23話:子供の発表会は家族以外楽しめない
外務大臣サディートに呼び出された、その翌日。
我は魔界コンサートホールに赴いた。
魔界貴族の子息子女たちが参加する、ピアノ発表会が催されている。
サディートの娘がエントリーしているということで観劇へ来たのだ。
我は両手に手土産の花束(食人植物)を持ち、久々に社交界向けの服を着ている。
ちなみに魔界貴族社交の男子正装とは、上半身裸である。
コンサートにはきちんとした格好で来い、と言われたのでな。
周りも上半身裸の男悪魔や、下半身裸の女悪魔ばかりだ。皆正装。高貴な場であるな。
我はコンサートホールの案内人に、サディートが書いた紹介状を見せた。
すると案内人はまず控室まで連れて行ってくれた。
子供の発表会だが、参加者全員に個室が用意されているらしい。さすが貴族だな。
「メッシュお兄様!」
控室をノックすると、扉が開き、小さな少女が我に飛びついてきた。
「フォルの晴れ姿を見に来て頂いたのですね。嬉しいですわ!」
と物腰柔らかな口調ながら、年相応の活発さがある少女。
我のことを「お兄様」と呼ぶが、妹ではない。
彼女は我の従姪。つまり従兄弟サディートの娘。
名前はフォルだ。
フォルは父親譲りの茶色い髪。ただしぴっちりオールバックな父親とは違い、ふわふわな髪を肩まで長く伸ばしている。
髪質と同じようにふわふわした青いドレスを着用。魔界貴族の社交用正装とは違うのだが、魔界のピアノ奏者はだいたいこんな服装だ。
「今日はフォルを応援なさってくださいね。フォルのピアノで、コンサートホールを地獄に叩き落しますの」
「魔界なのに地獄か。期待しているぞ」
「うふふお兄様ったら。お任せなさって。フォルはご期待に、ぜーったいお応えいたしますの!」
◇
コンサートの開始時間が近づいたので、我は観客席へと向かった。
指定の座席へ到着すると、隣には既にサディートが座っていた。
当然正装の上半身裸。隣に座っているサディートの奥方も下半身裸である。
「おはようございます、メッシュ」
サディートはそう言って眼鏡を光らせた。
コンサートホールの薄暗い中でも、的確にレンズへ光を集めるテクニック。さすがは王族である。
ただ上半身裸なので少し間抜けに見えなくもない。
「フォルの控室には顔を出しましたか? コンサート前は、スター奏者へ差し入れをするものです」
「ああ、花束を渡した。相変わらず元気な子だな」
「そして上品で可愛くて賢い。私の娘ですからね」
サディートは俗に言う親馬鹿だ……と、親戚一同が述べている。
我も多分そうだと思う。
「今日のプログラムは、まずオープニング特別演奏としてフォルのピアノ。次に参加者が順番に発表演奏、当然トリはフォル。そして最後にエンディング特別演奏としてフォルのピアノです」
特別演奏が二回もあるぞ。
「……これは子供の発表会であろう。何故フォルだけ出番が多いのだ?」
「フォルが私の娘だからです」
思いっきり権力を行使しているな。
まあ悪魔なので問題は無いが。
「それに父親としての贔屓目でなく、フォルのピアノの才能は尋常でない。それはメッシュも知っているでしょう?」
「そうだな。城に住んでいた頃は何度も演奏を聴いた」
「あれから更に上達していますよ。既に大人のプロ奏者並……いや、プロでさえ凌ぐ。それすなわち……」
サディートは眼鏡をクイッと上げ、またもや光らせた。
「異界侵略における、重要な戦力なのです」
と、そこでホール内に木琴と鉄琴の短いメロディが流れた。
『おまたせいたしました。ただいまより、だい40222回まかいこどもピアノ発表会をはじめます』
舌っ足らずな子供のアナウンス。
ついに開演時間のようだ。
