46話:おい健介コノヤロー!
弟により異界へ呼び出された我は、高いビルとビルに囲まれた人気の無い路地裏にいた。
「なるほど。この世界を侵略するべきかどうか……を事前査定中なのか」
「そうですとも。この世界に数人の悪魔を放ち、現地調査しております。殿下とワシは現場監督という訳ですな」
老将軍が、この世界に滞在している理由を説明してくれた。
殿下──我の弟であるノーザも、無言でコクコク頷いている。
「しかし何故お前たちが直々に現場監督をやっているのだ?」
我は疑問を口にした。
異界侵略における事前査定とは、資源や文化を評価し、侵略すべき世界かどうかを判断する仕事である。
この査定に合格する世界が見つかれば、晴れて侵略戦争を開始するという段取りだ。
そして『現地調査』とは事前査定における下準備。情報収集の段階である。
言ってみれば下っ端の仕事だ。
本来ならノーザや老将軍のような上層部は、部下がおこなった現地調査の報告書を読み、侵略するかどうかの会議を行う立場。
直々に現地調査の現場監督をやるような役職ではない。
しかし今回はどうしたことか、二人とも現地へ来ている。
「それがですなあ。実はこの世界、マートシュガロイオン魔王陛下が直々に『侵略を検討してみよ』とご指名された特別な案件でしてな」
「ほう。マートが?」
侵略先の選定は基本的に、責任者であるノーザや将軍たちに任せられている。
その『権限の分担』を差し置いて魔王が直接指示を出すとは、よほど重大な理由があるということだ。
「元々この世界は侵略候補でさえ無かったのです。魔界とは通常の貿易関係であり、通行ゲートも開通しておりましてな。しかし現地調査にあたり、商人たちから万が一情報が洩れるのを防ぐため、ゲートを故障中という建前で臨時封鎖する必要があり……が、その対応にサディートロイオン外務大臣閣下が難色を示されましてのう」
従兄弟のサディートは外務大臣を務めており、異界通行ゲート関係も彼の管轄である。
サディートにとっても、貿易関係にある世界を急に侵略対象にするのは寝耳に水であったのだろう。
「そこで外部大臣閣下を説得しましてな。侵略事業の最高責任者であるノーザンライトボムロイオン殿下と、そのお目付け役でもあるワシが直接現場監督を行うなら……という条件で、ようやく納得してくれたのですぞ」
サディートの眼鏡を光らせながら渋々妥協する姿が、我の脳裏に思い浮かんだ。
ちなみにノーザンライトボムロイオンとは、ノーザのフルネームである。一族で一番長い。早口で呼ぶと噛む。
「しかしなるほど。だから二人が現地にいるのか」
「ははは。たまにはこういうのも宜しいですなあ。判断材料が集まったら会議に通すまでもなく、この場で侵略可否を即決出来ますからな。話が早くて爽快爽快」
老将軍が豪快に笑う。
その隣でノーザは、変わらず黙りこくっていた。
「それで肝心の、我を召喚した理由は何だ?」
「おお、そうそうそれでしたな。実はこの先王陛下を呼び出した召喚魔方陣。魔王陛下から『侵略すべきかどうかの判断に迷ったら使え』と言われ渡されたものでしてな」
「つまり、判断に迷っているという事か?」
と我が聞くと、ノーザと将軍が首を縦に振った。
「ワシとしては侵略戦争を仕掛けても良いと思っているのですがのう。ノーザンライトボムロイオン殿下はどうにも乗り気でないようで。この世界の住民はたいした魔力を持たぬ代わりに、機械兵器の技術が盛んであるから、戦争は得策でない……とか」
老将軍がそう言うと、ノーザは再度コクコクコクと首を振る。
「だが流石は魔王陛下。弟殿下の迷いを予期し、こうやってメシュトロイオン先王陛下をお遣いなされたのですなあ。先王陛下の戦力があれば、もはや侵略へ及び腰になる必要はありますまい」
「ふむ。ということは、我は侵略の手伝いをすれば良いのだな? 侵略戦争に参加するのは久々だ。少々楽しみである」
最近はレンタル召喚の仕事にも慣れ、マンネリ気味であったからな。
たまに別の仕事をやるのも気晴らしに良い。まあ正確にはこれも召喚獣としての仕事ではあるのだが。
マートめ、気が利くではないか。
「それに憧れの兄上様と共に仕事が出来るとなると、殿下も張り切れましょうぞ?」
「…………ん」
ご機嫌な老将軍とは違って、ノーザは何か言いたげな表情だ。
「どうしたノーザ?」
「…………」
ノーザは何も語らず、ただ手の平を振り「こっちに来て」のジェスチャーをした。
久々に会ったが、相変わらず無口な弟だ。
こやつは何故か『声を聞かれる』ことを異様に恥ずかしがっている。それ以外で恥じらうことは無いのに、とにかく『声を聞かれる』ことだけを嫌がるのだ。
理由は分からぬ。物心ついた頃からこうだったと記憶している。
ともかく我は、呼ばれるままノーザに近づいた。
するとノーザは次に上空を指差し、顔を見上げる。
我もつられて顔を上げたが、ただビルの壁と空が見えるのみ。魔界やその辺の異界では見れないような、爽やかに澄んだ青空だ……が、空を見せたい訳ではないだろう。
「ビルの屋上に行こう、と言いたいのか?」
「…………」
ノーザが首を縦に振り、肯定した。
「兄弟二人だけのお話ですかな? ならばワシはここで待っておりますぞ」
老将軍が気を利かせて言うと、ノーザはまたまた首を縦に振った。
既に数えきれないほど首を振っているな。
