夢見る勇者
拙い文章ですがよろしくお願いします
夢を見た。
遠く昔の今更気にする必要も無いチキュウでの思い出だ。俺はその時計り知れない大きく妙な力を感じていた。それはその世界では持つはずのない力、いや持てば世界の均衡を揺るがす圧倒的な力……包み隠さず言おう。俺が感じていた力、それは魔力だ。魔力を持った今だからそれが魔力であることは確実と言える。しかしチキュウで魔法を使えることはなく(使おうという結論にすら至らなかった)おそらく何者かによって力を制御されていたのだと思う。しかしそれが誰なのかは検討もつかない。
俺は魔力ともう一つの事実を除いてはごくごく普通の中学生だった。
その事実とは俺が小学生までの記憶が全くなかったという事だ。ほかの人が言うそれがどれほどの程度のものかは知らないが、俺に限って言うと皆無と言っても過言でないほどなかった。まるで中学生の俺が突然チキュウに舞い降りたかのような感覚だった。家族は母さんしかいなかった。なぜ父親がいなかったのかは分からないが母さんはその事に一切触れようとしなかった。だから俺も聞いてはいけないことだと認識していた。
今思うとなぜ母さんはそこまでして隠す必要があったのだろうか。それは俺が魔力を持っていたことと関係があるのだろか。まぁ…… もう分かりっこない事だから今頃考えても無駄な労力は使うだけだ…… 明日からはレミアとの魔王討伐の旅だ。脳も休めないとな……
「……ト ……イト ……カイト」
ずっと嗅いでいたいほど甘いいい香りが漂う中、小鳥の鳴き声のような優しく柔らかな声とともに、俺は体を優しく揺さぶられる。
「……レミアか」
目を開けるとエメラルドの瞳で俺を見下ろしたレミアがいた。どこまでも真っ白な髪を一つに纏めていて、どうやらいつでも出発OKらしい。
「やる気あるんですか! 勇者は! 一刻も早く出発しますよ」
微かにピンクに染めた頬を膨らまし、腰に手を置いて仁王立ちしながら言う。そんなにやる気あるなら1人で行けとは口が裂けても言えない。
しかし威勢を張っているもののどこかレミアがよそよそしい。なぜか彼女のことは気になってしまう……嫌な感じだ……
「何か言いたいことでもあるのか?」
俺はレミアが打ち明けやすいように何気なく聞く。
「えっ!? 言いたいこと ……まぁ言いたいことというか…… 謝りたいことというか…… やりすぎたというか」
レミアは恥ずかしそうにモジモジしながらうまい具合に焦らす。
「なんだ? はっきり言ってくれ」
寝起きということもあり、少し機嫌が悪い俺。いや本当は早く用件を済ませて部屋を出てほしい。なぜなら健全な男なら誰でも経験する朝勃ちが俺を襲っているからだ。これを見られたらきっとレミアは失望するだろう。いや一層ここで嫌われて一人で旅するのも悪くないんだが、あんな話まで聞いていてここで別れるのも決まりが悪い。
「その …………すいませんでした」
レミアは勢いよく頭を下げて膝に手を置く。
……ん? なぜ俺、今謝られてるの?
「おいおい、頭を上げてくれ。こんな光景見られたらまた俺が殺されそうになるだろ」
「カイトならあんな護衛瞬殺でしょ。問題ないわ」
……いやそういう問題でもない気がするが。
「でもどうしてレミアが謝るんだよ」
「それは……昨日……カイトを殴って気絶をさせたからです」
レミアが気まずそうな、また恥ずかしそうな表情をする。それを見て俺は思い出す。それからの行動は早かった。俺は仰向けの状態から瞬く間に土下座をした。そして今までにない大声で懺悔する。
「すいませんでした! 昨日は脇を触って、あろうことかどさくさに紛れて胸も触って!」
自分の過失はきちんと謝罪すべきだ。ここで気まずい関係になれば危険だ。旅の前に距離を作ればそれは連帯感の損失、そして大きな怪我に繋がるからだ。
レミアの顔が徐々に赤くなる。
「……あわぁあわぁあわぁわぁわぁ……カイトのエッチィィィィィイイイイイ」
俺の土下座して隙だらけの後頭部に渾身のかかと落としがヒットした。 ……レミア、それは女の子が出していい威力じゃないよ。俺じゃなかったらきっと死んでるよ。
「せっかく私が遠まわしに言ってるのに……どうしてそうデリカシーがないのよ」
「レミア……」
俺はレミアの両肩に手を置き、真剣な表情をする。
「なによ……改まって」
レミアも俺のあまりにも真摯な態度に、自然と身構える。
「オブラートに包んだとしても、触ったという事実は消せないんだ」
