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片隅の天使  作者: mizuho
第二章
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絶対世界〈4〉

 姉さんからの手紙を読まなくなった頃から、頻繁に俺を訪ねてくる人物が現れるようになった。

 その人物は、ネロトニア国で脳科学の研究をしているジル・エイミスと名乗った。


「何度来られても、俺はあんた達の研究に協力するつもりはない」


 しつこく訪ねてくる男に、何度も言った言葉をまた告げる。


「あんた脳科学者だろう? 俺の専門は遺伝子生物学だ。

 なんの研究をするつもりか知らないが、わざわざ他国の俺に協力を仰ぐ理由はなんだよ」


 胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、ジル・エイミスは椅子の上でゆらゆらと身体を揺らした。

 その仕草が気に食わず、舌打ちをして窓の外へと視線を逸らした。

 研究室の窓の外はどんよりとした厚い雲に覆われていた。


「ボク知ってるよ。君がネロトニア国の生まれだって事。アスティ・ロイス君でしょ?」


 その仕草と同じく、気分が悪くなるような喋り方でジルが言った。


「……だからなんだよ」

 ううんと唸りながらジルが小首を傾げる。

 全然可愛くなくて吐き気がする。

「しょうがないなぁ、君には特別に教えてあげるよ。ボクら、というかボクは天使を作りたいんだ」


 何を言っているんだ、こいつは。


 現実逃避をするように、しばらくその場で目を閉じた。

 目の前の人物が幻で、目を開けたら消えてくれたらいい。それがいい。


 そう思いながら再び目を開けると、目の前に顔があり、反射的に手が出た。

 

「いったぁ。君が筋肉モリモリの人じゃなくてよかったぁ」

 

 頬を押さえながらジルはケラケラと笑った。

 結構強めに殴ったはずだが、まったく効いていないように見える。


「だって、目の前で眼を閉じられたらチューして欲しいのかなって思うでしょ」


 その言葉に、これは本物の変態だと思い、警戒するようにじりじりとドア付近へと移動する。

 いつでも逃げ出せるように。


「君は天使はいるって思う?」


 そんなことは気にも留めず、ジルは普通に話を続けた。

 

「いるわけないだろ」

 

 殴った方の手をさすりながら、この変態は何を言っているんだと思った。


「ボクね、小さな頃に一度死にかけてるんだよ。鉄のパイプが落ちてきて、ここにこうグサッと――」

 そう言いながら、ジルは自身の胸にパイプが刺さる動作をした。

「ね、死ぬしかないでしょ? 肺に穴が開いて苦しかったなぁ」

 全く苦しそうには聞こえない言い方で、ジルは胸をさすった。

「そしたら天使が現れて、ボクを一瞬で治してくれたんだ」


 そんなファンタジー世界のような事が、起こるわけがない。

 この人物がどこまで本気で話しているのか分からない。

 緊張感のないこの男の話し方が、余計にそう思わせるのだろう。


「綺麗だったなぁ……」


 何かを思い出すかのように、遠くを見つめ、そして急にこちらを向いた。

 その顔は、少なくともさっきまでの緊張感のない顔よりは、嘘のない真剣な顔にも見えた。


「ボクはそれが忘れられなくて、彼女を探しながら天使について調べたんだ。

 そして、何年、何十年、あるいは何百年に一人、天使と呼ばれる人間が存在した事が分かった。

 もちろん公に記録されているものではないから、定かではないのだけど。

 彼等はねぇ、人の傷や病気を一瞬で癒す事が出来るんだよ」


 それは、にわかには信じがたい話だった。

 もし本当に存在するとして、その存在を知れば人々が放ってはおかないだろう。

 いくら隠そうとしても、隠しきれるものではないのではないか。


「残念ながら、天使っていうのは短命らしくてね、ボクの出会った天使は亡くなってしまったようだけど、彼女には娘がいてね」

 そこまで聞いてふと思い至り、思わず口を開いた。


「……遺伝か?」


 ジルが指を鳴らして俺を指さした。

 行動がいちいち鬱陶しい。

 けれど、その存在が人々に認知される前に死んでしまうのであれば、その存在を知る者がほとんどいないことも納得がいく。


「いいね。頭のいい子は大好きだよ。

 そう、まだ確認は取れていないのだけど、たぶん娘にも力がある。でも取り逃がしてしまってね、探しているんだ」

「だから俺に声を掛けたのか」

 そう、とジルは頷いた。

「今までの天使も、ボクが出会ったあの人の血筋である可能性が非常に高い。

 遺伝的な要素が大きく関係する力なら、遺伝子学に秀でた君に協力を仰いだ方がいい。でしょ?」


 大きくため息をつき、俺は近くにあった椅子に腰掛けた。

 その話が本当だとしたら、ジルの話は一理ある。

 だがなんのメリットがあって、俺が協力しなければならないのか。

 大体、すぐに信じられる話ではない。


「信じてないねぇ。そしてなんのメリットがあるんだと思っているね」


 その通りだ。


「そうだね、今の時点でこの話は君になんのメリットもない」

「……分かっているなら帰ってくれないか」


 扉を開け、顎で退出を促すと、意外にもジルはあっさりと部屋を出た。


「別にボクは研究さえ出来れば、あの男のことなんてどうでもいいんだ。

 でも、ボクに研究する場を与えてくれる大事な大事なボクの上司は、あの男をとても憎んでいてね。

 彼が大事にしているものを近々壊す計画をしているみたいだよ。そしてそれは君にも関係している……」


「――は?」


 意味深な言葉を残し、ジルはひらひらと手を振り歩き出す。

「近い内に、自らの意思で君はこちらに来ることになるんじゃないかなぁ」

 誰が行くかよと心の中で呟き、扉を閉めた。



 数日後、姉さんが撃たれたという知らせが俺の元に届いた。

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