3話:クソ雑魚イキリ魔王
そう言えば、我を初召喚したあの巨人勇者は「今まで召喚術に成功した事が無い」と言っていた。
あれはあの勇者の技能が低いせいでは無く、むしろ高すぎて『A級召喚獣用の案件』になってしまったせいだ。
召喚魔法を唱える時、斡旋所にてA級召喚獣が待機中でないといけない。A級の数は少ない故、鉢合わせ出来なかったのであろう。
レンタル召喚が成功するか否かは運が大きく左右する。
そうならざる得ない程に、A級召喚獣とは貴重な人材である……
の、だが。
「A級召喚獣が一人死にましたー」
と、斡旋所の女職員があっさり言った。
ひらひらとした黒いゴシックドレスを所々わざとらしく破り、銀色の髪を床に達するまで伸ばしている女悪魔だ。
「最初はただのA級用案件だと思ってたんですけどねー。なんかー違いましたー。召喚獣が死んじゃった途端にまた次の召喚魔法を唱えているし、相当大変な状況みたいですねー」
間延びした口調で考察をしている。
この女職員は所長の娘だ。
ただしコネ採用では無く、れっきとした実力で役人の地位を手に入れた悪魔。
特殊な力を持つ者にしか務まらぬ『鑑定係』に就いている。
「私としたことがー、術師の能力を測り間違ってたみたいでーす」
この娘は『他人の強さを計測出来る』という特殊技能を持っているのだ。
発生した召喚魔方陣を通じて、召喚術師の強さ――つまり『魔力+生命力』を感知。その情報を元に仕事のランク付けをおこなう、斡旋所内でも重要な役職。
で、今回はその『召喚術師の強さ』を見誤っていたらしい。
「どうやらこの術師は、普段は力を抑えてるけど何かのきっかけで瞬時にパワーアップする的な人だったり、そんな感じのアレですねー」
周りで聞いているA級召喚獣達が、「ああ~。そういうの時々いるねえ」やら「厄介勢だわあ」などと頷いている。
この場に集まったA級は二人。
死んでしまった者と先程のムキムキ悪魔を合わせると、今日は四人のA級が出勤していたらしい。
同時に四人という数はそこそこ多く珍しい……と所長が言っていた。まあ三人になってしまったがな。
「それでー、改めて術師の強さを測ったらー……なんと、計測不能ーでしたー!」
鑑定係が両手をオーバーに挙げ、言った。
するとA級召喚獣の二人は「おっ」と何故か嬉しそうな顔になり、一方対照的に、斡旋所職員たちの顔は引きつる。
所長などは青ざめて「マジか……マジか……」と、気の毒になる程に焦燥している。
よく分からぬが管理職は大変であるな。我も先日までそうだったから分かるぞ。
「私が測れない強さってのはー、つまりここにいるA級召喚獣の誰よりも遥かに圧倒的に強いってことでーす。だから超絶特(SSS)級案件に修正~。っていうかー、むしろSSSSくらいは言いたいカンジですねー」
鑑定係はそのまま手を挙げっぱなしで「おてあげー」と声を張り、ふと我と目が合った。
「あー、メシュトロイオン先王陛下に最初から説明しますとー。多くの異世界住民の強さ平均を1とした時に、私らの国のF級召喚獣の強さ最低ラインが100でー、E級がその100倍の1万でー、どんどん100倍になってA級最低ラインが1兆なんですねー。ちなみにA級の強さ上限はありませんけど、今のトコロ一番強い人が1000兆くらいですねー」
改めて数字で言われると、随分とインフレするものだな。地球の少年漫画か。
「以上が召喚獣の強さ基準でー。一方の『召喚術師』の基準はですねー」
鑑定係はそこでようやく腕を降ろし、ゴシック服をひらつかせた。
「特(S)級案件ってのは、召喚術師の強さが1兆いかないくらいでー。超特(SS)級案件ってのは、術師の強さがA級召喚獣と同じ1兆から1000兆くらいでー。超絶特(SSS)級案件って言ってんのが、1000兆から7777兆なんでーす」
「ほう、丁寧な説明感謝する」
我は深く頷いた。召喚獣業務の簡単な概要は知っていたが、細かい定めや数値までは把握していなかったからな。
「だが何故7777兆という中途半端な数なのだ?」
「それはー、私がそこまでしか計測出来ないからでーす」
「ふむ、ではつまり今回の件では、術師の強さが7777兆より上。そして、それほどの者でさえも召喚獣に頼らざる得ないレベルの強敵がいる……」
「ってワケでーす。だから個人的にはSSSS級くらいに呼びたい案件なんでーす」
なるほど合点がいった。
「で、こういう場合はいつもどうしているのだ、所長?」
「はい!? え、ええ。ええそれはですねえ」
隣でぶつぶつ呟いていた所長は、我に突然話を振られ狼狽えた。
ただし小さく深呼吸し、冷静さをすぐに取り戻す。
流石は所長に任命される程の有能な役人だ。任命したのは我だしな。
「特(S)級案件や超特(SS)級案件は、A級召喚獣の中から更に選りすぐりの者を行かせます。該当する召喚獣が出勤していない場合は、残念ながら召喚失敗というていで見送るのですが……超絶特(SSS)級案件の場合は――――絶対に誰かを行かせます」
「ふむ? それでは理屈に合わないではないか。逆だろう?」
超絶特(SSS)級案件とは、A級召喚獣の誰も達成できない仕事だ。
