38話:僕も君も宇宙最強!
「た、助……け……てくれ……」
ずるりずるりと水色の小さな水溜りがうごめき、敵方関係者席へ助けを求めている。
水には片目、片耳、口……つまり顔半分が浮かんでいた。
要は、爆発四散した液体化マンがまだ生きていたのだ。
フォルはもう勝った気になり、
「これが勇者の力ですのー! オーディエンスの皆さま、もっとわたくしをお褒めになってね」
と言って観客席へ手を振っている。
ジャスティス・ジャマー……とフォルが言っていた、液化能力への妨害技。それを早く解除しすぎたようだ。
液体化マンは絶命するギリギリ直前に再び液化し、何とか生き残ったらしい。
体はほとんど残っていないようだが。
「敵はまだ生きているぞ」
我は席に座ったまま、試合場のフォルへ教えてやった。
もちろんそのままでは歓声に負けて聞こえないため、声を指向性の音波として放出しフォルの耳へ無理矢理届かせた。
「あら? あらら? あ、ホントですの! しーぶといですわね」
我の声を聴き、フォルもようやく液体化マンに気付いたようだ。
「詰めが甘い。お前の父サディートならば、相手の死亡を確実に確認するまで妨害術を解かなかっただろう」
「むっ。お父様は関係ありませんの! それにわざと! わざとですの! フォルは光の勇者だから、弱者に優しいだけですことよ!」
などと言い訳をしつつ、液体化マンへゆっくり近づいた。
ただし今回は、放置しておいても敵は勝手に死にそうである。液体化マンの生命力は今、極端に低下している。
「た、助けて……聞いているのか……1号……」
「…………」
リーダーである1号へ必死に助けを乞いている。
しかし1号は完全に無視。黙って突っ立っている。
助ける気は無いらしい。
「宇宙……い、1号……」
「…………」
「………………そうか、もう俺とは……喋って、くれない……か。ははは……」
液体化マンの水色の体が肌色へと変色し、ぐちゃりと潰れた。後に残るは目玉と肉片、血。
フォルがトドメを刺すまでもなく、力尽き自壊してしまったようだ。
「あら。ようやくホントーにお亡くなりになったみたいですわね。これで勇者の完全勝利──」
その瞬間。
フォルも我も、ついでにレイスも油断していた。見えなかった。
試合場に立っていたはずのフォルが、気付くとヒーロー関係者席の下の壁にめり込んでいた。
「うぐ……ぅ……え? ごほっ」
フォルは「何が起こったのか分からない」という表情。そして口と鼻から血が噴き出した。
「ちょ、ちょっと何? どうしたの?」
首から下が動かないレイスは、眼球を目一杯下に向け様子を見ようとしている。
試合場を改めて見ると、先ほどまでフォルが立っていた場所に、白いマントとフード姿の1号がいた。
1号は片足をゆっくりと下げている。どうやら……
「1号とやらが、フライングでフォルを蹴ったようだな」
「フライングって……卑怯よー! ブーブー!」
一方、急に攻撃されたフォルは、
「あ、あああ、ごふっ……ふぅぅ……ふうっ! 痛いですのー! もう!」
荒ぶる呼吸と痛みを誤魔化すように叫んだ。と同時に口から血が垂れる。
ダメージは決して軽くはない。
不意打ちとはいえ、魔界の姫であるフォルに吐血させるとは。
1号はこれまでの二人とはまた次元が違うようだ。
「……私の蹴りで死なない。良いね。あなたには私との『会話』を許す。私は直接戦って認めた強者としか会話をしない。弱き者と喋ると精神が穢れるから」
1号が初めて喋った。今まで一言も喋らなかったが、無口キャラとかそういう訳では無かったらしい。
しかし『会話を許す』とは、凄まじい上から目線だ。見習いたいものだ。
液体化マンの最期の台詞を無視しまくっていたのは、醜態を見せたことで1号の中での格付けが落ちてしまったからであろうか。
「うぐぐぅ……いきなり攻撃するなんて、卑怯ですの!」
フォルは埋まっていた壁を破壊しながら抜け出し、1号へ文句を言った。
叫ぶたびに口から血が飛び散る。
「いきなり? 私はきちんと『液体化マンが死んで』から攻撃を開始した。これは審判無しの勝ち抜き戦なので、片方が死んだらすぐに次の試合が始まって叱るべき」
「ええ……屁理屈ですの!」
「そう思うのはあなたの弱さ」
「よ、よわ……弱くないですのー!」
「そもそもこの戦い自体、私にはどうでもいい。液体化マンに交渉の役割と権限を与えたら、遊び半分で勝手にゲームを取り決めた。宇宙を支配するという目的も、液体化マンとかみなりビリビリマンの願望だった。そういう所が彼らの弱さであったのだけど、もう死んだし過ぎたこと」
今までずっと黙っていたのに、意外とお喋りな奴だな。
しかしこの声、思っていたより若い。
いや若いというよりむしろ幼い。声変わり前の少年のようにも、少女のようにも聞こえる。
ただし口調にあどけなさ等は無い。
「私の目的は最初から、『殴る蹴るマン』『木刀で殺すマン』『呼び出しマン』の三人、および彼らを育て『宇宙最強』という称号を与えた宇宙ヒーロー連盟の役員。以上全てをこの世から消すこと。ただそれだけ」
そう言って1号はフードで隠れた顔で、ヒーロー関係者席をちらりと見た。
