58話:ママ&サン
回想シーンに入る暇もなく、我はレンタル召喚獣としての仕事に取り掛かった。
「えっとー、今ある中で一番良さげな召喚先はー、このA級案件の魔方陣ですねー」
「ならばそれにする」
「りょーかいでーす」
鑑定係が帳簿を開いた。
この帳簿には、まさに今現在異界で唱えられている召喚魔方陣が写し出されているのだが……鑑定係の勧める『一番良さげなA級魔方陣』がチラリと見えた際、我は少々の違和感を覚えた。
「……ふむ。そのA級魔方陣を、少し詳しく見せてみろ」
「はーい」
我は鑑定係から帳簿を受け取り、魔方陣に触れ確認した。
「やはりな」
「何がー『やはりな』なんですかー?」
「召喚術師の実力はA級であろうが、この魔方陣の先の世界には、A級よりも更に遥かに強い者が存在している。それも召喚術師のすぐ近くに」
「へー……」
鑑定係が不機嫌そうな瞳で我を睨みつけた。
「そうやってー、また私の仕事を奪ってー。良いんですケドねー。陛下の方がー、私よりよっぽど上手く鑑定出来ますもんねー」
「む……」
しまった。
また同僚を怒らせてしまった。
鑑定係の仕事は、召喚術師の『強さ』を計測して召喚魔方陣をランク付けすること。
その仕事にケチを付けるような台詞を言ってしまったようだ。
そんなつもりは無かったのだが……こういう時はすぐに謝っておこう。
「すまぬ。悪気はない」
「ふふー、まっ良いんですけどー。許してあげますから、また遊びに連れてってくださいねー」
条件付きだが、あっさりと不問にしてくれた。
今日は機嫌が良いようだ。
「でー。その召喚術師の近くにいる『強い人』ってのはー、どれくらい強いっぽいんですかー?」
「そうだな、いつものお前の基準に照らし合わせるならば……」
我は魔方陣から感じる強さを頭の中で整理し、ランク付けしてみた。
「超絶特(SSS)級だな」
◇
「ゥハーハッハッハッハー! 我を呼び出したのは貴様か!」
と。
いつものように、とりあえず大袈裟に笑いながら召喚された我。
しかしこの態度は少々場に相応しくなかったと、すぐに態度を改める事となる。
「……本当に魔神を召喚出来た。この禁術で……小さな希望がようやく……」
「お兄ちゃん……これでアタシたち、死ななくても済む? これでお母さんは……」
「………………」
なんか雰囲気が暗いぞ。
ここは洞窟だろうか。ごつごつした岩肌に囲まれている、暗く湿った場所だ。
召喚術師である少年と、おそらくその妹である少女が、我を見上げていた。
二人とも焦燥しきった顔である
「我を召喚したのは貴様だな、少年?」
「はい……あの、お願いします。悪魔を倒して欲しいんです」
「悪魔だと?」
我も悪魔であるからして紛らわしいが、この少年の言う『悪魔』とは──
「ブグォォォオオオオオ! ブムォォォオオオオオ!」
突如、地を揺らす程の雄叫びが聴こえた。
「……この声の主が、悪魔です」
少年はそう言って駆けだした。少女もそれに続く。
多分我も続かないといけないのであろうな。という訳で少年少女の後を追う。
曲がりくねった道をしばらく進むと、日の光が見えてきた。
この洞窟は崖の上にあるようだ。
外に出た瞬間、広大な景色を見下ろせた。
「……あれです。あれが悪魔」
少年が指差した先には、大きな街の跡があった。
この世界の文化レベルは割と高いようで、街中にはコンクリートや金属で出来た建造物の跡。
それと今になっては原型や目的がよく分からぬ機械たちの跡。
全て壊れている。
その破壊された街に、
「グブモォォォォオオオオオオオオオ!」
巨大な化け物がいた。
闇夜のように黒色で、表面がドロドロに溶けている。
手も足も無い棒のような体だが、先端には巨大な『人の顔』。
なめくじのように這い、破壊された街を尚も圧し壊し続けていた。
どうやら街は……いやよく見ると近隣の街道や村々も、黒色の化け物に破壊されてしまったようだ。
「あのオバケなめくじを退治すれば良いのか?」
「はい。可能でしょうか?」
「無論だ」
我が返事をすると、少年と少女は半信半疑な素振りを見せながらも、表情に少しだけ生気が浮かんだ。
「……あの悪魔は……彼女は……元々はこの世界を救った勇者だったんです」
