37話:ゲームとかで小さい子供からハンデ貰うと悲しくなる
「落ち着け俺。これ以上の醜態は許されない」
と、液体化マンが1号の方をチラリと見ながら小さく呟いた。フォルが想定以上に強く、焦っているようだ。
許されない……とは、1号は厳しい上司であるようだな。
「まずは認めることから始めよう。確かにお嬢ちゃんの魔力は、俺より圧倒的に上のようだ」
「さっきから『お嬢ちゃん』って、しーつれいですの。わたくし、立派なレディで立派な勇者ですことよ」
「しかし所詮は子供──大人気ないが、身体能力で勝負させてもらうとする」
液体化マンは膝から下を水と化した。
滑りながら、地面や壁を駆け巡る。
液体化マンが通った後の砂地は濡れ固まり、さらに都合の良いスケートリンクへと変化。駆ければ駆けるほど、やつのスピードは上がっていく。
「み、見えない……!」
呼び出しマンが驚愕している。こやつ驚いてばかりだな。
とにかく、目にも止まらぬ早さというヤツであろう。
しかし我には見えている。
おそらくはフォルにも──
「だーかーらー、子供じゃありませんのー!」
「!?」
フォルは頬を膨らませながら、液体化マンの後ろを同じスピードで走りだした。
やはり見えていた。そして完全に対応している。身体能力での勝負もフォルに分があったようだな。
「ふーん。すばしっこい”クソガキ”ね。万引き得意そう」
「何が……何が起こっているんだ……?」
レイスは憎まれ口を叩き、呼び出しマンはもう視覚が追い付いていないようだ。
そして試合場のフォルは、走りながら右手を振り上げ、
「ジャスティース・ナックォー!」
液体化マンを拳で殴った。
しかし液体化マンは液体化している故、ちゃぷんと水音を立てすり抜ける。
「……っ! く、ふぉ……む、無駄だ! 俺は水だぞ」
ただし相当恐怖している。すごいビクッてなってたし。
「”物理”が効くわけないじゃない。あのクソガキ、なんで”魔力”を使って攻撃しないの? ”防御”には使えても、まだ”攻撃手段”への転用方法は覚えていないのかしら?」
レイスが不可解そうに言った。
「いいや。先ほどのフォルの拳は、魔力で身体能力を向上させ放っていたぞ」
「見りゃ”分かる”わよそんなの! でもそれ結局最終的にはただの”物理攻撃”じゃないの。そうじゃなくて”魔力自体”で攻撃するっていうか、ビームとかそんなん! そういうのは覚えてないの!?」
「ふむ。当然とっくに取得している」
のみならず、音楽に魔力を乗せて敵を溶かすという、貴族にしか扱えぬ高等技術さえも身に着けている。
「じゃあ何で”効かない”と分かり切ったパンチで攻撃したのよ。あのガキ」
「さあな。何か理由があるのだろう」
どうせ勇者が云々という、子供らしい理由であろうが。
「わたくし考えましたの」
フォルは液体化マンを追いかけながら、人差し指の先を頬に当て『考えてます』的なポーズを取り言った。
「あなたは液体化マンとお名乗りになってるし、真水の体がセールスポイントなのですわよね? 今みたいにパンチをすり抜けたり、おばさまとの試合の時みたいに伝導率を変えて電気を受け流したり」
「それは当然そうだ。お嬢ちゃん、何を今更……」
「勇者であるわたくしと致しましては、格下の相手にはハンデをお上げしたくって」
その瞬間、液体化マンの表情が引きつった。
我の隣でレイスも「うーわっ。あのガキ”性格”悪いわね~」と言ってケラケラ笑っている。
「だから、物理攻撃だけで戦って差し上げようと考えてたんですのよ! だってその方が格好良いんですもの! 本当は雷を纏った拳で戦う方が、もーっと恰好良いのですけど、わたくし雷の魔法は存じ上げませんので」
「…………」
「でも、ちょーっとだけ妥協しないといけないみたいですの。少しの希望を持って試しに殴ってみましたけど、やっぱりまったく効かなかったんですもの。困りものですわね」
