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「改めて見ても酷いわね……」

 作業用のつなぎに着替えた私達は、まずその繁茂振りと範囲を視察した。所々罅の入った外壁に、ようやく総責任者も事の重大さに気付いたようだ。澄んだエメラルドの義眼を思案の色で染め、ううむと唸る。

「こいつは想定以上だな。樹木は無害だから後回しでいいが、問題は蔦の方だな。まさか壁の亀裂に食い込んで広げているとは。つくづく植物の生命力とは恐ろしい物だ」

 それは数年来、彼女を手伝っている私も重々承知していた。相変わらず声こそ聞こえないものの、彼等は皆強くて健気だ。毎年時期が来ればカレンダーも見ずに芽吹き、綺麗な花を咲かせ、静かに散って枯れていく。その清々しい潔さが愛おしいと思えるようになったのは、もう随分前からだった。

「良し。では蔦の処理は私がしよう。桜は下の雑草を頼む」

「了解」

 バチン、バチンッ!ザッザッザッ……互いに背を向け、黙々と作業に没頭。そうしてひたすら手を動かす内、私は極自然に今朝の気拙い出来事を忘れていた。

「ハーブのついでに、新しい樹か花の苗も買いましょうよ。西側の空いた一角、そろそろ何か植えないと落ち着かないもの」

「ああ、あそこか。そう言えば私がここを買い取って最初の仕事は、確かあの場所に植わった枯れ木の除去だったな」

「え、何それ?私知らないわよ」

「お前をアシスタントに誘う以前の話さ。流石に子供の手には余る大仕事だったからな。重機を借りてきても数人掛かりだった」

 上機嫌で鼻を鳴らす。

「八つ時にでも早速カタログを引っ張り出してこよう。もうお前はうちの立派な職員だからな。予算と生育環境の範囲内でなら許可しよう」

 調子良い事言って、単に自分で選ぶのが面倒なだけのくせに。心の中でそう苦笑しつつ、右手は休まずに鎌を動かす。それにしてもほぼ週七日一緒なのに私達、よく話題が尽きないわね。しかも二人揃って口下手なのに。

「ふぅ」

「おや、もう正午だな。一旦片付けておいて、テラスで昼食にしよう」

 中断の指示に、早速用意していたビニール袋へ刈った草や蔦を詰める。すると大漁も大漁、何と合計五袋にもなった。が、出入口整備の道程はまだまだ遠い。蔦は園の約半周を覆っているし、雑草も最初の目測以上に蔓延っている。未着手の樹木の剪定も含めれば小母さんの言う通り、到底一日では不可能な作業量だった。

 ロビーを潜り抜けながらパタパタ、脱いだ麦藁帽子で顔を扇ぐ園長。私も首に掛けたタオルで額と首を拭う。幾ら夏にしては過ごし易い日とは言え、矢張り暑い物は暑かった。

「久し振りの重労働だな。桜が頑張ってくれた事だし、今日は出前でも取るか。丁度今朝、オープンしたてのうどん屋のチラシが入っていたんだ」

「やった!じゃあ私きつねうどんね」

「了解だ。注文してくるから、お前は先にテラスで休憩していなさい」

「うん」

 素直に頷き、一旦居住区へ。冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出し、二つのコップと共に一足早く温室へと向かった。


「あ、いらっしゃいませ」


 テラス席の設えられた中央広場。そこにはランチタイムには珍しく、一人のお客さんがいた。落ち着いた赤のチャイナドレスを着た、推定年齢二十代後半の女性だ。履物も衣装に合わせ、黒地に花をあしらった刺繍靴。手入れの行き届いた、腰まで伸びる艶やかな黒い長髪。全体的な雰囲気と相俟って、吃驚する位綺麗な人だった。

 幾らやる気ゼロの植物園とは言え、流石に見学者を前に休憩する訳にもいかない。ペットボトルとコップをテーブルへ置き、彼女に向き直った。

「あの、初めてお越しの方ですよね。宜しければ展示物の御説明をしましょうか?」

 ここの手伝いをするようになって以来、若干だが生来の対人恐怖も落ち着いてきた。サービス精神皆無の経営者に代わり、時々こうして案内役を務められる程度には。

「?そなたのような童が従業員かえ?」

 女性は私をまじまじと見つめ、不思議そうに首を傾げる。

「あ、はい。少し事情があって、今はこちらで厄介になっています」

 拙い説明に、そうか、納得しつつ白魚の如き指で数メートル奥を示す。

「では娘よ。あの植物は何と言うのじゃ?」

 随分特徴的な言葉遣いの人だな。そう思いつつ右手を額に当て、そちらへ目を眇める。 

「ええっと、どれの事ですか?」

「その緑色の、真っ直ぐ立った葉の長い奴じゃ」

「ああ。真竹ですね」

 毎年タダで筍が食べられると、園長が気紛れに植えた一本だ。勿論初夏の現在はただただ葉を茂らせ、天井目掛け伸びる一方だが。

「マダケ、か。成程。流石勤めているだけの事はあるの。礼を言うぞ」

「い、いえ。他にも色々展示してありますから、良ければごゆっくり見学して行って下さいね」

 感謝の言葉に、条件反射で頬が火照る。もう今年で十七歳なんだし、いい加減これ位は慣れなきゃ。

(杏小母さん、そろそろ戻って来る頃かしら?)

 コップに麦茶を注ぎながら、ロビーへ続く半開きのドアに視線を向ける。丁度お昼時だし、中々電話が繋がらないのかもしれない。

 異変が起こったのは冷たい液体を一口含みながら、腰掛けるために手前の椅子を引こうとした時だった。




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