準備
その日の夜遅くに、シイナは王都から帰ってきた。
部屋に入ると、律儀にリビングのテーブルの上にシイナの分の夕飯が置いてある。
深く息をついて、ソファに深くもたれ掛かると、眼鏡を外して目頭を押さえた。
カチャリとドアが開く音がして振り返ると、ミクラスが自室から顔を覗かせた。
「お帰りなさい。遅かったですね」
ミクラスは静かに部屋から出ると、テーブルの上の皿を手に取り、キッチンへ移動した。
「温め直すので少し待ってください」
「悪いな」
「さっきまで起きて待っていたんですけどね、リゼ」
そうか、とシイナは短く答えた。
「だいぶ疲れてますね、大丈夫ですか?」
温め直した野菜スープをシイナの目の前に置き、ミクラスもシイナの前に腰掛けた。
黄金色のスープがきらきらと光る。立ち上る湯気越しに、少し心配そうにこちらを見るミクラスが見えた。
一口啜ると、よく染み出た野菜の旨味が、疲れた身体に染みわたった。
「うまい」
「それはどうも。リゼも手伝ってくれたんですよ」
「――そうか」
こちらはこちらで進展があったようだと、スープを啜りながらシイナは思った。
「ミクラス」
「はい」
シイナは王都から持ち帰った荷物の中から、布に包まれた何かをミクラスに差し出した。
それを受け取り、布をめくったミクラスが露骨にいやな顔をする。
想像通りの反応。
「……これよりも体術の方が得意なんですよね、僕。
もうこれを手にすることはないと思ってたんだけどなぁ」
「接近戦だけとは限らないんだ、持っておけ」
布の中身は自動拳銃だった。
「もっとも、お前は軍を離れた身だ。無理に俺に付き合わなくてもいいんだが」
シイナの言葉に、ミクラスは子供のように口を尖らせた。
「ここまでついてきた、腹心の部下を舐めないでくださいよ」
銃の状態を確認しながら、ミクラスは言った。
「あなた以外の人の元で動く気はありませんよ、僕は」
外していた眼鏡を掛け直すと、シイナは目を細めた。
「難儀な性格だな」
「どうとでも」
堂々と言い放つ様子を見て、シイナは軽く笑った。
「それで、キナ様はなんて? こんな物を渡すくらいだから、近々動きがあるんですよね」
「ああ、あまり時間をかけては手遅れになる」
シイナはキナから聞いた話をかいつまんで説明する。
「奴ら旧王国派なんですね……。どうりでやり方が汚いと思った。ほんとしつこいな」
シイナの話を聞き、ミクラスは顔をしかめた。
研究施設の事務員として潜入中のシェリアが、内部の見取り図とスケジュールを入手する為に動いている。
旧王国派のメンバーと思われる人物の動きを確認後、同日時に研究施設と製薬会社本社、そしてメンバーの自宅を王国軍が押さえる、という流れだ。
「アスティ達はきっと、施設内でも限られた研究員しか入れない特別棟にいる。俺達は真っ直ぐにそこを目指す」
シイナは荷物の中から自分の分の銃も取り出すと、慣れた手つきで分解し始めた。
その手元を見ながら、ミクラスはぼんやりと考え事をしていた。
部品の整備をしながら、シイナはちらりとミクラスを見た。
「……心配か?」
シイナは何がとも、誰がとも言わなかったが、ミクラスには確実にそれがシェリアの事を指していると分かった。
そしてそれは図星でもある。
ミクラスは大きく息を吐き、背もたれにだらしなくもたれ掛かった。
「それはまあ、シェリアは幼なじみですから心配くらいします」
「別に俺はシェリアが、とは言ってないが」
「……シイナさんのそういうところ嫌いです」
「別に構わない」
カチャリと部品をはめ込んで、シイナは涼しい顔で言った。
「……そういうところも嫌いです」
そうか、と言ってシイナは鼻で笑った。なぜか楽しそうだった。
不機嫌そうな顔をしたミクラスが見守る中、淡々とシイナは銃の整備を続けた。