22話:眼鏡男子は眼鏡クイッ(チャキ)ってやるノルマがある
「あー先王陛下ー。おはよーございまーす」
出社するといつものように、ゴシックファッションで長い銀髪の鑑定係が話しかけてきた。
我も爽やか元気に「おはよう」と返事をする。
「陛下は今日も相変わらずー、怖い顔で不機嫌そうですねー」
「怖い顔ではない。不機嫌でもない」
「そーですかー。ふふふー」
まったく不機嫌ではないのだが、何故かいつも誤解される。
おそらくは、いまだに魔王時代の魔王的態度が抜け切れておらぬのだろう。
もしくは我は他人より少々背が高いので、照明や太陽光の当たり加減で顔に不機嫌っぽい影が出やすいのかもしれない。多分そういうアレに違いない。
朝から多少やる気が落ちてきた。しかし仕事はやらねばならぬ。
「我の機嫌はどうでも良い。今ある仕事を教えてもらおうか」
「わかりましたー」
鑑定係は椅子に座り帳簿を開き、我にオススメの召喚を探し始めた。
その間、我は「今日もお仕事ガンバ、我。イェイイェイ」と心の中で唱えてみた。
先日ホテルに来たネア姉上が言っていた『面倒臭くなってきた時に仕事を頑張れるまじない』だ。効いたような効いていないような。
姉上は心の中でなく実際に口で「イェイイェイ」と言って、腕を曲げて上下に振るという軽い短い体操も同時にやっていたが……あの通りにすべきなのだろうか? 恥ずかしいからやめておこう。
などと我が考えていると、
「あー。忘れてたー」
鑑定係が顔を上げ、「てへー」と首を傾げ舌を出した。
「今日はお仕事の前にー、陛下へ伝言を伝えろっておとーさん……所長に言われてたんでしたー。伝言、聞きますー?」
「伝言か。聞こうではないか」
「おっけーでーす。お城のお偉いさんかららしいですけどー……えーとー……」
鑑定係は帳簿を机上へ置き、同じく机上の隅にある紙の束をガサゴソと漁った。
きちんと整頓しておけ。
しかし、城のお偉方からか。
マートだろうか? いや、あやつは『召喚斡旋所を通しての伝言』はしない。
遣いのカラスなりコウモリなりを直接我の元へ寄越すはず。もしくはマート本人が直々にやってくるか、遠隔念動力で血文字メッセージを、わざわざ部屋を汚しながら書いたりするだろう。
斡旋所を通して伝えるということは、普段から斡旋所への連絡ルートを使っている役職の者かもしれない。
となると……
「あったー。ありましたー。お城のお偉いさんからの伝言でー、『メシュトロイオンへ。今日は仕事をサボッて城へ来なさい』らしいでーす」
「サボっていいのか」
やる気が下がっていた朝に、渡りに船の伝言だ。
だが城と言われても、魔王城は広大だ。
城内のどこの誰の部屋へ行けば良いのだ?
