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盾持ちのアルミラージ  作者: 七男
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プロローグ

初めまして、七男です。

初めての作品投稿になります。

つたない文章で読みにくい箇所もあるかと存じますが、長期で連載していく予定なので

お付き合い頂けると幸いです。


この話は、私の趣味が前面に押し出されています。

小さな少女が、自身より遥かに強大な相手に対し、奮闘する話が書きたいと思ったのが事の発端です。

主人公であるキャリーが、戦場を通して仲間達との絆を深めたり、悲しい現実に直面したり、色々な経験を通して成長していく過程を書ければと思っています。


宜しくお願い致します。


 盾持ちの役目は1つだ。

 味方に降りかかるあらゆる狂気から守りぬくこと。

 ひたすら敵の注意力を此方にむけさせ、対峙する。

 大抵は屈強な男が、自分の身の丈程ある大きな盾を持ち、ドラゴンやオーク、

大勢の敵兵の前で奮闘する姿を思い描くだろう。

 

 ――だが、彼女には屈強な肉体も、身長もない。

 

 人間で例えるならば、12,3才の子供と大差ない身長。

 種族柄、足にはバネの力が備わっていそうではあるが、その見た目以上の力が

あるとは到底思えない。

 自身の背丈と大差がほとんどない盾……成人男性が持てばそれほど大きさを感

じさせない程度の物だが、それを支えるだけでも辛いのでは?と気遣いたくなる

容姿だ。

 頭部にピョンと生えた2本の長い耳の動きを見て取るに、小刻みにピクピクと

動き、相手の一挙一動を聞き逃さまいと緊張しているのが解る。

 戦闘を通し乱れてはいるが、太陽の光に反射してキラキラと光るアッシュブロ

ンドの長髪をなびかせながら、軽快な足捌きで対峙する相手に張り付く。

 相手の大男から繰り出されるメイスの強襲に、寸でのところで交わしつつ距離

を保ち続けるが、何度か相手の攻撃が彼女の身に着けている灰色にくすんだ布切

れを捉え破ける度に、辺りを取り囲んでいる観客から悲鳴が上がる。

 大男の動きが決して遅いわけでない。

 2メートルを超える巨体からは想像もつかないスピードと破壊力を持って、目

の前の蟻同然である彼女にメイスを振るうが、中々決定打を作ることができず焦

ったのか、少々大振りな横殴りの一撃を見舞おうとメイスを振りぬく。

 彼女は咄嗟に体を反転させ、背負っている盾でそのメイスを受けると、盾のな

めらかな曲線を利用し、体の重心を下げる。

 普通であれば、盾で受けようともその体格差と威力の前に、彼女は闘技場の端

まで吹き飛ばされていてもおかしくないのだが、相手の威力を利用しうまく流し

た彼女は、そのまま体制を低く保ちつつ加速した。

 完全に相手の懐に入り込んだ時、後ろに担いでいる盾と自身を繋いでいる金具

の一部に手をかける。

 すると、背負っていた盾が時計の針を早送りするように180度回転し、本来

盾の下に位置している鋭利な部分が、回転させたことにより彼女の頭上部分に到

着する。

 身を低くし、前傾姿勢で突進するその姿は、盾の先端を角に見立てたアルミラ

