53話:殺されたいほどお兄ちゃん大好きっ子
「…………っ!」
我とマートが戦っている隙に、弟のノーザは寝ころんだままゴロゴロと横回転し移動していた。
先ほどの一億倍重力技の反動で足腰が立たなくなったため、緊急の移動手段なのだろう。
そのままトレーニングルーム端の壁にぶつかり「……!」と痛そうな顔をした後、寝たままの姿勢で我を見て、
「…………-!」
無言で応援している。
いや、何も喋らないので正確には分からないが、多分我を応援しているのだと思う。
「ノーザくんの避難も終わったし、もうちょっと派手な技で応酬出来るかな? こんな感じで──」
マートは右手人差し指を立て、我へ向けた。
指先に桃色の光が宿る。その光は瞬く間に大きく成長し、マートの姿を覆い隠した。
「今日は女の子らしくピンクだよ。ロゼ」
桃色の光球が我へ襲い来る。
色付きの光線技ということは、見た目重視で威力を手加減している。
しかしそれでも安心は出来ない。女マートの魔力コントロール技術は、我より上なのだ。
あのピンク玉に当たると、多分我でも死ぬ。
つまり当たらなければ良い、という事でもあるが。
「では我は、悪魔らしく黒といこう」
我は右手を握り、拳を突き出した。
拳が鈍く光り、マートの技と同じように光球を飛ばす。
我のはピンクではなく、黒い光球だ。
我のこの技は、以前の戦いで宇宙最強マンが放った技に似ている。
とにかく威力重視で見た目を気にしない光線技……と言っても、宇宙最強マンのは『七宝』の型を崩さないという制約があったため、完全に威力重視という訳では無かったが。
比べて我が今回放った技はとにかくシンプル。
おおむね威力に全振りしている。
おおむね……というのは少しだけ雑念が入ってしまい、チョコレートのように若干の茶色が混じってしまったせいだ。腹が減っていたのでつい……
それに威力重視とは云えども、時間の問題でそもそも込めた魔力自体が少ないため、さほど強くはない。
ちなみに宇宙最強マンの威力全振り技は赤色だったが、我のは黒。
この違いはおそらく、元々の魔力特性の違いだろう。
何も色を付けない場合の原色は、個々人で異なるようである。
そしてそんな我の黒球はマートのピンク玉にぶつかり、爆発と共に双方消滅した。
「ふふっ。黒か……兄上の黒は、色を付けていないって意味だよね。僕はわざわざピンクにしたのに、ずるいなあ兄上♡」
「ずるくない。悪魔だから」
マートの奴め、我の『魔力の原色』を知っているのか。
流石と言うか何と言うか。いつ調べたのだ。
「しかし光線合戦では、正直言って我が不利。シンプルに殴るので覚悟しろ」
「妹の顔を殴るのかい?」
「殴る」
「怖ぁい♡」
おちゃらけて肩をすくめるマートへ、我は拳を握り接近した。
一切の遠慮なく鼻先へパンチを打ち込もうとしたが、当然マートもなすがまま殴られるはずもない。首と背の骨が砕けてしまいそうな勢いで瞬時に後ろへ反り返り、我の拳を避けた。
が、そんなことは想定済み。
我は己の肩の血管を魔力で爆発させ、腕を引きちぎって飛ばした。
これはアレだな。ロケットパンチだ。
「おや。奇抜な技を……」
即興の技であるため、マートの意表を突くのに成功したようだ。
マートは回避が間に合わず、左手でガードした。
ロケット我の腕がマートの左手首から先を吹き飛ばす。それとほぼ同時に、我の肩から新しい腕も生えた。
「痛いなあ」
「女のままだからそうなる。男のお前ならば問題なく避けられたはずだ」
「あれ? その発言は男女差別になっちゃうよ?」
「何! 違う差別ではない。訴訟はやめてくれ。単に『お前の性質が』そうだというだけだ」
マートの筋力や魔力量は、男である時の方が上なのだ。
女である時の方が魔力コントールの技術は上だが……戦闘における総合力は、やはり男マートの方が数段上。
「ふふっ。兄上は男の僕の方が好きなのかな? でも残念。今日は女の子の日だから♡」
と言いながらマートは、手首の無い左手の断面で我を殴り返そうとした。
まさか怪我した方の腕で攻撃するとは思わず、我の反応が遅れる。
