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55話:赤い食べ物といえば?と問われてまず最初に思い浮かぶのは明太子だろ

「あっ」


 と小さく声を上げたのは、ゴシックドレス姿の鑑定係だ。


 トレーニングルーム出入口の重い石製引き戸を開けると、外から戸に寄りかかっていた鑑定係がバランスを崩し、我の胸へと倒れこんで来たのだ。

 慌てて離れた鑑定係へ、我は問う。


「何故お前がここにいる?」

「いっ……別にー。そのー……」


 このトレーニング施設は王族や貴族以外は基本的に使用禁止である。

 並の悪魔では、中へ入った途端に死ぬからだ。

 が、実質は『本当は平民使用禁止だけど、覚悟があるなら自由に使っても良いよ』な状況になっている。

 城内ではなく城下町の中心部に堂々と建っており、警備員もいない。

 一般人でも容易に近づくことが出来るのだ。公立体育館のようなものだな。


 そんなセキュリティがばがば施設であるため、鑑定係がこの場にいること自体は特に問題無い。

 とは云え、偶然ただ散歩途中で出会っただけ……だとも思えぬ。


「何をしている?」

「うっ……たまたまです。散歩途中にたまたま会いましたねー。奇遇ですねー」


 ゆったりとした口調だが、どこか焦っている。

 先程、鑑定係は右側面から倒れこんで来た。

 ということは、右耳を戸に押し当てるような体勢で寄りかかっていたのであろうが……


「えっ。いやー、えーっとー……あのー。危険人物であるメッシュ陛下の召喚先を、仕方なく監視してたらー。地球?って召喚先で弟さんに会って、それで面倒臭そうなトラブルに巻き込まれてー、魔王陛下と戦うから訓練がどうこうってー……えっと、だからー、仕事終わりにちょっと様子を見に来てあげようかなってー」


 しどろもどろで説明している。

 しかし詳細を聞くと、あまり『たまたま』『奇遇』だったようには聞こえないな。


「もしかして、我を心配していたのか?」

「おおっ……」


 鑑定係は目を見開き、そしてすぐにバツが悪そうな表情になった。


「べ、別にー。違いまーす。死んでくださーい。えっと、やっぱり今の説明無しでーす。無ーし。散歩。ただ散歩してただけでーす。たまたまですねー。奇遇ですねー」

「そうなのか?」

「そうなんですー」

「ふむ。しかし……」


 と、そこで我の肩が軽く叩かれた。

 振り向くと、男のマートが微笑んでいる。

 先程まで「犯せ殺せ」と笑いながら戦っていた女と同一人物だとは思えぬ、爽やかな笑顔である。


「兄上、あまり女の子を苛めたら嫌われちゃうよ?」

「苛めているつもりはないが……そう見えてしまったのならば、訴訟対策のためにも態度を改めよう」

「あははっ。じゃあまたね。今日の借りは近いうちに返すよ。そのコートはあげる」


 と言い残し、マートは空を飛び去っていった。


「あー、魔王陛下もいたんですねー……って、コートー?」


 鑑定係が我の服装をジロジロと見た。

 我は今、戦闘前にマートから借りたコートを着ているのだ。

 血塗れになってしまっているが……ちなみにこのコートの下は、


「あのー。どうして素肌にコート着てるんですかー? ふふー。もしかしてその下、全裸だったりー?」

「うむ。良く分かったな」

「えー……冗談で言っただけなのに、ホントに全裸なんですねー。変態なんですかー?」

「変態では無い。ただ元々着ていた服が燃え尽きてしまって……ああそうだ」


 そこで思い出した。

 燃えてしまった服とは──


「昨日お前に選んで貰ったばかりのゴシック服。燃えてしまった」

「えー? もうダメにしちゃったんですかー?」

「申し訳ない」

「別にー……私に謝られてもー」


 鑑定係は拗ねたような、それでいてどこかガッカリしているような表情を見せた。

 まあ良い気はしないだろうな。昨日の今日で燃やしてしまったのだから。


 それに我としても、あの服が無くなったのは惜しい。

 せっかく『古風な悪魔らしい』恰好で、心機一転、召喚獣として頑張ろうと思っていた所なのに。

 ゴシック服はもう一着あるが、一着だけでは洗濯のタイミングなどが難しいではないか。


 そう考えた我は鑑定係に、


「すまんが、また我の服を選んでくれるか?」


 と打診してみた。


「えうっ!?」


 鑑定係は驚きの素振りを見せる。

 提案が急過ぎたらしいな。ならば理由も添えておこう。


「我はファッションが良く分からないのでな。お前が必要だ」

「…………必要ですかー……もー、しょーがないですねー。ふふふー。ついでに色んなモノー、たくさん奢らせちゃいますからー」


 機嫌が良くなったようだ。

 我のコミュニケーション力の賜物だな。

 さて服の心配も無くなったし、後は……



「…………あに……」



 ほふく前進で床を這いながら、出口へ向かって来ているノーザ。

 あやつを城へ送り届けるだけだ。

 一応「背負って運んでやろうか?」とも提案したのだが、拒否された。


『友達に噂とかされると恥ずかしいし……』


 と血文字の筆談で述べていた。


「えー……なんか這いつくばってますけどー。あの人誰ですかー? なにやってるんですー?」

「我の弟だ。見た通り這いつくばっているのだ」

「………………ぅ」


 そうしてノーザは這って進み続け、ようやくトレーニングルームから脱出。

 外の空気を吸って一息つき、安心したのか寝てしまった。

 ので、結局おんぶして帰った。




 ◇




「健介さんやーん!」

「チーっス!」

「あれ? 今日なんか嬉しそうにしとるね。どげんしたと?」


 といった会話があり、健介ことノーザは今日も楽しく地球の友達と遊んだらしい。

 地球侵略の計画が無事──と言って良いのかは分からぬが──中止となり、ノーザの懸念は消え去った。

 その分、地球以外の世界がこっぴどく侵略されてしまうのだが……そんなえこ贔屓(・・・・)が悪魔の悪魔たる由縁なのである。



 ノーザのお目付け役である老将軍は、元々地球侵略に乗り気であったようだが、


「中止。なるほどのう。いやはや。まあ、ワシは殿下の決定に従いましょうぞ」


 と、あっさり引いてくれたらしい。

 今思うと、我が地球に召喚された辺りで、それとなく事情を察してくれていたのかもしれない。



 と。おおむね丸く収まった所で。

 ノーザは我への礼として、地球産の菓子を大量に買い込んで持って来てくれた。

 ハイチュウ、ポテトチップス、チョコボール、どうぶつビスケット、その他いろいろ。

 博多限定じゃがりこ明太子味という超レアものまで。


「旨い。ふむ。旨い。我は甘い菓子が好きだが、ちょっと辛いのもたまには良いな。旨い」


 ばりばりぼりぼりと、じゃがりこを食べる。

 そんな我の様子をノーザはしばらく黙って見つめていたが、


「…………あに」


 ふと、小声で呟いた。


「どうした?」

「………………ぁりがと」


 そしてノーザの顔が、じゃがりこ明太子味のパッケージのように赤くなった。


兄弟妹ケンカ編おしまいです。

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