―ジを連想させた。

 慌てて大男が横に回避を試みようとするがもう遅い。

 体を金属が食い込む――それと同時に瞬時に先ほど触れた金具部分に手を回し、

盾が再び回転を始めると、肉を切り裂く鈍い音が闘技場に響いた。


 「あぐ……あぁ」


 言葉にならない悲鳴を上げ、大男が片膝を地面につけ崩れる。


 「うおおおおおぉぉぉぉ!!」


 固唾を飲んで見守っていた観客達から一斉に歓声が上がった。

 試合に決着がついたことに気が付くと、彼女はゆっくりと視線を上げる。

 相手の返り血を浴びたその表情は恐怖と緊張で強張っていたが、自身に命が宿

っているのを確認するように、胸に手を当て体温と心臓の音を確認した時、漸く

彼女の顔に安堵の表情が零れた。

 周りを取り囲む観客席へ丁寧にお辞儀を返し、自身の勝利を祝ってくれている

声援に手を振って答えた後、彼女はくいっと綺麗に体を反転させ、元来た入場口

へと姿を消した。



 ――彼女が客の目の届かぬ控室まで到着すると、次の試合を行うのであろう男

がパチパチとやる気のない拍手をしながら出迎える。

 脂っこくなった黒髪が肌に張り付いているが、不潔感は不思議となく、むしろ

小奇麗に身なりを整えてしまうと貫禄がなくなってしまうのではないか?と思え

るほど、暗くじめじめした場所が似合う男だ。

 彼女から見ても、首が痛くなるほど見上げる必要のない程度のその男が話しか

けてくる。


「てっきり今日でお前の面を拝む日は最後だと思ったんだがな……

 お前のしけた面をみるのはこりごりだぜ」


 嫌味で男が言っているわけではないのだと、彼女は知っている。

 ここで試合を行う者達は戦であぶれた敗残兵か、将又、貴族に売られた奴隷、

行き場をなくした社会的立場の低い弱者がほとんどを占めている。

 彼女の容姿を見れば、貴族達のペット、もしくは戦場で兵達の性的欲求を満た

す為に使用されるこの世界で最も立場の弱い種族だと解るはずだ。

 それでもこの男が彼女にそういった差別的な態度をとらず、同じ不幸な生い立

ちの仲間と認識してくれるのは、半年間同じ場所で生死のやりとりを繰り返した

戦友のような感情が芽生えているからかもしれない。

 単純に、この闘技場に連れてこられた時点で種族関係なく、同じ穴の狢だと思

っているだけかもしれないが……。大差はない。


 「明日は笑顔を見せてあげる。だから生きて帰ってね……アビー」


 しけた面のまま彼女は言葉を返すと、アビーと呼ばれた男はニヤっと口角をあ

げ、闘技場への道を歩き出しながら彼女に答える。


「俺はあと2連勝すれば念願の10連勝に到達する。自由になる権利を得られる

 んだから、今日の試合で負けるわけにはいかねぇんだよ」


 来ている服はつぎはぎだらけでみすぼらしい……しかし大きな背中をした彼

の後ろ姿が、闘技場広場まで続く入口、もしくはそこで命を落とすのだから出口

かもしれないが……外から入る光で姿が見えなくなるまで彼女は目線だけで見送

りをしたのであった。


 見送りを終えた後、彼女はそのまま建物のさらに奥へと続く通路を歩いていく。

 薄暗く、かび臭い洞窟のようなその通路は、足の裏にヌメっとした不快な感触

