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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

非公開作品集

海風のシュトラーセ

作者: 東メイト

この作品は『告白フェスタ』に参加された方々に触発されて書き上げました。


『静かな世界観』と『衝撃的な告白』をテーマとして自分なりに精一杯全力で書かせていただきました。


悲しい物語になりますが…最後まで飽きずに読んでもらえると嬉しいです。



ねっとりとまとわりつく海風が私の身体を仄かに暖める


普段であればベタベタと肌に貼り付いて何とも不快極まりない迷惑な風なのだが…


静まり返った深夜の海岸線では何とも心地よい風へと変貌する


静寂に染められている淡い光を放つ月明かりの下…


私は優雅に夜道の散歩を勤しんでいた


時おり耳に聴こえてくる漣の音が子守唄のように私を幻想の世界へと誘っていく…



ざっざぁー・・・ざっざぁー・・・



一定のリズムを刻みながら私に何かを語りかけてくる


私はふと音の響く海岸の方へと視線を向ける


そこには月明かりが微かに反射する漆黒の海が広がっていた


全てを呑み込むブラックホールのような黒い海…


私はそこへ吸い込まれるように浜辺の方へと足を向ける


私が砂浜に降り立つと何とも心地よい感触が足の裏の全体へと広がっていく


さくっ…さくっ…さくっ…


軽快な音を弾ませながら私は暗い闇の中へと進んでいく


私の鳴らす音に合わせるように波の放つ豪快な音が響き渡る


まるで海と会話をしているみたいだった…


私が鳴らす小さな足音…


海が響かせる大きな笑い声…


それを届けているのは私の身体を仄かに暖めている海風だった


私は海風に導かれながら薄暗い浜辺をただただ歩いていた


この辺りは日中であれば騒々しいまでに人の賑わいで犇めき合っているのだけれど…


今はまるで音がしない


この静寂な空間の中で音を鳴らしているのは漆黒に染まっている海と私だけだった…



しばらくの間、暗闇の中を歩いていると次第に眼が暗さに慣れていき、様々な景色が見えるようになってきた


真っ黒に見えていた海の中に微かに映る星の煌めきが私を天へと導いていく…


私の頭上にも綺麗な星の海が広がっていた


燦然と輝きを放つ星々を眺めながら私はあることを思い出す



それは…


年に一度だけ会うことを許されている織姫と彦星の七夕伝説である



私は夏の大三角形を見上げながら彼らのことについて思いを馳せた…



天帝の怒りを買ってしまった織姫と彦星は天の川によって東西に隔てられ


年に一度しか会えないという悲しき物語…


今年の七夕では分厚い雲がそんな二人の貴重な機会を奪っていた


何とも空気が読めない雲だ…



はたして本当にそうなのだろうか?


雲が空気を読んだからこそ二人の愛の語らいを誰にも邪魔されないように遮ったのかもしれない


年に一度しか会えない機会なのだから…


そんな時くらい人の目を気にせずに二人だけでゆっくりと愛を囁かせたかったのかもしれない


言うなれば…


雲が二人を繋ぐ天の架け橋の代わりを果たしていたのかもしれない



そう考えると何とも雲も小粋なことをするものだろう



そんなくだらないことを思い返しながら満天の星空を仰ぎ見ていると…



びっしゃっ!!!


何とも言えない衝撃が足元に駆け巡った



私を現実に引き戻したその正体は…


月の引力に導かれた海水…つまりは波であった



私が星空に思いを馳せている間、いつの間にか潮が満ちて私と海の境目の距離を狭めていた


私は子猫のように戯れ付いてくる波をかわしながら岸の方へと移動した


そして、海岸の上まで辿り着くと再び夜空に輝く琴座のベガを見上げた



今年の彼女は無事に彦星と愛を紡げたのだろうか?


二人で愛の証を求めあったのだろうか?


