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2話:ヤンキーがケンカ売ってくるパターン

「一仕事終えたら甘いものが食べたくなってきた」


 初業務を完了した我は、召喚魔方陣をくぐり抜け、巨人だらけの国から元の世界へと戻って来た。


 だだっ広い、石壁の個室だ。

 床に召喚魔方陣が一つだけ描かれていたが、我が帰りつくと同時に消えた。

 仰々しい石の扉を開けると、多くのモンスターが集まり喧騒溢れるホールへと出る。


 モンスター達の雑談に少し耳を傾けると、


「やっとC級に上がれたよ~。お祝いに誰か殺そ!」


「おい前より報酬が少なくねえか!? 殺すぞ!」

「テメーの身の丈に合わせてやったんだよ。感謝しろ殺すぞ」


「てめえ今肩ぶつかっただろコラあーん!」

「あーんやんのかコラ!」「あーんコラ!」「あんコラあん!」「あん殺すぞ」「殺すぞ!」

「おっ喧嘩か! 殺せ殺せー!」


 柄の悪い怒声と活気に満ちている。とりあえず感覚で「殺す」と口にしている。

 素晴らしき悪魔的民度だ。政治がしっかりしている証拠だろう。自画自賛になってしまったな。



 ここは国営の『召喚斡旋(あっせん)所』。

 異界にて召喚術師が儀式を行うとこの斡旋所と次元が繋がり、召喚獣登録している悪魔たちがレンタル(・・・・)されるという仕組みである。


 と説明口調で思考していたら、一人の男が我の傍へ駆け寄って来た。

 頭頂部が少々寂しい中年悪魔。


「陛下! メシュトロイオン先王陛下に於かれましては、お勤めをこの上無く精到に全うあそばされ、わたくしめも改めて敬服の意を」

「堅苦しい挨拶は良い。我はもう貴様の上司では無いのだぞ」

「ははぁ~。御意のままに!」


 と言いつつ、堅苦しい口調は止めぬようだ。

 この中年悪魔は『召喚斡旋(あっせん)所』の所長。

 多少「長い物には巻かれよ」な気質もあるが、基本的には真面目で優秀な男だ。


 国営施設の所長とはつまり、魔王の部下にあたる立場である。

 少し前までの我、そして今はマートの部下だ。


「初召喚のご感触はいかがでしたか。何かご不便をお感じあそばされましたら、すぐにおっしゃって頂ければ……」

「特にない。それより我は早く今回の召喚報酬が欲しい。そして菓子を買いに行く」

「ははぁ~。御意のままに!」


 本日二度目の台詞を口にし、所長は帳簿を用意するため案内カウンターへ走って行った。




 レンタル召喚獣。



 この国――魔界の重要な産業である……と言っても一番重要な訳ではないが。

 最重要事業である他世界侵略。二番目に重要な他世界戦争への兵士貸し出し。三番目に重要な兵器売買。四番目に重要な魔界名物ヘルみかんの温室ハウス栽培とお土産販売……等々あり、レンタル召喚獣の重要度は七番目である。

 まあ七番目でも重要なことには変わりない。


 レンタル召喚獣は、我の祖父が考案したらしい。

 太古の昔、レンタルでは無い真の『召喚獣』なるシステムがあった。

 異界の強者と契約した後、有事に召喚し武力行使させる……というシステム。


 ただし召喚獣を呼び出す対価として、術師は膨大すぎる魔力と生命力を奪われる。相当の強者でないと召喚術を唱えることさえ困難であったという。

 膨大な魔力と生命力を持っている者が、己より更に強い異界の魔神を呼び出す――なんてゲームのような状況は中々無く、召喚獣システムはいつしか廃れていった。

 


 そのような歴史を踏まえ、商売上手な祖父が『レンタル召喚獣』という新システムに改良した。

 


「レンタル、ってのがポイントだね」


 と弟(妹)のマートが以前、魔王城の新人研修で講義していた。


「あと腐れの無い一度だけの関係なら、ちょっとの魔力で召喚できる……ちょっとと言っても、場合によっては一人の悪魔が十年間お腹を満たせるくらい、たーくさんな時もあるけど。それでも『真の召喚』よりは遥かに安上がりなんだ。レンタル召喚獣に登録した悪魔達は身を安く切り売りして、異界の魔術師と濃密な一夜を共にし食い扶持(ぶち)を稼いでる……ってワケ♡」