を伝えてくるが、彼女はそんな些細な事を気にしていられるほどの感覚は既に失

っている。

 暫く歩くと、開けた場所へ出る。雑草や苔が生い茂り、四方が高く粗削り

された、石壁で覆われたその場所の中央に位置する井戸へ真っすぐ歩を進めると、

戦いで汚れた体を綺麗にする為、井戸から水を汲み頭から被る。

 先程から幾度となく会場から聞こえてくる声援を察するに、アビーはいつもの

ように観客を楽しませる戦い方をしているみたいだ。

 自身が殺されない為に必死なのだから、そんな余裕のある戦いなど本来は到底

できないはずだが、アビーは違う。

 どちらかが死ぬまでやりあうという残酷なルールではなく、一撃を先に与えた

時点で勝敗がつくものではあるが、その一撃の重さによっては命を落とす事も珍

しくない。

 そんな状況で、観客を満足させる戦い方、勝ち方に拘って試合運びができるの

は、数えきれない程の死線を潜り抜けてきた者だけだろう。

 一撃さえ与えれば勝敗がつくのだから、本来であればどんな形でも早く決着を

つけ、戦いを終わらせたいという気持ちが攻撃にも自然と現れる。先程、彼女が

相手にした大男の大ぶりな横振り攻撃のように。

 アビーは相手のそういった心情を読むのが上手い。

 彼曰く、わざと隙を見せて何度か間一髪の手に汗握る攻防戦を演じた後、相手

が攻めてくるポイントを作り出すのだそうだ。

 そこに飛び込んできた相手の攻撃を華麗に躱し、一撃を与えて終わらせる。

 以前、アビーが得意げに彼女に説明をしていた時の事を思い出しながら、遠く

から聞こえる歓声を拾い、今まさに繰り広げられているであろうアビーと相手の戦

いを想像してみる。

 今日の試合を勝てば、彼は後1回の戦いでこの牢獄から抜け出せたはずだ。

 勝ち方などに拘らず、手堅く勝利を挙げる事のみに集中してほしい……。

 相手の一撃に沈む瞬間が頭を過ったところで、彼女は桶を乱暴に取り、頭から

冷たい水を被せると、汚れと一緒にその想像も洗い流し、思考をアビーの事から

自身の今後に切り替える。

 

「自由か……。」


 独り言を呟き、現在の状況を整理する。

 今日の勝ちで6連勝目。後4連勝勝すれば、アビー同様、私も自由の身だ。

 人攫いに村を襲撃され、帰る所もない。何処に連れ去られたのかも判らない家

族や村の人達を探すあてのない旅に出るにも、手がかりもなく身よりもない私は

何から始めればいいのだろう……。

 ふと、あの人の顔が頭を過る。

 村を失い、ただ泣く事しかできなかった私に手を差し伸べてくれた人の事を…

…。

 もうこの世に居ないが、今でも鮮明に思い出せる。

 頭を撫でてくれる優しい掌の感触も、夜中々寝付けないでいた私の為に歌って

くれた下手くそな子守歌も、剣に体を貫かれて冷たくなっていく体温も。


 ――闘技場広場から一際大きな歓声が、水汲み場へも届いてくる。

 ハッと我に返り、その歓声の中からお目当ての声を聴き分けるべく、両耳に神

経を集中させる。

 微かではあるが、アビーの勝利の雄たけびを聞いたような気がした。

 笑顔の練習をしないとな……。

 最後に頭から水を被り、フルフルと小刻みに体を振動させ水を弾くと、自室に

戻るべく、暗い地下の階段目指し歩を進めたのであった。

 

