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36話:勇者だから痛くない

「お死にかけなさっているおばさまは、邪魔だから帰ってくださいまし」

「ちょ、ちょちょちょちょっと”待ち”なさ……ぐへっ」


 フォルは無邪気な笑顔で念動力を使い、レイスの胴体と首をヒーロー関係者席へ投げ入れた。

 生首がちょうど我の足元へ転がる。


「残念だったな」


 我は生首へ語り掛けた。

 レイスは恨めしそうな目で我を睨む。


「”何”よメシュトロイオン……悪魔のクセに私に”同情”してんの? むかつく!」


 同情ではなく、『死ななくて残念だったな』という意味であるが。まあ良い。


「もー! どうして私が”負け”扱いでこんな目に……もー!」

「どうせその怪我では戦えまい」

「うっさい! もー! もー! バーカ! ああもう”体”動かないー!」


 レイスはギャアギャア喚きながら、都合よく近くに落ちていたダクトテープを魔法で動かし、顔と胴体を無理矢理くっ付けた。

 神なので欠損部分が接触していれば、すぐにでも元へ戻るはずだが、


「こんなテープぐるぐる巻きの”不格好”! ああもう、でもどうも”治り”が遅いわね」


 まだ体が動かないらしい。


 先程ちらりと首切断面を観察したところ、傷に強い力の残骸を感じた。液体化マンの魔力だろう。

 悪魔や神は、肉体にどれだけダメージを受けようともすぐに修復する……のだが、己より強い魔力で傷つけられてしまった場合、治りが非常に遅くなる。もしくは治らなくなってしまうのだ。


 死ななかったということは、『液体化マンの魔力がレイスの魔力を圧倒的に上回っている』という訳では無いのだろうが──少なくとも、同等以上であるのは確かだ。


「ちょっとアンタ、私を”席”に座らせるなりなんなり、ちょっとは”労り”なさいよ! 気が利かないわね」

「何! いいや我は気が利く男だ。良いだろう、座らせてやる」


 我はレイスを持ち上げ、隣の席へと運んだ。


「あっちょっと! ”おっぱい”触ったー! ”変態”なの!?」

「少し腕に当たっただけだ。むしろ変態は貴様の格好だろう」


 何しろ、ほぼ全裸に白い布を巻いているだけのような服装なのだ。


「”変態”じゃないわよ! 伝統的な天界の”衣装”!」


 と言っても、露出が異様に多いことに違いは無い。

 天界は古代よりセクハラ問題が盛んであるとも聞く。つまり天界の伝統こそが変態なのだろう。


「クソジジイやクソババアどもの”セクハラ”と”パワハラ”は”否定しない”けど! まったく! ああもうこの話はおしまいおしまい!」


 天界に不利な話題になったためか、レイスは無理矢理に話を締め、


「それにしても、あの”クソガキ”。このままじゃ”怪我”するわよ」


 試合場のフォルを見て、そう言った。

 フォルは準備運動のやり直しとばかりに、いまだ格好良い(と本人は思っている)ポーズを取り続けている。


「液体化マンの攻撃は、”油断”していたとはいえ”女神”である私の体を切断したのよ。アンタの妹だか知らないけど、あんな”子供”の悪魔に防げるわけないわ。あー死ぬわね。死ぬ死ぬ」

「妹ではなく従兄弟の娘だ。それに死にはしないだろう」


 そう答えると、レイスは我をジロリと睨んだ。首から下が動かないので、黒目だけを最大稼働させている。


「へえ。親戚とは云えあんなガキをずいぶん”信頼”してるのね。”ロリコン”野郎なの?」

「ロリコンではない。フォルは我と同じく」


 我は腕を組み、試合場を見下ろしながら言う。


「初代『宇宙最強の魔王』の血族だからだ」



 ──とのセリフを口にした、その瞬間。



「……む?」


 突如、妙な気配を感じた。


 一瞬どこぞから強い視線を向けられた──気がしたのだ。

 何だ。誰だ。

 しかし本当に一瞬だけの気配であったため、出所を感知出来なかった。


 ふと、敵席の1号を見る。相変わらず白いフードで顔を隠し、ボーっと突っ立っているが……まさか、あいつか?


 だが問い詰めに行くのも億劫だ。視線の主を知る必要も無い。

 ともかく今重要なことは、フォルと液体化マンの戦い。

 我は気を取り直し、再び試合場へ目を移した。


「とおー! やあー!」

「…………」


 相変わらずフォルはポーズを取り、液体化マンは様子を見続けている。


「えーい! そろそろ疲れちゃったですの……早く掛かってきて欲しいですのー! どりゃー!」


 戦う前から、フォルに疲労が見えてきた。と言っても体力面の疲労ではなく、飽き始めてきたという精神面での疲労である。


 セリフから察するに、敵の方から攻撃を仕掛けてくるのを待っているらしい。

 おそらくは『レイスを倒した技を真っ向から攻略し、自分の方が格上であることを皆に見せつけたい』とでも考えているのだろう。

 なんという無駄な行動をしているのか。流石我の親戚だ。ある意味、魔王の素質があるとも言える。


 しかしその魔王的行動結果の疲労が、敵には好機に見えたようだ。


「このままでは(らち)が明かない。攻撃させてもらうよお嬢ちゃん」

「あら? あらら? 先程おばさまを不意打ちした時とは違って、堂々とされてますのね」

「子供相手とは言え、一度見せた手段が通じるとは考えない。それが戦いの鉄則さ。お嬢ちゃんには姑息な手段ではなく──」


 液体化マンの体がぐつぐつと煮立ち、大量の湯気が立ち上った。

 その白く広がる(もや)の中に数多の光が現れる。

 水の刃だ。それも大量に。百……五百……千を超える。数多の薄い刃がレンズのように日の光を屈折させている。


「小細工無し。物量で押させて貰おう! 多水鎌(ラージワサイズ)!」


 全ての刃が、一斉にフォルへ襲い掛かった。


「あら。シンプルな技名ですのね」


 対するフォルは逃げもせず、またもや格好良い(と自分で思っている)ポーズを取る。

 両手を交差させ、拳をチョキにし、


「高潔なる魂。勇気の証。今わたくしの正義が、金色に燃え上がる!」


 などと言いながら、水の刃を次々と『モロに喰らって』いく。


「ジャスティース・プロテクション!」


 と防御技っぽい技名を叫んだが……もう一度言うが、既に『モロに喰らって』いる。


「見切ったりー! ですの!」


 と言っているがモロに喰らって……いや、もう良い。

 肝心な事は、フォルが『いつまでも元気良く勇者ごっこを続けている』という事実だ。

 つまり、


「痛っ……く、ないですのー! わたくし、ぜーんぜん平気ですことよ。勇者ですもの!」

「……ま、ま、まさか……水鎌が、まったく効いていない……?」


 という事である。


 痛いのをやせ我慢して涙目にはなっているが、傷一つない。

 肌に魔力を集中させ、千を超える刃を全て受け止め切ったのだ。


「……冗談じゃないぞ」


 液体化マンはフォルの予期せぬ強さに驚き、恐怖しているのか、はたまた武者震いか、単なる水の体が揺れているだけか。とにかくプルプルしている。

 そしてレイスも口をあんぐりと開け、


「私が”不覚”を取った技……の、パワーアップ版っぽい技が……あんな”クソガキ”にアッサリ破られて……はあああ!?」


 敵である液体化マン以上のショックを受けているようだ。


「”むかつく”-ーッッ!」


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