少年が語りだした。
戦う相手の情報を少しでも提供しておこう、という我への気遣いなのだろう。
だが正直に言うと別に情報など必要ない。
我ならば、問題なく悪魔なめくじを討伐出来るであろうからだ。
が、しかし『化け物が元勇者』という説明に少々興味が湧く。
我は黙って聞くことにした。
「二十年前──僕が生まれるよりずっと前のことです。強大な魔法と強大な兵器を所持する、悪の大魔王がいました。大魔王は世界中を思うままに蹂躙したらしいのですが……強い力と正しい心を持った勇者が現れ、ついに大魔王を倒しました」
勇者に倒されるとは。お気の毒な魔王であるな。
元同業者として同情しよう。
「そして世界が平和になり二十年……今から三日前のことです。突然。本当に突然だったんです。笑って皆に朝の挨拶をしていたのに。急に。唐突に……勇者が、あんな姿になって」
「ほう。変貌した理由は分かっているのか?」
「……悪魔になってしまう直前に、こう言っていました。『大魔王の呪いだ。どうして今更。乗り移られる。やめてくれ。嫌だ。みんな逃げて』……って。今でもその声が耳に残っています」
なるほど。
大魔王が死に際に呪いを掛けていたらしいな。
それが二十年も経って発動した。
しつこい奴だ。
「そして勇者は悪魔になって、故郷の街を……人を……全て壊してしまいました。その後も、ああやって苦しそうに唸りながら徘徊して……」
「……お母さん……ううっ……」
少女が泣き出した。
こやつら兄妹の母親も、あの元勇者の化け物に殺されてしまったのであろうか。
「あの悪魔は……勇者は……」
少年は拳を震わせながら、声を絞り出した。
「勇者は、僕たちの母さんなんです」
◇
「思っていたより大きいな」
化け物の傍へ近づきながら、我は呟いた。
この化け物──もとい元勇者は、我の実家である魔王城よりもでかい。とにかく巨大だ。
しかもヌルヌルしている。
母親がこんな姿になってしまったため、あの兄妹は生き残った人々から厳しく責められたらしい。
といっても、ただ悪口を言われただけではない。
二人とも『死んで、化け物を元に戻すための生贄になれ』と強要されたとか。
子供の死体を喰わせた所で、巨大なめくじの呪いが解けるとも思えないがな。
そんな状況から、兄妹は何とか逃げ出した。
そして母親から以前聞いていた『召喚術』の存在を思い出し、あの洞窟へ赴いた。
洞窟の奥にはレンタル召喚の説明書が封印してあったという訳だな。
禁術扱いになっているらしいが……まあ多分、大昔にガラの悪い召喚獣を呼び出してしまったのだろう。
「こやつを殺すのは簡単だ」
我はそう言って、元勇者の頭を念動力で揺らしてみた。
「ブモッ! グブォオオオオオオ!」
勇者は脳を揺らされ驚いたようだ。
体中から黒い液を飛び散らせ、叫ぶ。
図体はデカいが耐久力はそこまで無いようで、目や鼻から真っ赤な血が流れた。
「グギャアブアアアアア」
飛び散った勇者の体液が空中で停止。更に固体化し、鋭いナイフ状になった。
それが数百、数千本。
大量の黒いナイフが宙に浮かんだまま矛先を我に向け、そして一斉に飛びかかってきた。
「気持ち悪いから触らないでおこう」
我は両手から炎を出し、黒いナイフを全て蒸発させた。
やはり大したことはない。
大魔王の呪いだか知らぬが、元魔王の我には通用せぬ。
「殺すのは簡単。だが」
更に勇者へ近づく。
空を飛び、勇者の頭上へ。
「ギュブォォォオオオオオオオオオ!」
「気持ち悪いが。しかし触らねばならぬか」
我は思い切って、勇者の脳天に触れてみた。
ヌメヌメとグニグニとグチャグチャしている。気持ち悪い。本当に気持ち悪い。
「食欲が無くなったらどうしてくれる……まあ良い……ええと」
我は勇者の中にある『大魔王の呪い』なる力を探る。
それはすぐに見つかった。
勇者は化け物の体になりながらも、ずっと戦っていたようだ。
我が嫌いな『正義の心』と、別に嫌いではない『悪の力』が体の所有権を争っている。
正義の心──つまり勇者の方は、既に死にかけであるがな。
「さっさと我に移れ」
「ググブボモモモォォオオオ!?」
悪の力を引っ張り出し、我の体内へ招待してやった。
