っ白で毛が長い、大きめのドブネズミ……といった感じだな。


「きゅっきゅキュきゅっきゅ」

「あら~DJみたいなリズムを刻んでとってもキュートね。食べちゃいた~い」


 姉上が目を輝かせた。

 ただしこういうケースで魔界の悪魔たちが使う「食べちゃいたい」という言葉は「食べたくなる程に可愛い」という意味ではなく、「食欲が沸く」というシンプルな意味である。

 我としては術師が食われるのは困る。


「仕事が終わるまでは食わないでくれ」

「分かってるわよ~。心配性ねメッシュくん」

「きゅきゅきゅ」


 ともあれ、このままキューキュー鳴かせているだけでは呼び出した理由も分からない。

 召喚先の住民と接触する際は――召喚だけでなく異界侵略や勇者撃退、異界旅行なんかの時も同じだが――まず最初にやるべきことがある。


「意思疎通の魔法を使う。姉上もやっておけ」

「は~い」


 という訳で魔法の力により、我を呼び出したドブネズミの言葉が分かるようになった。そしてネズミは、


「なんやー! 露店のオッチャンから買った怪しい本に書いてある通りにしてみたら、ホンマにバケモンがきよったで! なんやなんや。なんでも願いを叶えてくれるってホンマけ? しっかしドデカイなー! おー皆も見てみーやー! こんなん見たとあったら嫁と息子とバーちゃんにも自慢できるで!」


 意外と俗っぽいことを喋っている、既婚で子持ちだった。


「なんや一人で騒いでどしたん団長。って、なんやー! バケモンおるやんけ! おーい、ちょっとあんたらも外に()いなー!」

「なんやなんやケンカか? ってバケモンやんけー!」


 近くに立っている小さなテントから、ぞろぞろと他のネズミたちが現れた。

 みな甲高い声できいきいと煩い。姉上も耳を塞ぎ「ちょっとくらい食べて間引いても良いんじゃないかしら~?」と呟いている。


 我は大勢のネズミを見下ろしながらしゃがみ込み、召喚魔法を唱えた術師ネズミに向かって言った。


「おい、我を呼んだ理由を早く言え」

「おおおお! 喋ったでー!」


 ネズミが驚いている。と言うことはおそらくこれが初召喚か。

 召喚どころか、異界の知的生物との邂逅(かいこう)自体が初めてなのだろうな。


「喋れば良いのか? それで満足か? なら帰っていいか?」

「なんやせっかちさんやな怪物のにーちゃん。まあまあちょっと落ち着きぃや。なんや、おっちゃんの願いを何でも聞いてくれるんやろ?」


 さすがに『何でも』は無理だが、概ねその通りだ。


「おっちゃんは見世物小屋の団長やっとんねん。知っとる?」

「いや知らないが……そうなのか。見世物とはサーカスなどか」

「そんでな、怪物はんのお二人に芸の一つでもやって客寄せしてもらおかな。なんて思うてな。こら話題も金もガッポリやでえ」

「芸だと?」


 我と姉上に大玉乗りやら、火の輪くぐりやら、猿回しやらをやれと言うのだろうか?


「ちゃうちゃう。せっかくの珍しいバケモンや、もっと良い見世物があるやろう。あんたら匂いから察するに、男と女やろ?」

「そうだ。初めて会った異種族相手でも匂いで性別を判断出来るのか? 中々有能な能力を持っているな」


 小動物ながら勘が鋭いらしい。いや小動物だからこそか?

 こんな見た目でもB級の召喚術師。能力は高いようだ。


「せやろおっちゃんは有能なんや。そんでもって男女なら簡単や。ちょっと交尾でもやってくれ」

「ほう?」


 引っ掛かるような事を、気軽に提案したな。

 交尾。というと……


「まぐわえと言う訳か」


 我が確認すると、ネズミは肯定するようにニッコリ笑って頷いた。

 正確に言うと小動物が笑ったかどうかなど表情では判断できなかったのだが、口を大きく開け白い前歯を見せたので、多分笑っている。


 隣に立っている姉上は、


「まっ! 公衆の面前でエッチなことを~? お下品な発想ね~」


 などと言って、我の横腹を小突いた。少し痛い。


「おっちゃんたちの業界では、下品なものほど金になるんやで!」

「あら~。でも~。う~ん、どうしようメッシュくん。お姉ちゃん困っちゃうわ~」


 姉上は我の腕を引っ張り、腰をくねらせ迷っている。

 しかし迷うまでもない。召喚術師の願いと言うのならば、召喚獣である我は『役目』を果たさねばならぬ。


「分かった。やるぞ姉上」

「まっ! 潔いわね~。でもそんな心の底から『仕事だから』としか思ってない澄まし顔じゃなくて、ちょっとくらいエッチな気持ちを見せてくれないと、お姉ちゃんのプライドも傷付いちゃうわ~」

「我は仕事ならば男とでも犬とでも寝るぞ。悪魔だからな」

「それは悪魔でもどうかと思うけど……ああ、でもダメよメッシュくん……私たち姉弟(きょうだい)じゃないの~。インモラルだわ」

「悪魔がモ」

「そうよね悪魔だからモラルは率先して破り捨てるべきよね! 分かったわやりましょ~」


 我が言い終わる前に、姉上は早口で納得してしまった。


「やってくれるんか! おっちゃんも嬉しいで……ん。あれ? もしかして今ねーちゃん『姉弟』って言わんかった?」

「子供は三十人作りましょうね~」

「我は五人が良い」


 こうして我は、実の姉上とまぐわう事になった。ここから先は描写出来ないため省略。つづく。




「ダメでーす。風紀違反なので強制帰還させまーす」



 突如頭の中に鑑定係の声が響いた。監視していたらしい。自分の仕事はどうした。

 姉上にも聞こえたらしく、「まっ。見てたの~?」と言って我の腕を離す。


「待て、強制帰還はやめろ。中途半端は一番嫌いだ」

「ならー、もっと健全な解決方法に軌道修正してくださーい。見世物小屋の集客はー、殺して脅すとか呪って脅すとか殺すとかー」

「良いだろう。しかし召喚のルールに『風紀違反』などという項目は無かったはずだ。我は初日に全て記憶している。それにそもそも悪魔なのだから、風紀など存在しないのでは」

「帰還させまーす」

「やめろ。分かった軌道修正しよう」


 こうして我は、実の姉上とまぐわう事にはならなかった。ここから先は描写出来るので省略しない。つづく。


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