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片隅の天使  作者: mizuho
番外編
37/38

3年後のきみへ~変わるもの~

……書いてしまいました。。

すっぱり終わりにすると言いながら、どうしてもシイナとリゼが書きたくて書いてしまいました。

シイナとリゼのその後のお話になります。2話構成です。

きゅんが欲しいんだ……!




「で、結局のところ、シイナさんはどう思っているんですか?」


 唐突に放たれた言葉に、口にしていたモーニングコーヒーをごくりと飲み込んだ。

 マグカップをテーブルに置き、広げていた新聞をやけに丁寧にたたみ、シイナは目の前でサラダを貪りながらこちらを見てくるミクラスに視線を向けた。


「──何の話だ?」


 言いながら、本当は何を指しているかなんて分かっている。

 ここ最近、以前にも増して分かりやすくなった、自分に向けられるある感情について。


「案外シイナさんもはっきりしないところがありますよね。あれから何年経つと思います? 三年ですよ、三年。次の春が来たらリゼももう十八になる。この国の成人年齢ですよ」


 最後に残ったトマトをフォークでつつきながら、ミクラスが独り言のようにぶつぶつと呟いている。

 リゼと出会うきっかけとなった孤児失踪事件から三年の月日が流れた。

 出会った当初は十四歳だったリゼも、今はもう十七歳となり、書物館の裏に一本だけあるりんごの花が咲く頃には十八歳になる。

 それはこの国の成人年齢で、社会的にも大人になるということだ。


 あの日から、リゼは天使の力を使っていない。

 だからだろうか、その力ゆえに短命な天使でありながら、リゼは大きく体調を崩すことなく今日まで無事に過ごすことができたのだ。

 それは、その力を管理、研究するアスティの力によるところも大きい。

 月に数度リゼは王宮に出向き、アスティと王宮医達の診察を受ける。

 そこで検査を行い、状態の確認と必要があれば治療を行うのだ。

 今もリゼは昨日からその為に王都へ出掛けている。

 いつもならその日のうちに帰るのだが、今回はリゼの双子の兄であるセラが久しぶりに軍学校から冬休暇で王宮に帰ってくるということで、一泊することになった。

 リゼの専属護衛兵であるシイナはというと、皆が恭しく接してくるあの場所に長くいる事が耐えられず、一旦帰宅して翌日にまたリゼを迎えにいくことにした。このコーヒーを飲み終わったら、ぼちぼち隣街である王都へ向かおうと思っていたのだ。


 思っていたところへ、ミクラスからの唐突なこの話題。


「あいつが大人になるから、だからなんだ」


 シイナの言葉に、ミクラスはうーんと唸り頭をかいた。


「分かっているんですよ、ええ、分かってます。あなた達は恋とか愛とか、そんなもの通り越したもので繋がっているってことは。でも、だけど──」

 ミクラスはフォークに刺したトマトを口に放り込んだ。

「んんー、ふぉれたいとふぉもわないんふぇすか?」


「……食べながら喋るな」


 顔をしかめてミクラスを見れば、口を手で押さえながら「ふみまふぇん」と返ってくる。だから食べながら喋るなと言っている……小さくため息をついた。


「だから、触れたいと、思わないんですか?」


 口の中のものをごくりと飲み込み、ミクラスが今度は聞き取れる言葉でそう言った。


「リリーさんに抱いた気持ちと同じものを、リゼに抱かないのか。僕にはそれが不思議でならない。いや、違うな。

愛しいと想っているのに、あえて手を出さないようにしている──そう、見えます」

「…………」


 核心をつかれた気がして、シイナには返す言葉が見つからなかった。

 じっとこちらを見つめ、返ってくる言葉を待つ柔らかい茶色の瞳から目を逸らした。


「年の差ですか?」

 そんな些細な事ではない。

「リリーさんが忘れられないから?」

 忘れる気もないが、そんな話ではない。

「……リゼの命が短いからですか?」


 何も答えずシイナはソファから立ち上がると、背もたれに無造作に掛けてあったコートを手にした。

 ミクラスが、むくれたような顔をして、ふわふわとしたクセ毛をわしわしとかいた。


「ズルいですよ、シイナさん。それはズルい。分かりますよ、これ以上入れ込んで、いざその時がきたら、またあなたは傷つく。比べるものじゃないけれど、今度はリリーさんの時よりももっとずっと傷つくかもしれない」