『まずはオープニングとくべつ演奏です。まかいの王族であられる、フォルティッシロイオン殿下によるピアノ演奏です』
フォルティッシロイオンとは、フォルのフルネームである。これはもう疑いよう無く長い名前だ。
フォルはドレスをひらつかせながらステージへ登場し、ぺこりと大きくお辞儀した。
「堂々としていますね。さすが私の娘です」
「そうだな」
つづいてステージ上へ、台車付きの大きな鉄の檻が運ばれる。
檻の中には十人程度の人々が収監されている。それも我ら悪魔とは見た目が違い、様々な姿の人々。
手足が三十本の者。肌が虹色に光っている者。顔だけが人間の巨大な蛇。体中に目が付いている者。
皆奇異な姿をしているが、別に形体異常というわけではない。元の世界ではこれが当然の姿なのだ。
つまり、彼らは異界の住民である。
勇者としてこの世界へ乗り込んで来たのを捕縛し、ピアノ発表会のために捕虜として生かしておいたのだ。
「ご観客の皆さま。フォルの演奏を、どうぞお楽しみくださってね」
フォルはそう言うと我を見て微笑み、「ねっお兄様」と、耳の良い我にしか聞こえぬ小声で呟いた。
ピアノの椅子に座り、さっそく演奏を始める。
オープニングに相応しい有名な曲だ。我も何度も聴いたことがある。曲目は知らぬ。
客席に座っている者たち──つまり悪魔の貴族たちは感心し耳を澄ましている。
一方、檻の中に入っている異界の勇者たちは……
「ぎゃああああ」
「GUAAAAAA」
「うああああおおおあああ」
「やめてくれ! やめてくれええええ」
叫びながら溶けていく。
魔界のピアノは聴くと溶けて死ぬのだ。分かりやすいだろう。
と言ってもピアノが兵器になっているわけではない。ピアノは普通の楽器。弾いている悪魔の能力である。
ここに集まっている観客たちは皆が皆、名の通った高名な悪魔貴族。特殊な耐性があるためピアノ演奏を耳にしても平気だ。溶けはしない。
ただし魔界の住民であろうと、力の低い平民は捕虜の勇者たちと同様。ドロドロに溶けて死ぬ。
そして檻の中の勇者たちは、一分も経たずに全滅した。
「確かに早いな。これは戦場でも非常に優秀な戦力となるであろう」
「でしょう。私の娘ですからね」
魔界のプロ音楽家という職業は、エリート悪魔騎士団の一員として楽器とスピーカーを戦場へ持ち込み、後衛で演奏する仕事なのである。
味方はなんともないが敵の雑魚だけが溶けていく。かなり重要な戦力となるのだ。
音楽家は兵士服の代わりに、キッチリとしたタキシードやドレスを身に纏う。
そうしておけば、異界の兵士たちは音楽家への攻撃を躊躇してしまうためだ。もちろん攻撃される時はされるが、可能性は低くなる。
故に今日の発表会にエントリーしている子供たちも戦場を意識し、悪魔貴族の正装(上半身裸か下半身裸)ではなくタキシードとドレスを着用している。
さて、フォルのオープニング特別演奏だが……勇者たちが死んだ後は、まあ普通の子供ピアノ発表。
上手だが、あくまでも『子供の演奏』の域は出ていない。
溶けて殺す能力は演奏者の魔力が重要なのであり、媒体となる演奏技術はそこそこ程度でも十分なのだ。
そんな普通の演奏が数分続き、やがて終了した。
「皆様、今日はお楽しみくださってね」
フォルはまたもや我の方を見て「お兄様もね」と小声で呟きウインクし、一礼し舞台袖へ退場。
そして他の子供たちの演奏発表が始まった。
新しい勇者が檻に補充され、どんどん溶かされていく……が、フォルの演奏のように一分で死ぬことは無く、徐々に徐々に溶かされじわじわと死んでいく。
こちらの方が残酷な気もするが、死に切れぬ勇者やそもそも溶けぬ勇者もいた。つまり勇者の呪い耐性の方が上回っているというケース。
ただし最後に再び現れたフォルの演奏で、無事だった勇者たちも全て溶けて死んだ。