「えーとー、『By外務大臣』らしいでーす」
◇
魔王城の上階にある一室。
外務大臣の執務室だ。
我は扉をノックし、
「メシュトロイオンだ。入るぞ」
と確認した。
ノックをしないと怒られるのだ。
「入りなさい」
と許可が出たので、扉を開けて入室。
我が宿泊しているホテルの部屋より、十倍以上は広い部屋だ。
奥には悪魔が三人寝転べそうな大きい机があり、机上にネームプレートが立ててある。
プレートには魔界の文字で、
『外務大臣・サディートロイオン』
と書いてある。
「久しいですねメッシュ。元気にしていましたか……なんて、あなたが病気になる訳ありませんが」
「うむ。サディートも変わりないようだな」
サディートロイオン。
彼は魔界の外務大臣であると共に、魔界の王侯貴族でもある。我の年上の従兄弟にあたる男だ。
我と同じくらいの身長で、茶色い髪をオールバックにし、角ばった眼鏡を掛けている。
外務大臣とは外交──つまり他世界との政治交渉を取り纏めている大臣である。
異界への通行ゲート関係も外務大臣の管轄であり、その中には『召喚魔方陣の異界接続』も入っている。
召喚斡旋所を通して我へ伝言を寄越したのは、そういう業務の繋がりがあるためだろう。
「挨拶はそこそこにして、さっそく本題へ入りましょう。メッシュに来て頂いたのは『古代神への嫌がらせ』の件です」
「うむ、そうか」
なんとなく察しは付いていたが……
「しかしサディート聞いてくれ。あのタイミングでの嫌がらせならば、天界も黙認するはずだとマートが……」
「分かっていますよ。『レイスという若い神が魔界の召喚獣を殺していた。それに対しメッシュとマートは、報復のために神を一人殺そうとしたが……たまたま行った世界の神は、殺せない古代神だった。代わりに神の玩具を壊した。全ては外交上のバランスのためだ』と。そう言いたいのでしょう」
そこまで一息で言って、サディートは右手で眼鏡を上げた。
「その通りだ。だから……」
「勘違いしていますねメッシュ。神と衝突したこと自体は咎めません。むしろ報復活動は私も賛成しています」
「そうなのか。では何が問題なのだ」
そう我が聞くと、サディートは眼鏡をキラリと光らせた。
こやつは狙っているのか天然なのか、実に良いタイミングで眼鏡を光らせることが出来る。まさに魔界の王族らしい技術を持っているのである。
「問題は、『神の玩具を壊す』くらいの報復では全く足りないということですよ」
「足りぬか。やはり神を殺さねばならぬ、という意味か?」
「端的に言うならばその通りです。マートへ進言しても曖昧な態度で『兄上へ頼んでくれ』としか言わない。だからこうしてメッシュを呼び出したのですよ」
それはつまり、
「我に改めて『神を殺せ』と頼みたいのか?」
「そうです。幸いにもレンタル召喚獣は、神々が管理する世界へも容易に侵入出来る。メッシュならば神の一人や二人、簡単に殺せるでしょう」
なるほど。
その役割を我に与えるという事か。
「もし相手がまた古代の神々だった場合はどうする?」
「その場合は何もしなくていいです。あくまでも一般職レベルの神を殺さねば、外交バランスが取れませんからね」
「そうか。ならば気楽にやれるな」
ふむ。大した負担にはならなそうだ。
最近はレンタル召喚獣の仕事をゆるゆるとやっていたが、慣れすぎてやる気も少し落ちてきたし、久々に国の重要な任務を遂行するのも悪く無い。
「神を殺す際は、私も召喚斡旋所へ足を運びます。魔方陣の前で監視しつつ、メッシュの召喚獣としてのお仕事を父兄参観してあげますよ」
サディートはそう言いながら、手帳をパラパラとめくった。
スケジュール確認をしているようだ。
「間を置きすぎると報復の意味合いが薄れるため、出来るだけ早いほうが良い。さっそく明後日に実行しましょう」
「明後日か」
「そうです。本当は明日すぐにでもやるべきなのですが……明日は娘のピアノの発表会があり、休暇を取る予定ですからね」
サディートは妻子持ちなのである。妻も娘も魔王城に住んでいる。
仕事中は眼鏡クイッチャキッと冷たい印象を受けるサディートであるが、休日は案外アットホームなパパになるのだ。
「そうだ。メッシュもピアノ発表会の観劇に来なさい。娘も喜びます」
「いや、我は明日も仕事──」
「休みなさい」
サディートは再び眼鏡を指でクイッと上げ、有無を言わさぬ迫力で言った。
窓から差し込む光が、眼鏡のレンズに反射する。
「従姪の発表会よりも仕事が大事だと言うのですか?」
「そういう訳ではないが……」
「ならば休みなさい。ワークライフバランスの観点から見ても、仕事よりも家族付き合いの方が大事なのですよ」
「そうか……そう言われてみると、そんな気もする」
「でしょう。成長しましたねメッシュ」
サディートはまたまた眼鏡を上げた。
こうして我は、二日連続で仕事をサボった。




