勇者は人間か、魔物か
拙い文章ですがよろしくお願いします
「俺に歯向かったことを後悔するがいい」
ガルフは自分が出来る最大の殺気を放っていた。
殺気とは、ほとんど魔力とイコールの関係だ。そして魔力の大きさは強さと比例する。つまり殺気が凄まじければ魔力は大きく強い。殺気が大したことなければ魔力が少なく弱いという感じだ。
そして俺の前に立つ男、ガルフはなかなかの殺気を放っていた。が、所詮なかなかだ。俺にとっては塵のような歯牙にかけない殺気だ。
それでもガルフは自分の方が強いと勘違いしているようだ。あまりに滑稽すぎて噴き出しそうになる。
「火の精霊よ、主に従い猛炎の槍で貫け。『火炎槍《ファイヤースピア》』」
ガルフが高らかにそう唱えるとメラメラと燃える炎を纏った5本の槍が出現する。
詠唱か……。
魔法を放つには本来、詠唱という、簡単に言うと呪文のようなものを唱えなければならない。それによって体内の魔力を呼び起こしたり、大気にある魔に干渉したりするのだ。
しかしその手順を一切無視したもの、無詠唱というものがある。かなりの技術と才能、そして経験が必要な難解な業だ。だが、100回も異世界で戦ってきた俺には朝飯前だ。
「死ね、勇者」
よほど俺を倒す自信があるらしい。これごときの攻撃で。俺も舐められたものだ。
5本の槍は俺に一直線に向かってくる。俺はじっとそれが来るのを待つ。避けるなんて野暮なことはしない。
「カイト! 」
レミアが焦ったような表情で声を荒らげる。俺がいつまで経っても動かないから心配したのだろう。
だがそんな心配は無用だ。
あれごときの魔法は俺には利かない。
ドバァァァン
槍が衝突すると爆音とともに白煙が立ち込める。
「カイトォォォオオオ」
レミアの悲痛の叫びが聞こえる。
「勇者もこの程度か、やはり俺が正しいようだな」
ナルシストガルフは誇らしそうな表情で、目にかかった前髪を後ろに流した。
「おいおい、何勝った気でいるんだよ」
「カイト!」
「何!?」
レミアの歓呼の叫びとガルフの驚嘆の叫びが入り混じり、なかなか趣深いハーモニーを奏でていた。
俺を見たガルフは宇宙人を見たかのような表情をしていた。
「無傷だと」
「えっ? 今のって攻撃だったのか?
ごめん、弱すぎてマッサージだと思ってたぜ。すまない。少しくらい食らってた方が良かったか?」
わざとらしく、煽るように言う。我ながらなかなかいい性格をしてると思う。
「ふざけやがって。斃れ」
ガルフは怒りで顔を真っ赤にし、狂ったように魔法を放つ。
「天に宿り鳴動を轟かせる稲妻よ、落ちろ
『霹靂砲《サンダーガン》』」
悍ましい音とともに俺の頭上に雷が落ちる。普通の人なら即死だろう。大したものだ。
しかし、俺を襲った雷は俺の頭に達せずして跡形もなく消え去る。
ガルフの顔が絶望と戦意喪失の色で染まる。
「何故だ、何故攻撃が効かない」
やっとそれだけ言えたようだ。それほどガルフは今混乱している。
「常時バリアだ」
「なんだそれは! そんなもの聞いたことがない!」
当たり前だろ、この世界にはきっと存在しないのだから。
これは25回目の異世界で手に入れた力だ。
「少量の魔法を常時体から放っておくことで多少の攻撃は何もせずとも防ぐことが出来る」
「信じられるか、第一そんなに魔力を流し込んでいたら魔力枯渇になるだろ」
ガルフは怒号を撒き散らす。絶望で完全に自我を失っていた。
「魔力など無限にある」
いや、本当に無限にあるわけでない。ただ本当に底を見せることがないのだ。俺は1度も魔力が足りないという経験をしたことがない。
「そんなの反則だ…………」
そう言って、ガルフは魂の抜けた表情で力無しの膝から落ちた。
すまないな、因みにこのバリアを破ったとしてもあと2層あるんだがな。
「あとはあの世でこの世界が平和になるのを指を加えながら見てろ」
「『鎌鼬』」
ビャァァァァアアアアア
巨獣のように轟々と哮る飆風とも言える旋風が吹き荒れ、ガルフの体を一気に切りつける。
足首、腹、背中、手首、腕、首、喉、顔、ありとあらゆるところを容赦なく切りつける。その度にドロドロの真っ赤な血が勢いよく噴き出す。が、ガルフはもう声を上げられないほど戦意喪失していた。
弱すぎだな……
「まって! カイト、やりすぎよ」
急に俺の視界に飛び込んできたレミア。
やりすぎ? こいつは何を言っている?