これ割と名言じゃね? ……これからの俺の座右の銘にしよ。
無表情。レミアと会って以来ここまで顔から感情が読めないことはあっただろうか。いやない(反語)。
それから俺はレミアに2度目のアッパーを食らって軽く朝食を済ませ、今ちょうど旅に出発しようとしていた。
見送りにはレミアの父母や召使いの女性や護衛の男達が一斉に集まって、皆各々レミアに言葉を掛けていた。
「「「「「レミア様どうかご無事で」」」」」
メイド服に身を包んだ美女達がレミアの手を握り目には涙を浮かべる。
「必ず戻ってくるわ」
レミアは彼女らを安心させるためか、気迫ある口調で物静かに言う。
「「「「危険とあらば私達をお呼びください……必ずや駆けつけます」」」」
頑丈な鎧で身体を強化した護衛達が片膝をつきレミアに忠誠心を見せる。
「ありがとう……でももしもの時はきっとカイトが守ってくれるわ」
レミアは俺を上目遣いで一瞥する。その目には俺の力への疑いな気持ちは一切なく、そこには俺への絶対的信頼しかなかった。世の中を見てこなかった故にレミアは人を疑うということが出来ないらしい。それは良い所でもあり悪いところでもある。
「レミア、お母さんとお父さんはずっとレミアの帰りを待ってるからね」
10代と言われても決して違和感を覚えないほど美しい顔立ちのレミアの母が目にいっぱい涙を浮かべながらレミアに縋り付く。
言葉とは全く真逆の行動。レミアの母の心の中で激しい葛藤が起こっていることが見て取れる。
レミアは驚きを隠しきれていなかった。きっとこんな母の姿を見たことがなかったのだろう。そうならばレミアの母は強い人だ。レミアの兄がいなくなった時も狂いそうになるくらい気が動転したに違いない。しかしそれをレミアに感じさせなかったのだから。
「レミア、俺達は本当は行って欲しくない。だがグールの件以来、お前をずっと縛って無理させてきた。だから外の世界も見てほしい。そして立派な大人になって帰ってきてくれ」
気品高く筋肉質な男性。『漢』という一文字が良く似合うダンディーな顔立ちのレミアの父は複雑そうな笑みを浮かべる。
しかしレミアの母同様にレミアの父も心中は穏やかなものでは無いだろう。『もしかしたら息子のように娘も……』そんな恐怖が襲っているに違いない。しかしそれを決して見せない父親らしさ、男らしさに俺は自ずと尊敬の念を抱いてしまう。
レミアは自分を愛してくれている父、母、そして多くの召使い、護衛を見渡す。そして決意したように目を一度閉じてゆっくりと再び開け、高らかに宣言する。
「私レミア=ブルーゲンは必ず兄さんとともに帰ってきます! 魔王を倒し人間族に平和を齎します。それまで待っていてください。それでは!」
レミアはそう言うや否や走り去った。自分をいつまでも見送る大切な人の方を一度も振り返らずに。俺は見逃さなかった。レミアの目から横に流れるキラリと光る水滴を。
「馬鹿だな……レミアは……」
俺はやれやれと肩を竦める。レミアはみんなを不安に思わせないため、自分が寂しさを感じていることを悟らせないために、振り向かずにひたすら走っていったのだ。両親に抱きつきたい思いを必死に抑えて。そんな誰かの為の行動を出来る彼女を羨ましく思うとともに、そんな誰かを思う気持ちを忘れた自分を情けなく思い、自分の惨めさを再確認する。
レミアを見失うといけないからそろそろ行こうと見送りの皆にペコリと頭を下げる。
「勇者様、いやカイトくん。娘を頼んだ」
レミアの父が俺を見定めるように物凄い形相で俺の目をじっと見る。それは決して怒りから来るものではなく、娘を愛する父としての当然の威厳であり、娘レミアが信じる俺への期待からの表情だ。
俺はまた心が暖かくなる感覚を覚える。きっとそれはみんなを思って涙を見せない少女や少女を一途に思う両親や仕える者たちを間近で見たからだ。
こんなに必死に頼まれたのは久しぶりだ。俄然やる気が出るのも無理もない。だから俺は自信満々に告げる。
「必ず守ります」
再びペコリと頭を下げ、俺はレミアに追いつこうと駆け出す。
そして今自分がしている表情に気付き素直に驚く。俺は笑っていたのだ。闘争心、戦意、旅への期待、そんな想いが駆け巡り俺は笑っていたのだ。こんなに旅を楽しみに思えたのは久々だ。
きっと過去の甘くて苦いミルレットとの記憶を思い出すのも、心が度々暖かくなるのも、旅を楽しく思えたのも、全部全部前をひたすら走るレミアのおかげだろう。
その恩返しとして俺は必ずレミアを守ることを決意する。