理不尽な怒りには怒りで返そう
「ハァハァハァハァ……死ぬ、ゴメン龍神。姿を消してくれぇ」
「もうすでに消してます。主大丈夫ですか?」
現在、僕は鬼神と化した貴也から逃げ延び、デパートの屋上にまで来ていた。
「クッソォ。まさかあいつが居るとは、面倒くせさいなもう。店内は走っちゃダメだろうが。何全力で追ってきてるんだよ」
「主も全力で走ってた事については、つっこまない方がいいですかね?」
「そうしてくれ」
あ〜お腹すいたなぁ。貴也のせいでここのデパートじゃあもう無理だよな。
あっ、そういや僕は今日貴也の家に泊まろうと考えてたんだ。
それにエロ本の件もある。
そもそも僕が女の子とデートしようがあいつには全く関係ないじゃないか。
どれだけ人の幸せが妬ましいんだあいつは。
僕は次第に、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「本当に大丈夫ですか?ご飯も食べてないですし」
「大丈夫だ。逃げ惑うのはもうやめよう。今から貴也を見つけ出し、僕の怒りをぶつけてやる」
「……店内では騒がないようにしてくださいね」
大丈夫だ。一瞬で決めてやる。正面からぶつかって貴也を倒すのは難しいけど、人混みを利用して死角を突けば、さすがのあいつでもお終いだろう。
「……そういえば、僕はお前に服を着替えてこいと言おうとしてたんだ。カラースプレーのせいで体操服が汚れてたからな。だけどなんで汚れが消えてるんだ?」
なるべく体操服にかからないように注意しながらやったつもりだったけど、それでも汚れてしまっていた。
しかし、いつの間にかその汚れが綺麗さっぱり消えてるではないか。
「この体操服は私専用の服。つまり神の特別製なのです。汚れなんてものは時間が経てば落ちますよ」
「へぇー、そりゃいい。洗濯しなくていいのか」
洗わなくても綺麗なままなんて最高じゃないか。
着替えなくてもいいし、干さなくてもいい。
便利な服だ。僕も一着ぐらい欲しいものだ。
「さてと、もう面倒くさいから屋上で飯を食べようか。カレーでいいよな?買ってくるから服を着替えて待ってて。せっかく買ったんだしもう着ちゃえよ」
僕は言い残しカレーを買いに行く。
屋上にはヒーローショーがやっており、子供達が沢山いる。その後ろには母親らしき人物が、愛おしそうに我が子を見つめていた。
屋台にはカレーの他にも色々売っていた。
僕はカレーと飲み物を注文し、出てくるまでの暇つぶしとしてざっと屋上を見渡す。
ここに来るのも随分久しぶりだ。昔は貴也と了の幼馴染三人でよく来ていたものだ。昔からあいつらといるとほんとロクな事がなかった。
特にここで起こった事件は、僕の中で10番以内には確実に入る大変さだった。
そういえば、あの人は元気だろうか。あの人なら、この状況を簡単に覆そうだ。もう2年近く会っていない気がする。
過去を懐かしんでいるとカレーが出てきた。僕はトレーに乗せらせたカレーと飲み物を持って龍神の元へと戻る。
「ほら、甘口カレーだ。あと飲み物のオレンジジュース。……へぇ、その服似合うじゃないか。脱いだ体操服は?失くしたらあれだから僕が持っておくよ」
「えへへ、似合いますか。ありがとうございます。でも体操服は自在に消したり出来るんで、大丈夫です」
消したりも出来るのか……そういえば龍神としての証拠を見せようとしてた時、何故か服を消していたっけ。
てっきり目の錯覚だと思ってた。
「でもこんな所でくつろいでる暇はあるんですか。問題は山積みでしょう?何かいい案でもあるんです?」
カレーを頬張りながら厳しい事を言ってくれる。
龍神の言う通り、こんな所でくつろいでいる暇もないし、問題も山積みだ。
けど、ここに来て良かったと思う。
「いい案というか、僕が何をするべきかについてはわかった気がする」
「そう、なんですか?」
自信ありげな僕に怪訝な顔をする龍神。
僕はスマホを取り出すと貴也にメールを送る。
「うし、これで数分もすりゃ貴也は来るだろ」
「怒りをぶつけるんです?」
「それもあるけど、今回の件は僕一人には荷が重すぎる。だから貴也にも協力を頼もうと思うんだ」
僕一人では無理な事でも、あいつと二人なら出来る筈だ。
本当は了にも頼みたいところだけど、部活が忙しそうなので今回はやめておく。
正直頼みたくはない。あいつは、いや僕達の間では、ピンチになったら見捨てて逃げ延びるのが暗黙の了解みたいなもんだ。
信用も信頼も出来ない。
けど……………….やる時はやる男だ!多分!!!
