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57話:怖い顔のお兄ちゃんでゴメン

 ()()女の()人兄弟。

 足し算を間違えた訳では無い。

 マートが次男と次女を兼任しているからである。


 そんな五人が集まる兄弟会食は、まさに『いつも通り』の進行であった。

 いつも通り。まこと良きことである。安定の象徴だ。


 ──しかしその安定は時に、薄氷のごとく繊細で儚い我の心を傷つけるのである──




「それでね。それでね。メッシュくんったら、どっかの知らない女の子に服を買ってもらったって言うのよ~! もー酷い~! お姉ちゃんを差し置いて! どこの女~!?」

「職場の女だ」

「まっ。社内恋愛? 面白そうね~」


 会食ではとにかくネア姉上が率先して喋る。

 しかも話題はだいたい我のことについてだ。


「ふふっ。メシュトロイオン兄上も隅に置けないね。そろそろ奥さんを(めと)るつもりかな?」

「そんなつもりはない」


 そしてマートが相槌を打ちつつ我をからかう。だいたいそんな流れが出来ている。

 ただ我の心を傷つけるのは、マートのからかいでは無い。いつものことだからな。


「………………」


 恥ずかしがり屋のノーザは、ほぼ無言で肉料理を食い続けている。

 これもいつものこと。


「メッシュくんが結婚なんてヤダ~! あと五千年くらいは独身じゃないと、お姉ちゃん許さないんだから~! ねっ、ラスちゃんも許さないでしょ~?」

「ひ、ひひひひ。どうでも良いよぉぉぉ肉親の結婚とかぁぁ。どうせラスちゃんは一生結婚出来ないしぃぃぃぃいいふぇへへ」

「ま! そんなこと無いわよ~。ラスちゃん可愛いし、自信持って~!」

「え、えへへへひひひひひぃぃ。お世辞はやめろぉ泣くぞぉぉぉビッチぃ」

「んまっ! お姉ちゃんはビッチじゃないも~ん! メッシュくん一筋!」


 同じ赤毛の双子でもノーザと違い、ラスはそこそこ喋る。


 それと、姉上の言葉はお世辞ではない。

 我の妹ながら、ラスの容姿は悪魔の中でも特に麗しい部類である。

 髪はボサボサで食事の作法も滅茶苦茶だが、それが難にならない程に整った顔立ち。

 それに白い肌。本当に白い。真っ白だ。

 我の肌も青白……いや白いと良く言われるが、そんな我と比べてもラスの肌は尚白い。


「ラスちゃんってば、一年ぶりに会ったけど相変わらずね~。最近は何をしてるの~?」

「ひ、ひひひひぃ、別にぃぃ。ゲームしたりとか、漫画読んだりとかぁ……今週は『おっぱいファンタジー』っていう異界の呪われたゲームが手に入ったんで、やってみたけどぉぉ。クソゲーだったから呪詛返ししたよぉ。今頃ゲームに呪いをかけた奴は、女だったらおっぱいが縮んでるぜぇぇ……男だったらハゲてる。えひひひひひ!」