マートのパンチを顔に受け……そうになったので、口を開け、マートの腕断面を噛み砕いてやった。
のだが、
「痛い……ああ、痛いよ兄上♡ もっと僕を食べて♡」
「むぐっ!?」
マートは悶えながら、左手を我の口へねじ込んで来た。
食道まで侵入され、我は不可抗力でゴクリと喉を鳴らす。
「兄上が僕の血を飲んでいる……♡ 良い。良いよ。凄いよ兄上。僕はもう兄上のものだ……♡」
喉奥へ血がどんどん流れ込む。
しまった。不味いぞ。
悪魔の血の味も不味いが、それよりマートの血を飲んでしまったという事実が不味い。
噛み付き攻撃をする際、マートの血肉は口から吐き出すつもりであったのに。飲み込んでしまった。
マートほどの悪魔ならば、己の血肉を毒へと変貌させることなど容易い。
少量ならば問題無いが、この血の量は我でも危険なのだ。
「ぬがっ」
我はマートを突き飛ばし、口に入っている血肉をとりあえず全て吐き出した。
そして己の鳩尾に手を突っ込み、肉を裂き掻き分け、
「痛い痛い痛い……痛いぞ!」
痛みを我慢して、食道と胃袋を引き抜いた。
「痛い。でも治った。でも痛い」
先程のロケットパンチのように、自傷しても我の肉体はすぐに修復する。
と云えども流石に内臓だけ引き抜くのは、尋常でない痛みだ。
ノーザの一億倍重力の方が、一瞬で痛覚ごとミックスジュースになるだけマシであったな。
しかし、これでマートの血は体外へ出た。
引き抜いた内臓は、早くも毒で変質……していない。
「流石は兄上♡ その度胸と回復能力の速さは恐れ入るよ。でも無駄だったね。別に僕の血は毒化なんてしてなかったのさ♡」
「ならば何故血肉を飲ませた。遊んでいるのか?」
「僕は本気だよ。本気で兄上に僕の血を飲んで欲しかった♡」
マートは手首が千切れた己の腕の傷断面に、軽くキスをする。
「愛しい兄上に食べられたい。兄上の中で生きたい。僕は兄上のものだ。兄上好きだよ♡ 大好き♡ 僕を奪って♡ 僕を殺して♡ 復活出来ないくらい粉々に切り刻んで魔力で燃やして、灰を全て吸って欲しいんだ♡」
「……ふむ」
気持ち悪っ。
何だ?
今日のマートは何かおかしいぞ。
見物している弟のノーザも若干引いているではないか。
錯乱しているようにも見える。徐々に服を脱いでいるし。
混乱。興奮。自我を失う。
まさか。
「……そういえば、ネア姉上が言っていたが」
ふと、トレーニングルームへ来る前の会話を思い出す。
『だって~。男の子マートくんならまだしも、女の子マートちゃんは怖いんですもの~』
いつものように妹を恐れているだけかと聞き流していたが……
あの時のネア姉上は、過呼吸になるほど怖がっていた。
今までの積み重ねが限界に来ていたのだろうか。それとも『ここ数日』のイジメが特に酷かったのか。
姉上は「出来るだけマートが男の時にだけ会え」という我のアドバイスを実践していたはずだ。
にも関わらずストレスを抱えていたのは、どうしても女マートに会わざる得ない事情があったのだろうか。
その事情とは、もしや。
「時にマート。聞くが貴様、最近『男になった』のはいつだ?」
「…………ふふっ、察しが良いね兄上。さあ、でもいつだったかなあ?」
マートの奴め。
この口ぶりだと下手すれば巨大ロボットの件以降、ずっと男の姿になっていないのではないか。
目的は知らんが、性別を片方に固定しているのか。
「最低でも日に一度は性別変換しろと、亡き父上も言っていただろう」
「そうなんだけど、忙しくてね。ふふっ」
ずっと女のままでいる。
それはマートにとって非常に危うい行動だ。
バランスがおかしくなる。
マートはあくまでも二重人格では無いのだが、男の時と女の時で好き嫌い等の思考傾向が変わる。多少だが性格も異なっている。
女マートの性格で固定し続けると、男マートの性格が徐々に侵食されてしまうのだ。
すると男マートが消える分、女マートの思考パターンが肥大化してしまい。
その過程で一時的に、
「さあ兄上。僕を犯して殺して♡ 大好きだよ♡ 大好きだよ兄上♡」
今のように、変なウザキャラになってしまうのであった。




