神改バトルとは
「もうこれで姿が主から見えない事も、存在自体が消える心配もありません。主の生気をいただいていますから……」
なにそれこわい!?生気ってなんだ!?
「なにさっきから独り言いってんの?キモいんだけど……」
生気について詳しく聞こうとした所で、有桜がオムライスを持ってきてくれた。
有桜に龍神は見えていないから気をつけないとな。
これ以上キモいなんて言われたら心が砕け散りそうだよ。
「美味しそうですね〜、食べたいな〜」
チラチラとこちらを見てくる龍神。しかし有桜に姿が見えていないわけで、空中でオムライスが消えるのはちょっとした怪奇現象だ。
怖がりの有桜が見たらもう二度とこの家にご飯を作りに来てくれることはなくなるだろう。
それは嫌だ。というか困る。
ここは苦渋の選択で、龍神には我慢してもらうとしよう。
「あ〜う〜、何でくれないんですか〜?」
大きく口を開いてスタンバイしている龍神を無視して食を進める。
「くださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいください」
耳元のくださいコールで有桜の声が全く聞こえない。
「それでね、って私の話聞いてるの?」
「ごめん、聞こえなかったや」
「もうっ、可愛い妹の話なんだからちゃんと聞きなさいよ」
ふくれっ面をして怒る有桜。凄く可愛いです。肩まである黒髪が超似合ってるし、週に一回は飯作りに来てくれるし、ほんとできた妹だ。口は多少悪いところがあるけど……。
「くださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいくださいください」
全然聞こえないけど、有桜がまた何かを話しているみたいだ。
また有桜を怒らせるのはマズイ。仕方がないか。
胡座をかいた足をポンポンと叩く。これを見て龍神が理解してくれたらいいけど……。
「??座れって事ですか?」
その言葉に頷く。理解が早くて助かった。
ちょこんと体育座りをした龍神の口の位置を確認し、有桜が僕から視線を外した所でオムライスを運ぶ。
「んん〜、美味しいぃ〜。初めて食べる味だぁ」
満足そうで何よりだ。これで有桜の話に集中する事ができる。
「……どうすればいいのかなぁ?」
「ごめん、ワンモアプリーズ」
「ちゃんと聞いといてよねっ。だからー、私の友達の母親が今宗教にはまっちゃっててさぁ。こう、人の家庭に口出すのはよくないけど……相当お金使っちゃってるみたいなの。それで何か力になれないかなーって……」
宗教という単語に反応したのか、龍神がパッと顔を上げる。
中々ディープな問題だ。
「その宗教の名前は何ていうんだ?」
「……さあ?聞いてないから分かんないけど……ってもうオムライス食べ終えたの?少なかった?」
空になった皿を見て目を丸くしている有桜。龍神は中々の大食いみたいだ。僕の手を掴み、器用に全部平らげやがった。
「いや、丁度良かったよ。……まぁその友達が有桜に相談してる程で話を進めるけど、正直有桜にできる事はないと思うな。宗教にはまってしまった原因というのがある訳だし、家族同士で話し合いをするのが一番だと思うよ」
「……そうだよねぇ……うん、わかった。じゃあ食器片したら帰るね」
「もう帰るのか?もうちょっとゆっくりしてけばいいのに……」
「あー、実は今からその友達と会う約束してるんだ。だから、また今度ね」
そう言うと食器を片し始める。
忙しなく食器を片している有桜の背中を見て、用事があるなら無理して来なくても良いのにと思ったけど、そこまでして来てくれる妹に合掌する。
「え?何してるの?」
「いや、ありがたいなーって」
「やめてよもう。じゃあ私行くから、またね」
有桜が帰ると膝の上の龍神を見る。さっきから妙に静かだ。
「どうしたよ?難しい顔して……」
「むぅう、よし!やりましょう主!」
小さな拳を握りしめ、その場に立ち上がる龍神。
「やるって何を?」
「さっき話に出てた宗教を改宗させるんですっ!」
「その心は?」
「信者を1万人にしましょう!ついでに妹さんの悩みも解決できます」
いや無理だろ。何でも願いを叶えれるのは大変魅力的ですけども、何年かかるんだよって話です。数字が現実的じゃなさすぎる。
それに宗教を改宗したところで根本的な解決にはなっていない。