だからむしろ「誰も行かせない」のが正しいように思うが。
「いいえ行かせるのです。何故ならば超絶特(SSS)級ともなれば、召喚するだけで莫大な『報酬』が発生するからです。絶対に失敗して召喚獣は死んでしまうのですが、それでも充分に元が取れます。もちろんA級召喚獣を失う訳にはいきませんので、F級召喚獣を選出します」
多大な報酬のために、弱い物を犠牲にするというわけか。
それはなんとも、
「合理的だな。召喚術師からすると詐欺みたいな話だが、どうせA級召喚獣でも役に立てないというのならば、信用を無くしても関係ないしな。まさに悪魔的システム。気に入った」
我がそう言うと、所長は「ええ……そうなんですが……」と歯切れ悪く苦笑いした。
「しかし当然ながら、一部の職員や召喚獣やその家族からは不評なシステムでして……この決断をするたびに所長である私が責められなじられ、説明会見を余儀なくされ……胃痛ぅっ」
「大変だな」
召喚斡旋所の所長とは、かくも心労が激しい役目であったか。頭頂部も薄くなるはずだ。
魔王就任中にもう少し給料を上げてやれば良かったな。
気の毒になってきた。
「それで今回A級召喚獣に集まって貰ったのは、一応の規則として、超絶特(SSS)級案件には『A級召喚獣の任命でF級を行かせた』という建前が必要でして。まあ後付けでも良いのですが、せっかく二人もいることですし。やりたい人ー?」
「はい! はい! はーい!」
「はいはい! はいはい! はいッッッ!」
A級の二人が元気よく挙手した。
きっと任命するだけで多大な臨時報酬が貰えるのだろうな。だから最初に嬉しそうな顔をしていたのだろう。
しかし、この二人には悪いが……
「F級を任命する必要は無い。我が召喚されよう」
「……はいっ!?」
我の提案に、皆が呆気に取られた。
少々突飛すぎたかな。きちんと理由も説明しよう。
「召喚魔方陣の先から感じる『力』は確かに強靭なものであるが、我ならば対処可能だ。空気で分かる。だから我が行く」
「ええー?」
鑑定係が不満気な声を漏らしつつ体を揺らし、ゴシックドレスと長い銀髪をひらひらさせた。
「今回の術師は私でも計測出来ない強さなんですよー? 陛下には強さが分かるんですー?」
「分かる。貴様のように数値化は出来ぬがな」
「むむぅー……でもでも同じく7777兆以上の『計測不能』な悪魔じゃないと、行っても無駄死にするだけなのにぃー。陛下きらーい」
ぷくっと頬を膨らませた。
プライドを傷つけてしまったようだ。言い方を考えるべきだったな。
所長は「おおおいコラ! 陛下になんて口をきくんだ!」と胃を押えている。
しかし鑑定係は我をじっと睨み付けた後、ポカンと口を開けた。
「あー……陛下も『計測不能』ですねー……」
◇
――という経緯で、本日二度目の仕事だ。
「ククク……召喚獣よ、今度こそわたくしを満足させてくれるのでしょうね?」
我を召喚するやいなや、術師が居丈高に言い放った。
真っ白な場所だ。
耳を澄ましてみても生命の伊吹をまるで感じない。動植物どころか泥も石も無い。
本当に、何も存在しない空間のようだ。
虚無の世界に、召喚術師と召喚陣だけが浮かんでいる。
「呼ばれた理由は分かりますか?」
術師が言った。
我ら悪魔族と同じように手足が二本ずつある人間だ。背丈もそう違わない。
ガタイの良い体躯に漆黒のマントを羽織っている。
彫りの深い濃い顔と、その頭に二本の巨大なツノ。
この雰囲気は魔王だ。間違いない。
絶対にこの異界の魔王だ。
しかも我より魔王っぽい顔ではないか。
少し嫉妬してしまうな……もう我は魔王ではないのだから、気にする必要は無いのだが。
おっとそう言えば「呼ばれた理由は分かるか?」なんて質問を受けていたな。
「まあ大体察した。この何も無い世界は、貴様が宇宙を隅々まで破壊し尽くした結果なのだろう? 気は晴れただろうが、そのせいで誰もいなくなり退屈になった。誰も……そう特に『戦う相手』がいなくなったのが退屈の最たる理由……と言った所か?」
「御明察です。わたくしは強くなり過ぎました。新たなる敵が欲しいのですよ」
つまりケンカ相手を求めて、召喚獣を呼び出したという事か。
召喚術とは通常、『強大な敵を倒すために召喚獣を呼び出し、共に戦う』ためのシステムだ。
しかしこの男は「自分自身が召喚獣と戦いたい」と言っている。
事前に考えていた状況とは違うが、まあそういう客もたまにいるらしい。適当に気が済むまで戦ってあげるのが通例とのこと。
「わたくしの名はドラゴグリフォマイラゴルゴフィンクス……宇宙最強の魔王! いいえ宇宙どころか全ての異界で一番強い! 全て全て全て全て全てを壊す存在です!」
「奇遇だな。我も最近まで宇宙最強の魔王だった」
「…………ククッ、面白い冗談……と言い捨てる訳にもいかないようですね。確かにさっきの召喚獣とは格が違いそうです」
ドラコマルフォ……ええと……なんとかは、虚無の空間で両手を広げた。
するとマントを押し退け、背中から漆黒の翼が生える。
こんな翼があるのなら、マントは邪魔ではないのだろうか?
