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「―――あら。どう言う風の吹き回し、杏伯母さん?こちらに出て来るなんて珍しい」
政府館一階、職員用シャワー室。正面の鏡に映る亡霊へ、普段は専ら夢路でしか顔を出さない彼女へ、私は皮肉気に指摘した。
「偶にはいいだろう、どうせ周りには誰もいないしな。―――気落ちしているのか?」
「まさか。ジョシュアに先を越された位で、今更ショックなんて受けないわ。バントレー一味には、過去に一度チャレンジしたもの。尤も『誰かさん』が余計な気を利かせて警報を鳴らさなければ、一人や二人は始末出来ていたかもしれないけれど」
裸の胸元に輝く深緑色の硝子球、伯母の義眼が嵌め込まれたペンダントに唇を寄せ、悪戯っぽく呟く。
「にしても杜撰な管理とは言え、刑務所の鍵なんてよく持ち出せたわね。一体どうやったの?」
「何、清掃員のアルバイトに応募して潜入しただけさ。何処で情報を集めるにしても、あの格好が一番目立たないからな」
クスッ。
「まぁ、まだまだピッチピチギャルの桜には早い方法だな」
「何それ。年寄り臭い言い方」
キュッキュッ。蛇口を閉め、シャワーヘッドを元の位置へ掛ける。
「全く、尋問中にシャワーを浴びさせてくれるなんて、つくづく変な後輩ね」
濡れた髪を軽く絞り、脱衣所へ。籠の中から自前のボディスーツは消え、代わりに真新しいトレーナーとジーパンが入っていた。しかも御丁寧にも、包装されたままの下着とセット。これを着ろ、と言う事らしい。本当に変わった捜査官だ。
とは言え、着替える以外選択肢は無い。ところが袖を通してみると、明らかにトレーナーのサイズが一回り大きい。襟元がブカブカなお陰で、普段は隠しているペンダントが丸見えだ。
着用し終えた所で、籠の底に一枚のメモを発見。やれやれ、次の指示ね。素直に目を通す。
「何々……『少し外出して来るから、悪いけど自力で地下室まで戻ってね。鍵は開けておいたから』……嘘でしょ?」
犯罪者を自由の身にした上、今度は自分で尋問部屋へ帰ってくれ、ですって?この一文だけでも、発覚すれば始末書が何枚あっても足りない。下手すれば懲戒免職物の不祥事だ。
「……もう、仕方ないわね」
この脱衣所からなら、建物の外の植物達へ充分声が届く。彼等に救助を求め、脱出する事は至極簡単だ。しかし聖族政府の実質の長、エルシェンカを始末出来ていない現状、尻尾を巻いて逃げる選択肢など無い。ついでに言うなら、見透かされた私の気分も良くなかった。
うろ覚えの記憶を頼りに脱衣所を出、一階の廊下へ。夜八時と言う事もあってか、行き交う政府員は疎らだ。窓の外は暗くて見えない。が、樹々の囁きに耳を傾ければ、私の逃亡防止と更なるテロに備え、数人配備されていると知れた。
二、三度迷いつつも、無事見慣れた地下階段を発見。やたらと長いそれを下り、拘束具が絡まったままの己の座席へ腰掛けた。特にする事も無いので、肩に掛けたハンドタオルでのんびり髪を拭いていると、ドタドタドタッ!階段を駆け降りて来る靴音が聞こえてきた。




