47話:大人は本音と建前を使い分けるんだ
「なんだこの、旨い……アレ……この、旨い。旨いぞ」
現地で食す地球産菓子の甘美さに、我は語彙を失った。
待望のハイチュウ。それも魔界には入荷していなかったメロン味やバナナ味、酸っぱいレモン味まで。
さらにチョコボールのソーダ味やら、ベビースターラーメンのドデカイ版やら、ブラックモンブランなる棒アイスやら。
やはり現地に来てみるものだ。魔界では手に入らない旨い菓子がたくさんある。
我とノーザは地球の若者たちと別れ、先ほどの廃屋とは違い今も営業中である大型商店へやって来た。
せっかくなので菓子売り場で本場の菓子を買い漁り、フードコートなるスペースにて食い漁っている。
我の手持ちには魔界の通貨しか無かったのだが、地球の通貨に全て両替した。
地球には所々に、別世界の通貨と両替してくれる施設があるのだ。そこを利用した。手数料で10%取られてしまったがな。
ちなみにその両替施設──というか魔界や別異界の存在について、当の地球人たちは、選ばれた一部の人間しか知らぬらしい。
「旨い。旨い」
「…………」
我が菓子を食っている間、弟のノーザは律儀に黙って待っていてくれた。
本当に一言たりとも喋らず、ただずっとじっと我を見ている。昔からこういう奴だ。
「ねえ、あの外国人のお兄さんコスプレしてるよー」
「ゴス衣装ってヤツ?」
と、周囲が我を見て囁いている。
鑑定係が選んだ悪魔的衣装は、地球では少々浮いてしまうらしい。
少し恥ずかしいが、しかし別に怪しまれたり不審がられたりしている訳ではないようなので、放っておくことにする。
…………
とりあえず菓子は全て食い終わった。地球を満喫したな。
さて。ここで改めて、ノーザに現在の状況を確認しておこう。
「先程の廃屋にいた若者たち──不良だのヤンキーだのと言っていたが──以前からの知り合いなのか?」
と尋ねるとノーザはこくりと頷き、
「…………ぅ」
何か言おうとして、赤面し止めた。
そして慌てたように席を立ち、どこかへ行った……と思ったらすぐに帰ってきた。
紙とペンを持っている。今買って来たらしい。
筆談で説明するつもりか。
『地球にはちょくちょく気晴らしで来てたんだよ。兄上が地球のオヤツよく食べてたし、妹が地球のコミックやゲームで遊んでるし、ボクも興味あったんだよね。まあボクの興味はお菓子やコミックよりもニンジャだけど! んで、ニンジャを探して色々探索してたの。ニンジャにはまだ会えてないけど~(泣)。で、一年くらい前。ここ福岡で、さっきのヤンキーたちと出会ったのさ。あいつら性根がボクら悪魔族になんか近くて、気が有っちゃってさ~。隣の工業高校のヤンキーチームとケンカになった時、手を貸してあげて友達になったんだよ~』
「そうか」
口下手なのに筆談では饒舌。
これも小さい頃から相変わらずだ。
「それで。お前が地球侵略に乗り気でないのは、友達がいるからか?」
そう聞くとノーザは否定も肯定もせず、ただペンを走らせた。
『地球侵略。兄上はどう思う?』
「どう思う? とは、侵略すべきか否かという意味か」
との問いに、ノーザが首を縦に振った。
我は実際に地球を見て感じたことを、素直に話す。
「確かにこの地球は侵略するのに打って付けであろうな。自然も文化も程よく混ざり合っている。人々にも活気があるようだ。それになにより、どんな世界より突出して旨い料理を作れるだけの、貴重な資源がある。懸念は、魔界以外の様々な異界も地球を狙っているかもしれぬ、という事だが……マートならば、根回しでどうとでも出来るであろう」
二代目魔王である父上の代に、地球に対しては『侵略』でなく『貿易で共生』していくことを選んだらしいが……いざ今から侵略しようとしても、大した障害は無いはず。
「つまり客観的に見れば、当然侵略すべきだ」
「…………」
「だがそれはノーザ、お前が決めることだろう。嫌なら嫌と言えば良い。お前は王族だ。王族は多少のワガママくらい許される……と、ネア姉上やフォル、それにあのサディートまでが常々言っているぞ」