我とノーザは魔法で宙に浮き、ビル屋上へ飛び乗った。
ここで何か話があるのだろうか……と思っていると、ノーザは更に隣のビルへと飛び移った。
後を追うとノーザはまた別のビルへ飛び、また後を追うと更に別のビルへ。更に追い、更に飛び……山を越え、川を越え……どんどん速度が上がっていく。
ついには音速を越えたスピードに。それくらいの速度になる頃には、もう普通に空を飛んでいた。
数分間の散歩だが、おそらくは千キロメートルほど移動しただろうか。
廃屋の屋上にて、ようやく立ち止まった。というか降り立った。
「ここが目的地か?」
「…………」
元商業施設の建物だろうか。
おそらくは屋上駐車場だったのであろう、コンクリートの空間が広がっている。
ノーザは駐車場の真ん中にある、四角い建物へと入っていった。我も後を追いかける。
建物入り口の床には細い溝が付いていた。元は扉が取り付けてあったのだろう。が、今は何も無く自由に出入りし放題な状態になっている。
部屋の中には降りる用の階段。
どうやら施設内へ繋がっているようだ。
ノーザと我は階段を降りる。
壁に『4F』、『3F』と記号……おそらくは現地の文字が書いてある階を素通りし、『2F』と書いてある階でフロアへ入った。
フロアには壊れた陳列棚や、ぼろぼろの布切れや段ボールが散乱している。
そんなお化け屋敷のような中を二人で歩き、ある所で急に立ち止まった。
立ち止まった理由は、そこに人がいたからだ。
しかも複数人。
姿形は悪魔に似ているが、悪魔とは別の種族。
どうやら現地人のようだ。
若い男女数名。
彼らは地べたに尻を付け座っていたのだが、ノーザの姿を見ると「あっ」と小さく叫んで立ち上がった。
「健介さんやーん!」
「チーっス!」
「久しぶりばい。最近来んかったけど、どげんしとったとね?」
若者らは、ノーザへ親しげに話し掛けてきた。
ノーザは何も返事はしないが、首をコクコク振っている。以前からの知り合いのようだ。
だが……健介?
「健介さん。こっちは誰ね?」
若者が我を見ながら聞いた。
ノーザは若者と我の顔を交互に見ながら、
「…………あに」
と小さく呟き、顔全体を真っ赤に染める。
恥ずかしいなら、無理して喋らずとも良いだろうに。
「お兄さんねー!?」
「兄弟揃って背ぇ高かねー!」
「健介さんより目付き怖かね」
目付きが怖いのは放っておけ。
というか怖くない。
だが何となく理解した。
この現地人たちは、ノーザの友人であるようだ。
それも「久しぶり」と言っているし、古くから……少なくとも最近始めた『現地調査』をするより、もっと前からの友人なのだろう。
元々この世界は魔界と貿易関係にあったらしいので、知り合いがいてもおかしくは無い。
ノーザのことを健介と呼んでいるが、おそらくはこの世界で活動するための偽名か。
どうして健介なのかは知らないが。
ノーザは、この世界の侵略には乗り気でないらしいが……もしや、この友人たちが存在するからなのだろうか?
と考えながら、ふと我は発見してしまった。
ノーザに群がる若者たちの一人。クチャクチャと何かを食べている女が、手に持っているモノ。
白を基調とした背景に赤い果実の写真が載っている、細長い立方体のパッケージ。
端が破られており、中には銀色の紙に包まれた……
「こ、これは……森永ハイチュウ! ストロベリー味ではないか!?」
我は思わず女に詰め寄った。
何しろハイチュウといえば、まさに昨日我が渇望していたのに未入荷で食べられなかった菓子だ。
こんなところでお目にかかれるとは、まさかの事態ではないか!
女は若干引きつった表情で「う、うん……そうやけど」と頷いた。
「え? 食べたかと?」
「ああ。食べたい」
「じゃああげるけん、そげん興奮せんで」
そうして我はハイチュウを一粒貰った。
口内に至福の甘さが広がる。
「だが一体、このハイチュウをどこで手に入れたのだ?」
「はあ? なんばよっとね。ハイチュウくらいその辺の店に売っとっばい?」
「……ソノヘンニ……だと……?」
この世界では『その辺の店で売る』ほど、地球産の菓子を輸入しているというのか。
なんと気の利く世界なのであろうか!
──と一瞬思ったが、我も馬鹿ではない。
もっと至極真っ当な結論を導き出す。
魔界と交易している世界。
ハイチュウがその辺に売っている世界。
それはつまり。もしかしてだが。ここは……
「すまぬ。聞くのが今更になってしまったが、ここは一体どこなのだ?」
我はノーザに尋ねてみた。
するとノーザではなく、
「ここは移転したまま放っとかれとるイオ●モールばい!」
「イオ●っていうかジャ●コって名前やったみたいやけど」
「誰も来んけん、ウチらん溜まり場にしとっとよ」
「ジ●スコ久留米店!」
と、若者たちが次々に答える。
「くるめ。とはどこだ?」
「福岡県たい。当たり前やん!」
「ふくおか。とは?」
我は再度ノーザの顔を見た。
ノーザは息を吸い、
「…………地球」
と短く言って、赤面した。
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この作品に出てくるジャ●コ久留米店は架空の●ャスコ久留米店であり、移転による廃屋がそのまま残っているジャス●久留米店は現実には存在しません(多分)のでご了承ください。




