4
そんな運命的な出会いから月日は流れ、数年後。
「学校にも行かないで、毎日御苦労な事ね」「………」
中学時代の手伝いが発覚して以来、私と養母の間の亀裂は年々深さを増していく一方だ。
ガンッ!テーブルを拳で叩き、開いた掌で側頭部を押さえる。いつもの「私は悩んでいます」のポーズだ。以前はまだ多少の罪悪感があったが、最早ウンザリ感しか覚えなかった。
「家庭教師だって高いのよ?なのにあなたときたら暢気に土弄りばかり」
「ならもう雇わなくて結構です。子供じゃないんです、勉強位一人で出来ます」
実際マンツーマン指導だと例の対人恐怖が発動し、実力の半分も解けない。今の所理解出来ない所も無いし、ハッキリ言ってお金の無駄遣いだ。
生意気極まりない養女の反論に、だが保護者は寸での所で怒声を飲み込む。叱ればいいのに。どうせ聞かないけれど。
「ごめんなさい、ララ。でも私、本当にあなたが心配なの。あんな得体の知れない女の所へ通って、もし万が一の事があったら」
「出掛けてきます!夕食は要りませんから!!」
半ば叫ぶように告げ、乱暴に玄関ドアを開けた。
「ララ!?お願い、待っ」バタンッ!!
足早に自宅の一戸建てを離れつつ、脳裏に浮かぶのは三年前のある深夜。薄暗いダイニングでワイン瓶を抱え、酔い潰れた養母の背中だ。
―――私は児童心理の専門家なのよ?なのにあの女、一体何様のつもりなの……!?
杏小母さんが養母をどうやって説得、もとい脅迫したかは未だ不明だ。だが通い自体を邪魔してこない所を見るに、相当効果覿面な台詞を言ったに違いない。とは言え養母が嘘吐きで、一欠片の心配もしていないとも思えない。だが信頼以前に、どうしても欺瞞が鼻を突いてしまうのだから仕方ない。
(あの人、どうして私なんかを引き取ったんだろう……?)
私には十歳頃までの記憶が無い。何度か思い出そうと試みたが、その度に酷い頭痛を覚えて断念した。おまけに養母からその時大層怒られ、そのせいもあってここ最近は思考を向ける事すらしていなかった。
(もしあの別荘の夢が、私の失われた記憶なら……何が何でも取り戻したいわ)
でも、一体どうすればいいの?