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「―――そろそろ出来た、アンダースンさん?」「!?あ……は、はい、一応」


 いきなりの保健医の声掛けに動揺しつつ、どうにかそう答える。

 今年で三十歳だと言う彼女は手渡された数学プリントを手に、奥の自身のデスクへと引き返す。シャッ、シャッ……パタン、クルッ。ものの二分で採点を終え、椅子をこちらへ向け回転させた。

「凄い、また全問正解。やっぱり賢いわ、あなた」

「そんな、私なんて……」

 御世辞と分かっていても恥ずかしい。素早く帰れるよう、机の横に掛けてある鞄を膝の上へ乗せる。

「先生、アンダースンさんは充分授業に付いて行けると思うの。どう?来週からは教室へ」

「………」

 拒絶の沈黙に落ちる、恒例の溜息。懲りもせず上辺だけの勇気付けなんて、本当止めて欲しい。私が対人恐怖症だって事、お母さんから説明されているくせに。

「あの。今日の課題も終わったですし、帰ってもいいですよね?」ガタガタッ、ぺこり。「さようなら、先生」

 努めて素っ気無い挨拶で保健室を辞す。そして下校前の同級生達と会わないよう、足早に裏口へと向かう。

(もう厭……どうして私、こんな惨めな性格に生まれちゃったんだろう……?)

 立派な夢療法士で児童カウンセラーの養母、アルテミス・アンダースン。彼女は毎日毎日、大勢の人達と接しても平気な顔をしているのに。

(……もしあの夢が現実だったら、こんなに苦しまなくても済むのに……)

 庭一面に色とりどりの花壇が広がった、丘陵地に建つ白の別荘。そこに住む私は他人に対する緊張など皆無で、毎日素敵な家族達と暮らしているのだ。


―――……ちゃん!ねえねえ、今日は何して遊ぶ?


 とりわけ大好きなのが、いつも一緒にいる同い年位の女の子。天真爛漫で可愛らしい彼女は、皆からお姫様のように慕われている。やや男勝りな性格で、率先して危なっかしい遊びをやりたがるのが玉に瑕だけど。だから夢の中の私は、いつも彼女の準保護者として接している。


―――ふふ。外は土砂降りなのに、―――はお日様みたいに元気一杯ね。

―――そうかな?あ、そうだ!折角だから前に言ってたチェスのトーナメント戦やろうよ!私、早速皆に声掛けて来るね!!

―――はいはい。じゃあ全員揃うまでの間、私は組み合わせを決めるくじを作っておくわね。対戦表も書いて、チェス盤と駒も用意しないと。


 そうやって準備した後流れる、温かい紅茶とスコーン片手の優しき雨の一日。リアルなその夢を回想していると、現実の辛さが少しだけ和らぐ気がした。


―――チェックメイ、

―――わー、待った待った!

―――もう五回目よ、だーめ。


 初戦からチェス盤を前にうんうん唸るプリンセスと、苦笑しつつ止めのナイトを掴む私。周囲では出番待ちの家族達がニヤニヤと観戦して、


―――おいおい、相変わらず往生際が悪いぞ。―――、いいからやっちまえ。

―――そうそう。負け犬は潔く下がった下がった。

―――ちょっと外野黙ってて!?うー……。


 あの別荘の夢の件は母にも教えていない。唯一の心の拠り所である秘密を打ち明けて、一層心配を掛けたくなかったから。それに……彼女は優しいけれど、親子愛と呼ぶには何処か冷たいのだ。監視されている、時折そう思ってしまう程。

(どうして朝が来る度起きてしまうの?ずっと眠ったままの方が幸せなのに……)

 永遠に夢から覚めない方法が欲しい。それすら叶わないなら、いっそ―――。 




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