 マートの説明には多少の齟齬(そご)があったような気もするが、おおむねそのような事業である。




 ◇




「おぉぉぉ待たせしましたメシュトロイオン先王陛下!」


 しばらく待った後、所長が戻って来た。

 その手には帳簿らしき紙の束と、分厚い封筒が。


「陛下には特例として初回から、本来ならば経験を積み限定解除された『A級召喚獣』しか受注出来ない案件を担当して頂きました」

「うむ。そうであったな」



 召喚獣はA級からF級までランク付けされている。


 大雑把に言うと、E級召喚獣はF級の100倍強く、D級はE級の100倍強く、C級はD級の100倍……と、だいたい100倍ずつ強くなっている。

 もちろん「だいたい」なので、同じ級の中でもピンキリはある。それに『強さ』の数値化は難しいので誤差もある。


 例えばC級召喚獣はF~C用の仕事しか受注できないルールになっている。

 B以上の仕事をやりたいのならば昇級するしかない。

 なぜこんなルールがあるかと言うと、「召喚術師より強い召喚獣を斡旋するため」だ。

 

 仕事の適正ランクは、唱えた術師の『魔力+生命力』で決まる。

 優れた術師ほど多くの『魔力+生命力』を消費する――つまりは召喚獣への『報酬』を多く払うことになる。

 そのように金払いが良い客に、弱い召喚獣を宛がう訳にはいかぬからな。



 ちなみに、召喚術師が優秀過ぎると『A級召喚獣でも手こずる仕事』となり得る。

 その場合は『特(S)級案件』と呼ばれ、A級の中でも選りすぐりのエリートが斡旋される。


 更にちなみに、術師自身がA級召喚獣レベルの強さで、「コレ召喚術使う必要あるの?」といったメンツ丸潰れな仕事も極々たまに発生する。

 その場合は『超特(SS)級案件』と呼ばれ、エリートの中でも更に選りすぐりの選りすぐり過ぎる超エリートが斡旋される。


 更に更にちなみに、術師がA級召喚獣を遥かに超えた強さで……いや、キリが無いな。


 独り言(せつめい)終わり。



「それで今回の報酬ですが、陛下の口座振り込み手続きがお済みで無いとのことで、現金で用意致しました」

「そうか、世話をかけたな」


 所長が分厚い封筒を我に差し出した。中には紙幣が詰まっている。

 王族である我は、これまで己の手で現金を扱ったことが無い。なので「金の入った封筒を受け取り、中を確認する」というだけでも、中々に新鮮な体験である。


 そうだ、明日にでも口座手続きをしておこうか。

 今まで部下に管理を任せっぱなしであったが、確か郵便局にお菓子用の個人口座が……


「おーおーメシュトロイオン大魔王陛下ァ~。いーや、元!魔王だったかな?」

「うむ?」


 突然我の肩が叩かれた。振り向くと我の五倍は背丈があるムキムキマッスルな悪魔が、ニヤつきながら立っている。

 所長が慌ててムキムキ悪魔の手を払った。


「貴様! 陛下に無礼だぞ。死刑だぞ!」

「ああん殺すぞ? 所長だろうが要はただの役人のオッサンってだけなテメエが、どうやって俺様に死刑判決を出せるってんだよ?」

「うぐ……」

「確かに。裁判官でも無いしな」

「うぅ陛下まで!」


 所長が情けない顔をしている。

 それはともかく、このムキムキ悪魔には見覚えがあるな。何度か面会したはずだ。

 確か、レンタル召喚事業の成績優秀社員(プレイヤー)。A級召喚獣の――――えー……名前を忘れてしまった。


「がっはははっ、魔王が今や俺達と同じ召喚獣とはなあ! ずいぶんと落ちぶれたなァ!」

「うむ。言われてみればなるほど、ずいぶんと落ちぶれたものだ」

「へ、陛下! 納得あそばされている場合ではございません。喧嘩を売られておりますぞ!」

「何! そうだったのか」


 このタイプの喧嘩の売られ方は初体験なので気付かなかった。

 庶民は少々歪曲した表現をするものなのか。

 今までは「魔王め覚悟」やら「貴様を倒す」やら「悪を滅ぼします」やら、直球勝負であったからな。