「…………」
我のグッドアドバイスに対し、ノーザは難しい顔で何やら考え込んだ。
「何を悩んでいるのだ? マートからは『地球侵略の可否を判断せよ』との命令が下っているのだろう。否と判断するだけではないか」
「…………ぅ」
ノーザが懐から二通の封筒を取り出した。
分厚い蝋の封を剥がした跡が残っている。
片方から一枚の紙片を取り出し、我に見せた。
これは魔界の書状──それも魔王、つまりマートからの伝令だ。
書状にはこう書いてある。
『大昔、先々代魔王が否と決定した地球侵略の件について。当時から時代や事情も変わったし、そろそろ再検討の時期かと思ってね。僕としてはどちらでも良いかなと思うので、ノーザくんと老将軍の権限で好きに決めて良いよ。以上。魔王マートシュガロイオンより』
……とのこと。
「マートもこう言っていることだし、何の問題も無いではないか」
「…………」
ノーザは首を横に振り、もう一通の封筒を我に見せた。
封筒の表には『王族以外の閲覧を禁ずる』と書いてある。
その中に入っている書状をノーザが取り出した。
読んでみると──
『さっきの手紙は建前だよ♡ 是非とも地球を侵略してくれたまえ。まあイヤならイヤでもいいんだけど、その時は添付した召喚魔方陣を唱えてくれ。きっと特別な召喚獣が、キミに良いアドバイスをしてくれるよ』
この召喚獣こそが、まさに我のことであるな。
うむ。確かに我ながら兄として良いアドバイスをしたと思うぞ。
書状の文章はまだ続いている。
『それでも気が変わらないのなら、ノーザくんの好きにしたまえ。その場合の手続きも分かっているよね? 以上。親愛なる兄であり姉、マートより』
「……なるほどな。だから悩んでいるのか」
「…………」
ノーザも苦労しているな。
この書状の書き方から察するに、マートは『ノーザが地球侵略に否定的』であると最初から見抜いている。
封筒には『王族以外の閲覧を禁ずる』とある。『ノーザ以外』ではなく『王族以外』だ。
マートが迷った末に我を召喚し、そして我がこの書状を読むことを予期していたのだろう。
そして、それでもノーザの気が変わらなかった場合の『手続き』。
この言葉の意味とは……
「久しいな。我の魔王現役時代には、ついぞ適用されなかったルールだ」
「…………」
「魔界において、魔王の命令は必ずしも絶対ではない。気に食わぬ命令ならば──」
魔王を殺して、撤回させよ。
「…………」
「それでお前は『手続き』を踏んで兄(姉)であるマートを殺し、異界の友を助ける気なのか? 悪魔らしからぬ……いや悪魔らしいのか。どちらとも言えるな」
「…………」
「我としては、やめておけとしか言えぬな。マートは強いぞ」
「…………」
するとノーザは、再びペンを走らせた。
『兄上。ボクと戦って?』
弟の書いた文章を、我は凝視した。一瞬意味が分からなかったのだ。
戦う。ノーザとマートではなく、我が?
「……何故だ。もはや魔王ではない我と戦っても、『手続き』を踏んだことにはならぬぞ。マートと違って我は優しいので、手加減はしてやらんでもないが」
と言いつつ我は、昔ネア姉上とトレーニングした時に、
「メッシュくんったら、手加減してるって口では言ってるけど、結局は全然手加減出来てないんだもの~! 女の子には、っていうかお姉ちゃんにはもっと優しくして! 優しくナデナデ~!」
と言われたことを思い出していた……が、忘れることにした。
今の我なら手加減出来るだろう。多分。
などと考えている間にも、ノーザは筆談を続ける。
『手続きのためじゃないって~(汗)。修行だよ。試したいんだ。ボクも昔より強くなったはずだからさ。メッシュ兄上に勝てれば、マート兄上にも』
「……勝てる」
ノーザは最後の一言を、己の言葉で言った。
三文字以上の言葉を話すのは珍しい。まるで己を鼓舞しているかのようだ。
締めの『る』が消え入りそうに小さい音量であったし、その後すぐ真っ赤になり顔を背けたが。