しかし、翼を広げた瞬間に魔力と生命力が爆発的に向上した。
鑑定係のゴシック女が「普段は力を抑えているけど何かでパワーアップする系の召喚術師」と予想していたが、まさにその通りである。
「さあ戦いましょう。せいぜい頑張って、わたくしを殺してください!」
「殺していいのか? つまり貴様が我を召喚してまで叶えたい願いは『殺されたい』ということで良いのか?」
「そうですね……クククク、それが出来るのならね!」
ドラゴなんとかは翼をはためかせ、我に突撃してきた。立派な二本のツノで我を刺し殺す腹積もりか。
どうやら肉弾戦をお望みのようだな。
「ならば正面から叩くとしよう」
我は左手でドラなんとかのツノを受け止め、
「血生臭くなるから、パンチは嫌いなのだがな」
「ぐっふぉおおお!?」
右手で、ドラなんとかの顔面を全力で殴った。
ドなんとかは「ぶじゅじゅじゅう」と潰れた鼻から血と空気を漏らし、白い空間を吹き飛んで行く。
あまり遠くに行かれると面倒臭いな、と思い、我は魔法でドなんとかの体を宙に固定した。慣性を無視して無理矢理止めたせいで、首と背骨がパキリと折れる。
「どうだ。楽しめたか?」
我はドなんとかに近づき、そう言った。
ドなんはゲホッと血を吐き、「ククク……」と笑う。
「一瞬過ぎて、楽しめませんでした……よ……」
「それもそうか。気遣いが出来ず申し訳ない。我にはそういう所が有るから気を付けろと、兄弟からも良く言われるのだが……」
「ぬぐふっ……く、クハハハ……冗談ですよ。充分……心底、楽しめました……」
ドなんは笑いながら、静かに目を閉じた。
「わたくしが一番強いなどとは、恥ずかしい思い上がりでした……ね……わたくしは……二番目……だったという訳ですか……」
などと言って、ますます安らかな顔になった。
今にも永久の眠りに入りそうだが、しかし、
「いいや違うな。貴様は二番でもない。我が知っている中だけでも二千番目くらいだな」
という我の言葉を聞き、再び目を見開いた。
「……はい? どういうこと?」
「うむ、求むのならば説明しよう」
二千人を説明するのは時間が掛かりそうだ。
我は魔力を固め椅子を生成し、足を組んで座った。
「まずそうだな、我の親族だ。我に準ずる強さを持つ弟がいる。それ以外の兄弟や親戚たちも少なくとも貴様より強い。亡き父も、祖父も強かった……らしい。たぶん我の方が強いがな」
「く……そ、そうですか……確かにあなたの親戚なら、それくらいは強いのでしょうが、しかし二千人というのは……」
ドなんとかの顔からは、いつの間にやら笑顔が消えている。
「我の一族以外でも、貴様より強いのは大勢いる」
「はあ……」
「我のオヤツ友……もとい国交のある異界の邪神や魔王たち。我に挑んで来た勇者たち。それに何より強く厄介なのが異界に散らばる神々だな。祖父の代から因縁が続いているのだが、孫である我に執拗な嫌がらせをして来てな。去年なんて国中に豚の血を降らされた。まあ魔界だからむしろ血に喜ぶ者どもも大勢いたのだが、臭いので我は嫌だった」
「はぁー……ー……」
ドなんは再び目を閉じた。
「つまり世界は広いという事だな。貴様も一つの宇宙を滅ぼしただけで悦に入らず、もっと巨大な視点で」
そこまで言って我は気付いた。
ドなんがピクリとも動かなくなっている。つまりは、
「死んだか」
せっかく良い事を言おうとした、その瞬間に絶命するか。なんというタイミングだ。
我は少しだけ拗ねた。
ムスッとした顔で斡旋所へ帰ると、ゴシックドレス姿の鑑定係女が駆け寄ってきた。
彼女はその感知能力にて、我とドラなんとかの戦いを眺めていたらしい。
鑑定係は我をジロジロと眺め、
「ホントに勝っちゃったー……ふーん……」
我に負けぬムスッとした顔で、そう呟いた。
いや自分で言ってしまったが、我は別にムスッとはしていない。表情を作るのが苦手なだけだ。そこの所を間違えないように。