 アビーと再会したのは、闘技場へ見送りをしてから1週間程月日が流れた頃で

あった。

 午前中の労働が終わり、与えられた少ない食料をすぐに口に放り込むと、監視

の目を盗んで厨房に侵入する為、薄暗い通路を進む。

近くに人気がないか、慎重に周囲を確認しながら進んでいると、何の前触れもな

く角からぬっと人影が現れた為、私は驚いて尻もちをついてしまった。

 顔を視認されぬよう、俯いていると


「ようアルミラージ。ご機嫌如何かな?」


 頭上から聞き覚えのある声が下りてくる。

 顔を上げ声の主を確認すると、そこにはアビーがパンを片手に立っていた。


「キャリー……」


 私は自分の名前を訂正すると、不機嫌そうに両頬を膨らませて見せる。


「生きているなら、姿くらい見せてくれてもよかったはずだ……」


「お前が水汲み場や、担当外の作業場へ足を運んでキョロキョロ誰かさんを探し

 ている姿が滑稽でな」


「まぁそう怒るなよ」と茶化しつつ、アビーは腕を伸ばし、私の手を取り起こし

てくれる。


「折角美味いパンを取ってきたんだ。こんなジメジメした所じゃなくて、中庭で

 さぼりながら続きをしないか?」


 その提案に乗り、私とアビーは慣れた足取りで道を進んでいく。

 この闘技場には、建物自体の老朽化により、意図しない形で抜け道ができる事

がある。

 そんなたまたま出来た抜け道を私とアビーは発見して以来、今回のように秘密

の談笑を行う際は、壁に空いた小さい穴をなんとか潜り抜けた先にある中庭で過

ごす事にしているのだ。

 恐らく、正規の入り口は崩壊しているのだろう。

 壁の損傷も激しく、朽ち果てた大きな大木が横たわっており、人の手が加えら

れた痕跡は微塵も感じない。

 食べて良いのか判別のつかない茸や、壁を伝って伸びているつるで覆われたこ

の小さな世界は、キャリー達が到着した事を歓迎してくれるかのように、外から

抜けてくる隙間風に反応して微かに揺れていた。

 2人はいつもの大木の横の定位置まで移動すると、大木に寄りかかるような形

でその場に座り込み、話の続きを再開した。

 アビーが盗んできたパンを契ると、少し大きい方を私に向けて乱暴に投げて渡

してくる。


「バレたら罰を受けるぞ……あと1回で抜け出せるのに」


「なぁーに!今、お前はそのパンを食べちまったんだから、俺と共犯じゃねー

 か?さらに言えば、バレたときはお前に罪を擦り付けるさ」


 無意識のうちに口にパンを運んでいたことに、指摘されてから気が付く。

 恥ずかしさから顔に熱を帯びていくのが解る。

 今の私はたいそう滑稽な顔をしているんだろうな……。

 彼女が1人で恥ずかしがっていると、アビーがフっと笑いをこぼす。


「しけた面ばかりしてると思ってたが、年相応の可愛い面もできるんじゃねーか」


 「前に約束した笑顔の代わりとして受け取っておくぜ」とでも言いたいのか、

両手で被写体を囲うような仕草をしてくる。

 こんなアビーとの何気ないやりとりが私が好きだ。

 たが彼は次の試合で恐らくこの闘技場から居なくなるだろう。

 彼が自由の身になるのは凄く喜ばしいことだ。しかし、自分勝手な想いをこぼ

していいのなら、居なくなってほしくない……。


「俺の10戦目はだいぶ先になりそうだ……まぁ、闘技場の人気者である俺がい

 なくなっちまったら、管理者も稼ぎが減るって思ってるんだろうよ。」


 私の心情を察したのか、彼は言葉を繋げてくる。

 アビーが居なくなるのは寂しい。

 人攫いにここまで連れてこられたときは、怒りと悲しみ、そして不安しかなか

った私に、アビーは奇策に話しかけてくれる唯一の人物だった。

 監視達は商品でもある私に対して欲望をぶつけることが禁止されている為、我

慢をできる範囲の辱めで済んではいたが、同様に商品として連れてこられていた

他の男達はあきらかに違った。

 下等な生物。端から対等に見る気は毛頭ないという態度で接してくるのが当た

り前の中で、アビーだけは差別をすることなく、私と対等に接してくれる。

 今も、盗んできたパンを、なんだかんだと理由をつけて私に多めに分けてくれ

る。

 私が何ともいえない表情でアビーを眺めていると、彼はいつもの口角だけあげ

る独特な笑みを浮かべて話題をそらす。


「そういうお前は、6連勝中だっけか?お前が強いことは知ってるが、気を抜く

 んじゃねーぞ。」


「わかってる……」


「お前が死んじまったら俺だって悲しいぜ?外に出たときに茶する奴がいなくな

 っちまうしなぁ」


「私は薬草茶しか飲めない……」


「かぁ……これだから草食系ってやつは……」


 他愛無い会話をしながら、一時の安らぎの時間を2人で過ごした。

 そこには奴隷の戦士ではなく、年相応の中年と、年相応の少女の笑顔と微かな

笑い声が聞こえてくるのみであった。

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