物理手段が効くか効かないか、改めて確かめるための攻撃だったのか。
やはり予想通り、子供らしい理由であったな。
「だから少し、すこーし、すこぉーーしだけ魔力を使って、小さな工夫をいたしますの」
「ふざけているのか?」
液体化マンが立ち止まった。怒っている……というより、困惑しているようだ。
フォルを睨みながらも、席に控えている1号の方を気にしている。
少女に舐めた態度を取られていることで、自分の立場が危うくなると考えているのだろう。
「ふざけてませんの! わたくしすっごく真剣に考えてますのよ」
フォルも液体化マンと同様に立ち止まり、両手指先を頬に当て『すごく考えてます』的なポーズを取り言った。
「あなたはのお名前は液体化マンですの。液体マンでもウォーターマンでもなく、液体『化』マン。つまりベースには普通の肉体がおありになって、技として『液体化』してますの」
「……否定はしない。でもそれがどうしたんだい」
「そーれーはー」
フォルはポケットに手を突っ込み、ごそごそと何かを取り出した。
笛だ。
スポーツの審判などが使う、小さなホイッスル。
「なんだそれは」
「うふふ。ジャスティース! ジャマー!」
そう叫んだ後にフォルは「すぅー」と息を大きく吸い、そして笛を咥えて思いっきり吹いた。
闘技場内に、ピーッと大きな音がこだまする。
「”うるさ”っ」
「……うっ……うう、なんだか気分が……」
レイスは文句を言うだけだが、呼び出しマンや他のヒーロー、観客達は一斉に顔をしかめた。中には失神者もいる。
フォルの笛──音の波に、多量の魔力が乗せられていたのだ。それが皆の気分を害している。
それは敵である液体化マンも同様であり、
「あ、ああ……!? これは……お前、まさか……」
液体化マンの青い肌が白く濁り、徐々に赤みを帯び、いわゆる肌色へと変化する。
フォルの笛により体内の力を乱され、『液体化』の能力を打ち消されてしまったのだ。
「しまった……くっ」
液体化マンは、とりあえずフォルから距離を置こうと駆けだした。が、先ほどのように足を水にすることが出来ず、スピードがまるで出ていない。
フォルはニコリと笑い、一瞬で液体化マンの傍へ詰め寄った。
「これで『物理』で戦えますの。いきますのー」
「や、やめ……」
「ジャスティース・セイント・ブロー!」
ずぶり、とフォルの右手が液体化マンの腹へ刺さった。
液体化していた時とは違い、血肉を潰し掻き分けながらの体内侵入。
「うわあああ、や、やめろおお!」
液体化マンの口から悲鳴が上がる。
そりゃあまあ凄く痛いだろうな。腹が破れて、内臓を直接触られている訳だから。
「あら? あらら? 正義の拳で宇宙の彼方まで殴り飛ばそうと思っていましたのに、お腹を突き破っちゃいましたの。思っていたより、素のお体は貧弱ですのね」
「ぐ……あ……」
「イマイチ華やかさに欠けますの。あっ、そうですの。もう物理攻撃縛りはおしまいにして……ぴゅーぴゅー」
フォルは口笛を吹いた。
遊んでいるのではない。音に魔力を乗せた攻撃だ。
力の波が、液体化マンの全身の水分と共鳴している。今にも水が弾け飛びそうだ。
ただし今の液体化マンは『普通の肉体』であるからして、水が弾けるとはつまり、
「ジャスティース・エクスプロード! ですの!」
「やめ、やめろ、助け……うぽぁっ」
破裂音と共に、液状化マンは砕け散った。
深紅の花火が試合場を彩る。
「うっわ……」
レイスや呼び出しマン、他のヒーロー達は若干引いている。
観客の中には、具合が悪くなった者もいるようだ。
「派手ですのー! うふふふっ。お兄様お兄様! 褒めてくれてもよろしくってよ!」
フォルは返り血で赤く染まった顔に無邪気な笑みを浮かべ、我へ手を振った。