「え……ぼ、僕らを……!?」
呼び出しマンとヒーローのお偉いさん達が、驚きと恐怖の表情を浮かべた。
狙われているのは宇宙ではなく、こやつら一団体であったらしい。大変だな。
「……どうして僕らを……? もしやあなたは、僕たちが今まで倒した怪人や怪獣の関係者……」
「…………」
1号は返事をしなかった。
直々に強さを認めた相手としか会話しない、という面倒臭い自分ルールがあると言っていたな。
「あなたは、ヒーローさん達が今まで倒した怪人のご友人なのかしら? と、聞かれていますの」
フォルが代わりに同じことを尋ねると、
「違う。無関係。それにもし家族や知り合いだったとしても、負けるような弱き者に情は残らない」
1号は返事をした。
間に通訳を通せばオーケーという、割と雑なシステムらしい。
「なら何故……?」
「なら何故? と聞かれていますの」
「それを知る必要はない。それよりも──」
1号はフォルへ一歩近づいた。
フォルはふらふらとした足取りで、「むぅ」と睨み返す。
「試合を終わらせよう。液体化マンが始めた遊びだけど、途中で放り出すのは、私は嫌い」
「の、望むところですの……うぐぅ!?」
またもや一瞬だった。
フォルは腹を蹴られ、宙に浮く。
1号も追いかけて飛び、追い打ちで踏みつけるように蹴った。
フォルは地面へ衝突。砂地に埋まり、クレーターが出来る。
そして1号は、フォルから多少距離を取り着地した。慎重な性格であるようだ。
「えぅ……はぁ……ひゅ……」
フォルは腹を押さえながら、なんとか立ち上がった。しかし満身創痍。満足に歩行も出来ないようだ。
「まだ生きてる。凄い。でも今のは不意打ちじゃないし、真っ向からの攻撃も避けられなかった。つまり実力差は明白。もう勝ち目はないから、逃げてもいいけど」
「逃げないですの……か、勝ち目があるかどうかは、まだ……ごほっ……おぶ……」
血の塊と、胃の内容物を吐いた。
全身が震えている。
「……うぁ、ぐう……勇者は、あ、諦めない……ですの」
フォルは右手をポケットに突っ込み、ハーモニカを取り出した。
音楽に魔力を乗せて攻撃する気だ。
近距離戦では勝ち目がないと見たのであろう。その判断は妥当だが、
「武器? 使わせるほど甘くない」
1号はフォルへ一気に詰め寄り、右腕へ拳を叩きこんだ。
フォルの肘が逆方向へ折れ曲がり、ハーモニカは遠くへ吹き飛ぶ。
「あ、あああ……うぅ……あう……」
フォルは痛みに悶え、ついに倒れた。
地面が濡れる。失禁してしまったようだ。
ただし挫けてはいない。持ち前の負けん気で、1号をしっかりと睨みつけている。
「まだ闘志を失わない。凄い。強いね。でも、これでおしまい」
1号は右足を大きく前へ上げた。
かかと落としか、ただの踏みつけか。いずれにせよトドメの攻撃を放つようだ。
「ちょ、ちょっとアンタ。あのままじゃあの子”死ぬ”わよ! アンタの親戚なんでしょ?」
レイスが目だけを動かし我を見て、慌てて言った。
「確かに。既に職場体験の域を越えているようだ」
「分かってるならなんとか……あ、あれ? ”メシュトロイオン”? 急に消えた? どこ?」
一方試合場では、1号がフォルの顔目掛け、今にも足を振り下ろそうとしていた。
「…………うう!」
フォルは覚悟を決めたように、唇を固く閉じる。
しかし目は見開いたまま、しっかりと1号を睨みつけていた。
「さよなら。結構強かった」
「待て」
我は1号の足を掴み、攻撃を止めた。
「……?」
フードの隙間から、1号の顔が見えた。
真っ白な肌。黒い髪。
声と背丈通り、少年か少女のような顔。
「お、お兄様……! ごほっ」
「ここまでだフォル。お前の負けだ」
「う……うぅううう……ううううう!」
フォルはぽろぽろと涙を流し、気絶した。
我は念動力を使い、フォルの体を呼び出しマンたちの近くへ運ぶ。
「すまないな1号とやら。これは一対一の戦いであるのに、乱入し邪魔してしまったな。つまりはフォルの反則負けという事で、次は我の番だ」
我ながら無理があるような気もするが、1号は、
「そう。別にいいけど」
と、あっさり認めてくれた。フォルの生死に拘りは無いらしい。
それに……
「我と『会話』しても良いのか? 貴様は、強者と認めた相手としか話さないのであろう。我はまだ何もしていないが」
「ううん」
1号は首を後ろへ振り、その勢いで白いフードを取った。
少年か少女か。どちらにも見える、中性的な顔が現れた。
「私の攻撃を止めたから。あなたは強い」
「ふむ。貴様より強いぞ」
「へえ。そう」
我は1号の足を離した。
1号は素早く後ろへ飛び、我との距離を取る。
「私の攻撃が防がれたのは十万年ぶり。あなたは、とても強い」
「何! 十万歳を越えているのか! 我より年上ではないか」
「うん。長生きだから」
1号はマントを脱いだ。
まさに子供の体。小さく細く華奢である。十万を越えているとは思えない。
「私の名前は、宇宙最強マン」
1号が名乗った。
宇宙最強マン。
「名前の通り、宇宙で最強の存在」
「なるほどな。しかし……」
相変わらず、この世界の住民はネーミングセンスが独特である。