まんまと我に反応し、
『ツツツツ、ツツツヨイ。ホシイ。ホホホホホシイイイ』
などと喜びながらやってくる。
当然であろう。我ほど悪に適した人材はいないのだから。
『ホホホホシシイ。ホシイイホシシシシイイ』
悪の力は勇者の体を捨て、全て我の中へ入ってきた。
さて、これから我も勇者がやっていたように、この気持ち悪いなめくじの力と戦わねばならぬのだが──
「消えろ」
『ブムァアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
一瞬で勝負はついた。
呪いは完全に消えた。
これで終了。全て解決だ。
さすが我。
召喚されて約十分。スピード解決である
そして悪の力が抜けた化け物は、一人の女性に戻っていた。
きちんと生きている。死なないように、我が凄く気を遣ってやったのだからな。
「…………か、母さん……母さん?」
「お母さん!」
遠くから様子を伺っていた少年と少女が、駆け寄ってきた。
◇
「メッシュ陛下ー。召喚術師は大なめくじを『殺して』ってお願いしてたのにー。どうして殺さず、呪いを解いてあげたんですかー? 普通に殺しちゃった方が早くて楽なのにー」
召喚から帰ると、鑑定係がそう尋ねてきた。
「見ていたのか」
「だってー。危険人物の陛下を監視するのも、私の仕事ですからねー」
いつまで危険人物扱いなのだろうか。
などと思いつつ、質問に答える。
「ただのサービスだ。我があの化け物を殺せば、『召喚術師である少年が、召喚獣を使って母親を殺す』ことになる。子が母を殺さなくても済むのならば、それが一番良いだろう」
「へー。意外と優しいんですねー。悪魔も身内には優しい、ってヤツの応用編ですかー?」
「何か違う気もするが、そんなところだな」
我は適当に返事をして、机上にあるウェットティッシュを一枚拝借し、先ほどの戦いで腕に付着した黒い液体を拭き取った。
そんな我の様子を見ながら、鑑定係は何故か楽しそうに笑う。
「ふーん。ふふふー。へー。メッシュ陛下でもー、ママを大切にするんですねー。ふふー」
我は、ウェットティッシュで拭く手をピタリと止めた。
「…………いや」
そういえば初めて出会った頃、この鑑定係は「王族については、魔王の名前くらいしか知らない」と言っていたな。
所長には「この世間知らず」と怒鳴られていたが……
そうか。
知らぬのだな。
「我は殺している。実の母親をな」
「…………え?」
鑑定係の顔が固まった。
本気か冗談か迷っているようだ。
我はウェットティッシュで拭く手を再開する。
「え、えーとー……それってー」
「母親の一族は、魔界でも王族に次ぐ権力を有す大貴族であった……が、ある日急に天界へ寝返ったのだ。一族まるごとな」
寝返りというよりは、故郷へ戻ろうとしたと言った方が正確かもしれない。
魔界の古い貴族たちは、元は天界の者であったのだ。
「母は魔界を裏切り、二代目魔王を──我の父親を殺して逃げた」
「え……」
「母は逃げる際に、己の子を天界へ連れて行こうとした」
母親の情だったのか、それとも利用価値があったからなのか。
今となっては分からぬ。
「ただし誘拐に成功したのは丁度眠っていた我と、妹のラス。二人だけだったのだが……」
そして。
「天界への道中。我は母親とその一族を皆殺しにし、妹と共に魔界へ帰ってきたのだ」
「……二代目魔王様の仇討ちですかー?」
「違う」
我の言葉に、鑑定係が一瞬怯える。
「城に残っていたネア姉上とノーザ……『母の子供』の立場が危ういと思ったからだ。実子である我が直々に母親一族の野望を阻止すれば、城の者たちも文句は言わぬ……いや、我が文句を言わせぬ。姉弟を守れるだろうと考えた。悪魔は身内に甘いからな」
「身内ってー……でも、ママも身内……」
「そうだな。目の前で母親や親戚を殺したせいで、妹には未だに怖がられている」
我はウェットティッシュをゴミ箱へ放り投げた。
「くだらぬ昔話だ。忘れて良いぞ」
「…………」
「では我は帰宅する。また明日な」
「あ……えっとー……」
鑑定係は、何を言うべきか迷っているようだった。
いつもの「おつかれさまでーす」といった挨拶は無しで、我の背中を黙って見送った。