そんな僕の心を読んだのか、龍神が、
「大丈夫です。さっきの説明に戻りますけど、この街の宗教には神がいると考えていいですっ。つまり、その宗教に神改バトルを申し込むのです!!」
とガッツポーズを決める。
「ほぅ、申し込むとどうなるんだ?」
「神改バトルとは文字通り、神を改めるバトルです。勝てばそこの信者は、まるっと全部改宗されるんですよっ!」
なるほど、これなら信者を効率よく集める事が出来るかもしれない。土地神も粋な計らいをする。
けど……
「そこの信者の記憶はどうなるんだ?いきなり宗教が変わっても納得できないだろ、もしかして不思議なパワーが働いている系?」
「その通りです。神改バトルに勝てば、そこにいた宗教の記憶は全て書き換えられます。なので先ほどのお母さんは騙される事が無くなるのです、もちろん主に騙す気がないのならですけど……」
「ふぅんじゃあ金はどうなるの?そこに注ぎ込んでいた金は戻ってくるのか?」
「それは……記憶が変わっただけですから、戻ったりはしないです。ただ何に使ったのかが分からないだけだと思います」
そこまで都合はよくないらしい。有桜の友達の母親を完全に救う事は出来ないみたいだ。
「じゃあ、負けた時のリスクは何なんだ?」
「神改バトルを申し込んだ時に色々と決めるようになってるので、ご自分で決めることができますよ。もちろん相手の同意も必要で、お互いの了承を得て初めて土地神に受理されるんです。対決方法もそうです」
なんだ。一方的にバトルを挑むのは無理か。まぁ妥当だろうな、信者を全員って事は信者の少ない僕らが挑んでも向こう側にはリスクしかないし、受ける理由がない。
だからこそ、負けた時の条件や対決方法を両者によって決める事が出来るのか。そして条件がよくなければ断る事ができる。
いいルールだ。
だが一つ思うところがある。
「土地神様のおかげでこの街の宗教には神がいると考えていいんだよな。でもそれってさ、神がいるんだから偽物にはならない訳で、信者にはそれなりの恩恵があるんじゃないのか?それなのにその宗教を潰すような真似は、よくない気がするんだが……」
「甘いですね主は。そう、まるで食後のプリンのように甘い……食べた事ないですけど……」
今度プリンを買ってやるとして。神がいるんなら皆が幸せになる方法の一つや二つ、あると思うんだけどな……。僕は甘いのか?
「いいですか、宗教とはそもそも心のよりどころを探している者達がハマりがちです。はっきりいって現実逃避がしたいんですね。だから騙されるんです。言われた通りにやれば楽だから。」
なるほど。少し偏見かもしれないけど、あながち間違ってはいない気がする。
「神がいるからって万能な訳じゃありません。例えば私は、三人の信者さんのおかげで生まれましたが、宗力が少ないので今だ恩恵を渡す事が出来てません。渡したら存在を維持できないんです……。つまり、私達は信者さんに対してほんの少しの恩恵しかあげられないのです。」
「……ん?少しの恩恵を与える代わりに信者さんからは資金面を援助してもらえばいいんじゃないか?それなら皆幸せに、というか誰も損しないような気がするんだけど……」
「そこが甘いと言ってるんです。今言ったのはあくまで普通ならって事ですよ。その宗教の性質にもよりますが、宗力ってのは基本的に貯める事が出来るんです。沢山貯めて一気に使えばそれなりにいい恩恵を受ける事ができます。しかし、恩恵を受けるのは信者のみならず、教祖にも可能なのです。」
……………………つまり。どういう事だ。
「信者には少しだけ恩恵を与えるでしょうが、その殆どの力を自分に使おうとするでしょう」
人を救う力を持ちながら、それを自分のためだけに使う。と、いう事なのか。
「……そういうものなのか?」
「全部がそうとは言えませんが、殆どそうとは言い切れます。残念ですが、人間なんてそんなもんだと思いますよ。特に宗教をやろうなんて考えてる人ととか……」
「ひどい偏見だ。けど、小遣い稼ぎで始めた僕には耳が痛い話だ……。まぁ、僕が甘かったというのは分かった」
自分の考えを他人が共有するとは限らないんだ。まだ15年しか生きていない僕には分からないことが多い。色々と思うところはまだあるけれど、僕がそうならなければいいだけの話。
取り合えず、これからどうするべきか考えるか。