「邪魔だ、レミア。怪我するぞ」
縋りついてくるレミアを剥がし、俺は『鎌鼬』の威力を倍増させる。
「もうガルフは降伏しているわ。なぜそれ以上やる必要があるの?」
「敵対するものを殺すのは当たり前だろ」
ごくごく当たり前のことを言ったのだが、レミアは愕然とした表情をする。
「……カイト、あなた本気で言っているの?」
「あぁ、嘘言っても仕方ないだろ」
「相手はあなたと同じ心をもつ人間よ。もう十分でしょ」
「よく分からんな。なら魔物や魔王は異種族だから殺していいってことなのか? 」
それは違うだろ。魔物だろうが、人間だろうが敵は殺す、そのどこが間違って言うんだ?
チクリと心臓に針を刺されたような感覚を覚える。なにか大切なことを忘れているような、モヤモヤした感覚……
パチンッ
乾いた音が静寂した空間で響く。
あまりの衝撃的な出来事に、自分が叩かれたことに気づくのに少し時間がかかった。
俺は驚きの原因のレミアを見る。きっと至極、酷い顔をしていただろう。
「あなたは自分のことしか見れていない」
レミアは怒ったように、また悲しそうにそう静かな口調で言った。
フラッシュバック。
1回目の異世界ロトスでの出来事だ。
俺は異世界召喚されたばかりで混乱し、刃向かう人間を殺そうとしていた。
そのときミルレットはあることを言って俺を諭し、異世界への混乱を、恐怖を取り除いてくれた。
確か…………
その時も俺は今と同じようなことを言った。
「人間でも魔物でも敵は敵だ」
するとミルレットは自分の首に俺の手ごと剣を突き立て刺した。
ミルレットの首から出た赤い血は剣を伝って俺の手まで流れ込んできた。
初めて見た人の血だった。初めて人を刺した。恐怖で手が尋常ではないほど震え、自分の早くなった心臓の鼓動が聞こえてきた。
その時ミルレットは確か…………こう言った。
『私は、彼は、あなたと同じ赤い血をした人間よ。私が生きているのはあなたと同じ心臓が動いているから。あなたが今怖いと感じているのは、あなたがまだ私達と一緒の人間だという証拠よ。その気持ちを忘れないで』
あぁ……俺は何でこんな大切なことを忘れていたんだ。
きっと一人でいすぎたせいで、誰とも関わらず殺しをしてきたせいで、殺しに慣れすぎたせいで、俺は人間じゃなくなっていたのかもしれない。
ここでガルフを殺せば、俺は本当に人間に戻れなかったかもしれない。
人間を無感情で、無慈悲に殺す魔物になっていたかもしれない。
それにミルレットは最後にこう付け足してたっけ……
『私は王女よ』
人間に戻れた今なら分かる。多くの人間の暖かさを感じだ今だから分かる。ミルレットの言いたかったことが。
それは俺が人間を殺すことで、俺を召喚した王女のミルレットにはこういう肩書きが付くかもしれないということだ。
『人殺し勇者を召喚した王女』
と。すると魔物がいなくなり平和になったとしても、人間を統治する、人間族の顔であるミルレット、またミルレット一家を、民衆たちは心から信用できるだろうか。その答えは否だ。
だから人間族を治めるブルーゲン家の娘として、次期王女として、レミアは俺に言ったんだ。
「あなたは自分のことしか見れていない」
と。
俺は一人でいすぎたせいで、他人と関わらなかったせいで、他人のことを考えることを忘れていた、いや出来なくなっていたんだ。
俺はまたレミアに大切なことを思い出させてもらった。ミルレットと同じように心ある人間にもどしてくれた。本当に感謝してもしきれない。
俺はガルフに対する『鎌鼬』を解除する。重傷ではあるが、幸いにもまだ息はあるようだ。
そしてレミアにきちんと言わないといけない。
「ごめん、俺が間違ってた」
俺は頭を90度に下げる。
いつぶりの謝罪だろうか。人と接してこなかった俺は人間の基本、『謝る』ということすらしてこなかった。
謝るって、こんなに恥ずかしくて、変に筋肉を使うんだ……でも、なんだか清々しい気持ちになれる。俺の心の中を蝕んでいた『魔物の俺』が消えていくような気がした。
頭の角度はあっているか、誠意を見せれているか、真っ直ぐ立てているか、俺の心をたくさんの不安が襲う。
あぁ……人間でいるのってこんなにしんどくて、辛くて、疲れて、苦しいものなんだ……
でもそんな不安はすぐに吹き飛んだ。
仏頂面をしていたレミアは白い歯を見せて満面の笑みを見せてくれたのだ。
「いいわ! 私も言い過ぎたわ……それより早く行きましょ、日が暮れてしまうわ」
そう言ってレミアはそそくさと先に行ってしまった。きっと彼女なりに気を使ってくれたのだろう。
俺は大怪我を負わせたガルフに簡単な回復魔法を施す。これで1週間もあれば動けるようになるだろう。
そしてさっきまで殺そうとしていた俺が急に回復するもんで、ひどく驚いた表情をしていたガルフに
「人間族代表として絶対に平和にしてみせる」
と勇者らしいことを、人間らしいことを言い残して、先を行くレミア向かって、晴れた気分で走り始めた。