 だけど、とミクラスが大きく一息ついた。

「……そんなの、相手が誰でも同じじゃないですか。僕だって、明日突然死ぬかもしれないんだし」

 そう言いながら、ミクラスはテーブルの上の食器を重ねていく。その姿を横目に、シイナは手にしたコートを黙って羽織る。


 わがままを言ってもいいのなら──いつかリゼはそう言った。


『選んでもいいのなら、わがままを言ってもいいのなら、残りは全部あなたのそばがいい。

シイナのそばで生きていきたい』


 そう言ったのだ。

 最初から、シイナが抱えるであろう葛藤を見越していたかのように。

 それでもリゼは選んだ。もしかしたら、シイナが苦しむかもしれない選択を、自身のわがままとして選んだのだ。


「リゼの方がよっぽど覚悟が出来ている」


 嫌みのように、ミクラスが言いながらキッチンへと向かう。

 その姿を見送りながら、静かにため息をつく。


「……行ってくる」


 シイナがそう言うと、キッチンから「いってらっしゃい」とつっけんどんな返しが飛んでくる。怒ってはいても、律儀に返事をするのがミクラスらしいと、苦く笑いながら部屋を出ようとしたところでピタリとシイナの動きが止まる。


 扉を開けた先、少し薄暗い廊下でも綺麗に透きとおって見える青い瞳と目が合った。

 落ち着かない様子で、肩にかけたストールを直しながら、シイナの黒い瞳を見つめ


「あの、ね。セラが送ってくれたの」


かぼそい声でそう言って、リゼが首をかしげる。どこか困った表情のようにも見える。


「──リゼ、お前」

 何事もなかったからよかったものの、なぜ迎えが来るまで待てなかったのか──そう言おうとして言葉をのんだ。


「ごめんなさい」


 それでもシイナが言わんとしたことを理解して、リゼがしゅんとする。


「……無事ならいい。今度はちゃんと待つように」


 リゼが頷くと同時に、背後からパタパタと慌ただしい足音がして、シイナの肩先からミクラスが顔を出す。


「リゼ! なんで? 一人で帰ってきたの?」

「ううん、セラが」

「ああ、セラ君か。でも危ないからもうダメだよ。どこで誰が狙ってるか分からないんだから、外を歩く時はちゃんとシイナさんと! ね」


 騒がしく言葉を紡ぐミクラスに、うんうんとリゼが素直に頷いて答える。


「朝ご飯は? 食べたの?」

 ミクラスの言葉に、一瞬視線を泳がせたあと、リゼは「食べた」と言う。

「あの、だから……下で本を読んでいてもいい?」


 遠慮がちに言われた言葉に、ミクラスの動きが一瞬止まる。


「え……? うん、今日は休館日だから構わないけど、下は寒いよ? ここへ持ってきて読めば?」


 ミクラスの提案に、ふるふると首を振って、リゼが一歩後ろにさがる。


「今日は下で読みたい」


 そう言って微笑むと、クルリと向きを変えてリゼは階下の書物館へと行ってしまった。

 その姿が見えなくなった辺りをぼんやりと眺めながら、ミクラスがポツリと言葉をもらす。


「……これは、聞かれましたかね」

 隣でシイナが大きく息を吐く。

「たぶんな……」


 ふんっという荒い鼻息が聞こえたかと思うと、急にバタバタとミクラスが部屋の奥へと走っていく。

 残されたシイナは、扉を閉めるとコートを脱ごうと襟に手をかけた。


「なにくつろごうとしてるんですか!」


 部屋の中を走り回っていたミクラスが、肩で息をしながらシイナの目の前で立ち止まる。

 その手には膝掛けと、朝の残りのクロワッサンとサラダの入ったかごが握られていた。そしてそれらをシイナの胸にぐいぐいと押しつける。


「朝ご飯を食べたなんて、あれ嘘ですから! 持っていってあげてください。今、下の階の暖房も入れましたから」


 真剣な表情に、シイナがふっと息をもらす。


「なんでお前が必死なんだよ」

 膝掛けと、朝食のかごを受け取り、シイナが目を細める。


「僕は、僕の大事な人達が幸せでいてほしいだけです」


 その答えに、困り顔で軽く笑って、シイナはリゼにするように、それよりは少し乱暴にミクラスの頭を撫でた。


「その言葉、そのまま返す」


 そう言ってシイナは部屋を出た。


「不器用で、世話の焼ける人達ですよ」


 くしゃくしゃになった髪を整えながら、ミクラスが小さく呟いた。

続きます。

お付き合いいただければ幸いです。

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