そんなことを考えていると不意に何とも言えない感情が込み上げてきた


そして、私の目許を溢れる熱い何かを感じた


それは…


一滴の涙だった



私は何故か込み上げてくる涙を堪えることができなかった


そう…私は失恋したのである


大好きだったあの娘に勇気を持って告白したのに…


その思いが受け入れられることはなかった


見事な玉砕だった…



彼女は困惑した表情を浮かべながら静かに口許を開くと

『 ごめんなさい… 』

一言だけ呟いた



私はなぜ自分が彼女に拒絶されたのか、全く理解できなかった



私が愛した存在は笑窪の可愛らしい天使のような女の子だった


彼女のためならば何だって乗り越えていける気がしていた


だが…こんなにも愛して止まなかったのに彼女は私の愛を受け入れてはくれなかった


向日葵が太陽に恋するように…私にとって彼女の存在もまた絶対的だった



それなのに…



それなのに……



私は彼女に拒絶されたのである


太陽を失った衛星は引力を失ってどこまでもどこまでも飛んでいく…


真っ暗に染まった宇宙空間の中を…


今の私もそんな気分だった



何を生き甲斐にしていきれば良いのか


私が生きる目的はどこにあるのかと



一層のこと…このブラックホールのような黒い海の中に身を投じてしまえば楽になれるのかもしれない…



私は海岸の上から漆黒に染まる海を静かに見下ろす



波打ち際を打ち付ける波が手招きをするかのように…


私に向かって飛沫を上げる


その飛沫と私の頬に伝っている涙が混じり合い仄かな熱を奪っていく…



あぁ…私のことを呼んでいる…


私のことを…



次第に私を支える力が弱くなっていく…



私の生きる意志を奪うかのように…



あと少し… あと少し…



私の視線が段々と海岸の波打ち際へと引き寄せられていく…


私が体勢を傾ける毎に増していく重力…


まるで地球から引っ張られているような感覚…


死神が私のすぐ傍まで近づいていた



キリッ!キリッ!キリッ!



静かに人の首を跳ねる鎌を振り上げながら…


断罪するその瞬間を…


ただただ待ち構えていた



私は身体を支えられる限界ぎりぎりまで傾けた


「これで… 」


私が最後の一歩を踏み出そうとした瞬間…



私の脳裏に思い浮かんだのは私を拒絶したはずの彼女の悲しそうな顔だった



「どうして… こんなときに… 」


私は最後の一歩を踏み止まった


彼女の悲しそうな顔が張り付いたまま私の脳裏から離れようとしなかった



彼女の悲しむ顔など一度たりとも見たことなかったはずなのに…



せめて最後は笑顔で見送ってほしかった


けれども私の頭の中の彼女は微笑まない…


どんなに彼女が笑っていた時の記憶を呼び起こしてみても彼女が微笑むことは決してなかった



『…まだ死ねないっ』



ぐっ!


ぐぐっ!



私は急速に身体に力が戻っていくのを感じていた



彼女に悲しい顔をさせたままこの世を去ることはできなかった


私の脳裏に焼き付いている彼女を笑顔にするまではこの世から逃げ出すわけにはいかなかった



私は俯くのを止めると視線を空と海の境界線へと向けた


そして、大きく息を吸い込んだ……



「花村裕子……あなたのことが大好きだあああああっ!」



私は届くことのなかった彼女への思いを…


彼女に拒絶された悲しい記憶とともに


力強い叫び声を上げながら真っ黒な海の中へと放り込んだ



……


…………


…………………… ふぅ



私は気持ちが落ち着くと肩まで伸びた黒髪を海風になびかせた



あんな絶望的に黒く染まって見えていた海はとても美しく


月の輝きと共に星々が燦然と煌めいていた



何とも清々しい気持ちだった


何もかもから解放されたような


背中から羽が生えているような



そんな感覚だった



「 さようなら… 私の恋心… 」



私は過去の思いと決別すると新たな道を求めて歩き始めた



最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。


心から感謝申し上げます。


この作品を読んで感動してもらえたならば幸いです。

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