「………………ぁ」


 ノーザがテーブルクロスの上に、ソースで『働け』と書いた。


「や、や、やだぁぁああああ! ラスちゃんは働きたくないんだよぉぉぉぁぁぁ」

「………………」

「ふふっ。まあまあ。悪魔なんだから無職でも構わないさ」


 マートはそう言って、喧嘩になりかけている双子を仲裁した。

 ただし。もしこの場にいるのが男マートでなく女マートであったら、おそらく痛烈な皮肉を言ってラスを泣かせていたに違いない。


 ともかくラスは、つまりはこういう『部屋にずっといる系の人』なのである。


 肌の話に戻るが、ラスが真っ白なのは、仕事もせずに引きこもって日に当たらないから……という訳でも無い。

 我の一族は尋常でない回復力を持つため、日焼けには縁が無い。すぐに地肌の色に戻る。

 ということは、ラスは生まれつき素の肌が白いのである。



 それほど白い肌だから、少しの汚れでも目立ちやすい。


 ふと見ると、ラスの頬に紫色の小さな()が付いていることに気付いた。

 ステーキに掛かっていたソースだ。

 材料は分からぬが、濃い紫色で悪魔的な配色のソース。

 食事作法がなっていないため、顔に飛んでしまったのだろう。


 親切な我は、もちろん妹にそれを指摘する。


「おいラス。顔にソースが」

「うひぃぃいいぎゃあああああああん!?」


 我に名前を呼ばれた途端、ラスは驚き涙目で奇声を叫び立ち上がり、ビシッと背筋を伸ばした。


「あ、え、えへへいひひひぃぃ……ご、ごめんよぉメッシュ(にー)ぃぃぃぃい。ラスちゃんのこと怒らないでぇぇ」

「別に怒っていない」

「う、うへへ……でも顔が怖いぜぇぇ」

「怖くない」



 これだ。



 我の華奢な心を傷つける『いつも通り』とは、まさにこの末妹ラスの態度である。

 こやつは、実の兄である我を異様な程に怖がっているのだ。


「も~ラスちゃんったら。メッシュくんはもう魔王じゃないんだから、そんなに怖がらなくても良いのにね~。機嫌を損ねても殺されたりはしないわよ~?」

「別に我が魔王だった頃も殺しはしなかった。というか魔王だから怖がっている訳ではないだろう」


 ラスは、現魔王であるマートのことは怖がっていないのだ。

 こやつは純粋に、我──メシュトロイオンという悪魔に恐怖を感じているのである。


「…………め……!」


 ノーザが、双子の妹をたしなめるように軽く小突いた。


「ご、ごめんにゃっしゃー……うへへへ……」

「ふふっ。魔界なんでもランキングによると、兄上は今年も『魔界で一番目付きが悪い男・第一位』だからね。あはは」

「我の目付きは悪くない。なんだそのランキングは」


 ネア姉上とノーザがわりと気を遣ってくれるのに対し、マートは楽しそうに笑う。

 これもまたいつものこと。

 まあ怖がられるよりはマシかもしれんが。


「ら、ラスちゃんもメッシュ(にー)のこと好きだけどぉぉ……でも怖いのは怖いから仕方無いんだよぉ~……! メッシュ(にー)が怖いのが悪いのにぃ……って、うぐええええええああああ! し、失言でぇぇしたぁぁああ! 許じでぇええええ!」

「怒っていないと言っただろう」

「え、えへへうひぃ」


 大人な対応をしつつも、我は内心傷付き、少しだけ落ち込んでいるのであった。

 ただ再三言うが『いつものこと』だ。

 慣れはしないが、慣れたということにしておく。




 ◇




 妹が怖がる理由は分かっている。


 まだ我ら兄弟全員が子供だった頃。

 仕方が無かったとはいえ、『ある出来事』によって我がラスに恐怖心を植え付けてしまったのだ。


 そう、あれ(・・)は……



「あーメッシュ陛下ー。おはようございまーす」


 ゴシック服姿の鑑定係に挨拶され、我はあれ(・・)を思い出すのを中断した。


 兄弟会食の翌日。

 ここはレンタル召喚獣斡旋所。

 我は数日フォルの遊び相手になり仕事を休んでいたため、久々の出勤だ。


「なんかー、難しい顔で固まってましたけどー。何の悪事を企んでいたんですかー?」


 鑑定係はそう言いながら、我の格好を見て「ふふー」と笑った。

 我は新しい服を身に着けている。

 これは女マートとの戦いで燃えた服の代わりに、新たに用意した衣装。

 以前と同じように鑑定係と二人で店へ行き、彼女の見立てで買ったメンズゴシック服である。


「企んでなどいない。ただ回想シーンに突入しようとしていただけだ」

「回想シーンー?」

「いや良い。後で暇な時に一人でやっておく」

「そうですかー。よく分からないけど分かりましたー」


 という訳で、回想シーンは追々な。


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