「クックックッ。観念したのか鋼介よ。潔いじゃあないかぁ。さぁ、お前の罪を数えろ」
「どこの仮面ライダーだお前は。くだらんやり取りをするつもりはない。この女の子を紹介しよう。僕の彼女のリンちゃんだ。ほら、挨拶して」
「ふぇえ!?な、な、何ですかいきなり!」
顔を真っ赤に染めて慌てる龍神。リンとは、龍神の頭文字と後ろ文字を合わせてリンちゃんだ。
「ん?どうしたリン。何を恥ずかしがってるんだよ。一緒に暮らす仲じゃないか」
「そ、そうですけど。その……はい。貴也さんこんにちは。私はリンと申します。主、じゃなくて鋼介さんとお付き合いしています」
いいぞ龍神。何を言わなくても話を合わせに来てくれた。
「なるほどねぇ〜、鋼介に彼女かー。リンちゃんは歳いくつなんだい?」
「三カ月です……あいたっ」
おっと、反射的に頭を叩いてしまった。
「13歳だ。こう見えて有桜と同級生なんだよ」
「ふーん。付き合ってどれくらいなんだ?」
「まぁその話は後でいいだろ。突っ立ってないで座れよ」
「いやまて、これだけ聞かせてくれ。……どうやって洗脳したんだ?」
ごく真顔で聞いてくる貴也、何を言ってるんだこいつは。
僕の顔で色々察したのか、奴は言葉を続ける。
「だっておかしいだろ?おまえみたいなチビガリに彼女が出来るなんて、それも俺より早くだ。洗脳以外に信じられるわけねぇだろ?で、どんな手使ったんだ?」
僕のこめかみに力が入る。
「おいおいバカな事を言うなよ。洗脳なんか使うわけないだろ?おまえじゃないんだ、そんな事しなくても彼女の一人や二人、簡単に出来るわ」
「ははははは、これは大爆笑。……で?どうやって洗脳したんだ?」
振り出しに戻った!?
どれだけ信じたくないんだこいつは!
嘘だけどっ、龍神は彼女じゃないけども!
いちいち説明するのが面倒いから言っただけなのに、もっと面倒くさくなっちまった!
「あのお二人とも、胸ぐらを掴みあわないでください。喧嘩はやめましょうよ。ね?」
「おいおい離してくれないかな?僕の彼女が僕を心配してるだろぉ?ごめんねぇ〜、先に彼女作っちゃってぇー。それからもう僕の彼女に近づかないでくれるかなぁ、おまえの事が嫌いなんだとよ」
「ははははは、もう彼氏気取りかこの野郎。洗脳じゃなきゃどうせ脅したんだろ?少し待ってなリンちゃん。今からこのクズをブチ殺し、俺と付き合おうじゃないか」
ははははは、互いに笑い合う僕達。口で言ってもわからないバカは、一度身体に教えてやらねばならない。これも暗黙の了解だ。
互いに拳を軽く握りしめ、睨み合う僕達。
しかし戦いの火蓋が切って落とされようという瞬間、僕は視界の隅にある人を捉えた。
そして反射的に貴也から手を離すと、貴也の手を払いのけ、僕はその場を駆け出した。