誕生日、とっても遅い春がやってきました。
「おねえさん、おねえさん」
ざわざわと森が騒がしくしているなか、ご機嫌そうにスキップで森を歩いていた少女が、無邪気にくるりと振り返ってそう言いました。
彼女は雪の結晶のようにきらきらと透き通った声で、ちょこんと首をかしげ、そう問いかけました。
「どうしたの?」
彼女の視線の数メートル向こうに、まんまるの人影が見えます。
まるで雪だるまかのようにもこもこと厚着をした桃色の髪の少女が、マフラーの下からくぐもった声を出しました。
そんな姉に手招きをして、少女はもう一度問いました。
「ねぇ、どうして雪はやまないの?森のみんなは『はやく地面から顔を出したい、苦しい』って言ってるのに。」
ようやく自分のところまで追いついた姉の袖を、少女はぐいぐいと引っ張ります。
「みんなが苦しそうよ、ねえなんで?」
少女の言葉に目をまんまるに見開いた姉は、「ううん……」と難しそうな顔をして頭を抱えてしまいました。
ぐるぐるとその場を歩き回って、やっと決心がついたのか姉は大きくひとつ頷いて少女の方を向きました。
神妙な顔をして、少女の美しい水晶のような瞳を見据えます。
「季節の女王さまの話は、知ってるよね。春、夏、秋、冬の4人の美しい女王さまのお話。」
少女は無言でこくこくと頷きます。
「うん、じゃあここからはあんまり知られてないお話をするからね。
「4人の季節の女王さま、この女王さまがどうやって季節を変えているか、知ってる?」
「ううん…」
「女王さまは、ふぅっとひと吹きで自分の季節の風を吹かせるの。
冬の風が吹くと、あたりはみんな冷たい、真っ白になる。
春の風が吹けば、そこから植物が顔を出し、綺麗な花を開かせていくの。」
姉がぽつりぽつりと語っていくにつれて、少女の目は一層輝きを増していきました。
「うんうん、それで?」
「本当はもう、春の女王がふぅっと風を吹かせて次の季節に廻さないといけないの。」
彼女はそう言うと、少し屈んで近くの地面にそっと息を吹きかけました。
「わぁぁっ………」
途端に、彼女の近くからいっせいに植物が顔を出し、二人の周りだけは可愛らしい黄緑色に染まりました。
ピンク色の可憐な花もところどころつぼみを開きはじめています。
「おねえ、ちゃん…?」
怪訝そうに少女は言いました。
突然、大好きな姉にぎゅうと抱きしめられたからです。
えへへ、と照れくさそうに笑った姉は少女から体を離して、悪戯っぽくこう言いました。
「わがままでごめんね。どうしてもこれをあなたに見せたかったんだ。」
「ハッピーバースデー、エープリル。」
その言葉と同時に、世界が変わりました。
凍えてしまうような真っ白な空は透き通った水色に。
歩くのも大変だった雪の絨毯は一面新鮮な芝生に。
たくさんの命が地面から芽を出して、小鳥や動物達もにぎやかに話しはじめました。
4月1日、少女の13回目の誕生日に、とっても遅い春がやってきたのです。
これはそんな幸せな女の子のお話。
めでたし、めでたし。
今日は雪が降っているところもあったみたいです。
私の住んでいるところも例外ではありません。
そんな寒いなか、これを読んだ方の心が、少しでもあたたまったらいいな。と思って書いています。