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そうして朝食と身支度の後。私は朝一番の定期船に乗り、一路“白の星”環紗へと向かった。
(ここに何があるんだろう……それに、杏小母さんのあの態度……)
まるで今生の別れのような、酷く悲しい瞳を思い出す。
(蔦達にこれ以上壁を壊さないでって頼んだから、当分は一人でも大丈夫だろうけど……あぁ、駄目駄目!今眠ったら乗り過ごしちゃうわ)
そうやって不安と睡魔に苛まれる間に無事到着。船を降り、メモの案内通り路地を進む事十五分。少しだけ迷いつつも、どうにか目的の環紗映画館へ到着した。しかし、
「?あれ、閉まっている……?」
正面入口の張り紙には本日臨時休業とある。隣のチケット売り場もシャッターが下りており、無人の周囲は静まり返っていた。
(おかしいわ。近くにもう一軒別の映画館があるのかしら?でも、名前は合っているし……)
頭上の看板とメモを交互に見返し、首を捻る。まさかと思うけど杏小母さん、日付を間違えた?そもそも、ここで待っているのって、
「―――おい」「きゃっ!!?」突然声を掛けられ、危うく心臓が止まりかけた。
すぐ後ろに立っていたのは頭を丸刈りにし、野球ユニフォームを着た同年代の男子だった。胸の所に刺繍で小さく環紗高校とある。どうやら地元の高校生のようだ。
「お前もあのチョビ髭に呼び出されて来たクチか?」
「え、チョビ髭?いえ、私は……」
初対面の人に杏小母さんの事を言ってもいいのだろうか。煮え切らない返事に、まぁいい、野球少年は鼻を鳴らした。
「取り敢えず中に入るぞ。お前はともかく、俺は何時また襲われるか分からん状況だからな」
吐き捨てるように告げて周囲を警戒し、さっさとステップを上がる彼。仕方なく私も後に続いた。
「駄目よ。今日はお休みだって、あ!?」ギギィッ……。「開いたぞ」
屋内に滑り込んだ拍子に、腐葉土とは違う土の匂いが鼻を突く。遅ればせながら観察すると、白いユニフォームはあちこち泥で汚れていた。まるで先程まで試合をしていたかのように。
「何してんだ。早く閉めろ」
「あ、ごめんなさい」
口調こそ乱暴だが、不思議と対人恐怖は起こらなかった。寧ろ、ある種の懐かしさすら感じる。
(私、確かに彼と会った事があるわ。しかもあの別荘で)
「……あの、あなたも『ホーム』の関係者ですよね?」
「は?何だそいつは。俺はただここに来れば彼女の事が分かるって、あのチョビ髭に唆されただけだ」
彼女、きっとあの天真爛漫な姫君に違いないわ。どうやら私と違い、彼はまだ彼女の存在しか思い出せていないようだ。封印の力が強いせい?いえ、
(私が記憶を取り戻せたのは、単に杏小母さんのお陰だわ。あの人が桜と呼び続けてくれたから、こうして力も取り戻せた……だけど)
彼女は一体何者なの?昨日からの意味深な発言といい、ますます謎は深まるばかりだった。