 そう言えばいつの間にやら、周りの悪魔たちも「おらー殺せ!」などと言って、笑いながら我たちを囲っている。


 だがそれよりも先程からずっと考えておるのだが、このムキムキ悪魔の名前を全く思いだせぬ。

 ええと……


「オッサンの言う通りだ。俺様はケンカを売ってやってんだよ。元魔王を倒せばハクが付くってもんだからな。このA級召喚獣である――」


 おっ、名乗りそう。

 名乗りと同時に殴ろうとしているようだが、まあそれでも良いので、とにかくそのまま名前を言ってくれ。思い出しそうで思いだせないこの感じが、どうにも気持ち悪いのだ。



「――A級召喚獣である、この俺様がなあ!」



 名乗らなかった。なんだコイツ、今のは名乗るタイミングだっただろうが。

 だがもう良い。思い出すのは諦めた。


「さっきから黙ってやがるがビビってんのかコラ! 血縁だけで魔王になったテメエが、現場で鍛え上げられた俺様に勝て」

「分かった。話は明日聞くので今日はもう寝ていろ」

「てぺりゅっ……」


 我は右腕を伸ばし、ひとさし指をピンと立てた。発生した衝撃波がムキムキ悪魔の顎に命中。

 ムキムキは拳を上げたまま白目を剥き、よだれを垂らし、膝を床に付き気絶した。


 ”!?”


 と符号を宙に浮かべコミック的な雰囲気を出しつつ、見物していた悪魔たちがしんと鎮まった。

 そして、


「はーい魔王陛下、じゃなかった、元魔王陛下の勝ち! 陛下に賭けてた人は配当1.02倍だよ」

「やっぱり予想通りかよ~。倍率1.02って、ほとんど賭けになってねえし!」

「クソー。大穴狙いでデカブツに賭けてたけど、やっぱり駄目だったかあ~」


 と、各々喜んだり悔しがったりし始めた。


 あの短い間で、我とムキムキの喧嘩は賭けの対象になっていたようだ。

 さすが魔界の国民達は何でもギャンブルにしてしまう。良き道徳教育制度を設けている結果であるな。


「先王陛下、御無事……ですよね?」


 所長がオロオロしながら我を見ている。


「無事だ。肩に触れられただけだしな」

「ですよねー。後で消毒致しましょう!」


 所長はそう言った後、ムキムキ悪魔の瞼をこじ開け生死を確認した。


「生きていますね。殺してしまわれなかったのですか?」

「国の重要な財源、もとい人材を殺すのは気が進まぬ」


 ムキムキは数少ないA級召喚獣。しかも元魔王の我を倒そうとする程の悪魔的優等生。

 国の役に立つ男だ。こんな所で死なせる訳にはいかない。


「さすが陛下。なんという展望をお持ちなのでしょう!」

「それより金も手に入ったし、我はそろそろここを出る。当面の宿も探さねばならぬしな」


 我は封筒を懐に入れ、斡旋所の出口へ向かって歩き出した。


「御意のままに。さあ、斡旋所の出口までお見送り致します! あとアルコールティッシュで消毒を」

「いらぬ。貴様は自分の仕事に励め」

「ははあ、なんというお心遣い!」


 所長はそのまま土下座でもしそうな勢いで、がばっと頭を下げた。


 さて、やっと解放された。

 とりあえず今宵は近くのホテルに泊まり、オヤツで晩酌を……



『超絶特(SSS)級案件! 超絶特(SSS)級案件! 待機中のA級召喚獣は至急、会議室101番へお越しください。繰り返します――』



 突如、けたたましいサイレンとアナウンスが鳴り響いた。

 我ともあろう者が、急に聞こえた大きな音でビクリとしてしまったではないか。


『――待機中のA級召喚獣は至急、会議室101番へお越しください』


 A級召喚獣か……我はA級のライセンスを持っているわけではないが、A級用の仕事をこなしたのも事実。

 会議室へ行かねばならぬだろうか?


 オヤツの時間を延期するかどうか……我は五分ほど悩み、仕方がないので会議室へと向かった。


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