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歳神様の説経<短編>

作者: 月見

正月に対する疑問。

愚問のような疑問。

愚問が、「愚かな疑問」という意味ではないのはもちろん分かっているが、そんな間違いすらもどうでもよくなるほどの疑問を僕は正月に対して持っている。

日本中の誰もが、食っては寝て、テレビを観て、まるで家畜のような時間を過ごすこととなる正月。

例外としてテレビ局などは平常通り仕事をしているようだが、それでも正月というのはキリスト世界におけるクリスマスに準じるほどの絶賛ぐうたらデーなのではないか。

いや、違う。クリスマスというのはあくまでイエス・キリストのなにやらを祝福するだとか、(ちなみにクリスマスは正確に言うとキリストの誕生日ではない)そういったお祭り騒ぎのための正当な理由があるようなので、ただただ新年が来たことを祝う正月とはまた違った意味を持った日なのだろう。

今僕は「祝う」という言葉を使ったが、正月に日本人がしていることといえば、前述の通り、食って寝てテレビを観て、そして酒を飲んでまた寝るくらいのものだ。もはや「祝う」などという「しめすへん」がつくほど尊い言葉をそんな日のために使うというのも、勿体ないとさえ思える。

そもそもの話、古い年が終わり、新しい年が来るとは言ったものの、それはただ、暦が進んだ結果、一つの周期が終わり、また新たな周期が始まったというだけのことだ。

「正月なんて、ダラダラ無駄に時間を過ごしているしょうもない日だ」

そんなことを、気づけばつぶやいていた。

一月一日。僕は群馬の、父方の祖父母の家に帰省中であった。

なんのことはない。することがなかったから御託を並べて、頭の切れる論者を気取っていただけだ。

でも正月に対する僕のこの考え方というのは本物だ。

最近テレビもつまらないし。

することがない。

「歳神様のおなーりー」

おいなりか。最近食べてないな。うん、おいしいよな、おいなりさん。

「豊穣を司る、歳神様じゃ!」

北条?政子?

「貴様!」

突然頭に鈍痛を感じる。いや、鈍痛は「鈍器」で殴られた「痛み」ではないが、まあ響くような痛みが頭に走る。銅鑼になった気分だ。

「いってぇ、誰だよお前」

部屋の中心で正座をしていた僕は、攻撃を繰り出してきた者を確認すべく、後ろに向き直った。

そこには、14歳くらいの、可愛らしい着物を着た、それまたなんとも可愛らしい女の子が立っていた。

「だから、儂は、豊穣を司る、歳神様じゃ!」

「本当に誰だよ、勝手に人とンチに上がりやがって。いや、僕ンチではないけど、田舎で治安がいいから玄関の鍵はかかってないけど、だからってそれは勝手に上がっていいってことにはなんないぞ」

「儂は歳神様じゃ!図が高い!」

「人ンチに勝手に上がる傍若無人な神がどこにいる」

「ここにいる!」

「開き直った!」



いや、じゃなくてだな。



「歳神様を迎え入れろ?」

「うむ」

正月。

それは日本におけるもっとも古くからある年間行事だそうだ。

そもそも新年の豊作を願う行事であり、先ほどこの小生意気な女の子が言っていた豊穣を司る歳神様をお迎えするイベントなのだそうだ。

「あな口惜し。我が大和の国の愚民はここまで無知であるのか。ああ残念じゃ」

「二回も残念がってんじゃねえぞ神様。話し方がわざとらしいんだよ」

うまくいじれば回文になりそうだ。ある意味。

「その口の利き方はなんじゃ愚か者。歳神様であるぞ」

「胡散臭いって言ってんだよ。わざとやってんだろその話し方」

「なぜそんなことを言うのじゃ。ここまで自然な喋り方の神が他におるというのか?いやおるまい」

「今の反語表現もわざとらしいぞ。古典覚えたての中学生かよ」

「反語表現は古文に限ったものでもあるまい」

「反語表現なんてものを勉強するのは古典くらいのもんだぞ?」

「知らん。庶民の学問なんぞ知ったものか。儂は歳神様であるぞ?」

「何回神主張してんだよそれこそわざとらしい」

もうなんの話をしていたかすらも忘れてしまった。

そう。正月だ。



「じゃあ、歳神。お前はどう思うんだよ。お前を迎え入れて祝福する、こんなめでたい日だっていうのに世の「愚民」どもは食っちゃ寝食っちゃ寝だぞ?怒らないのか?」

話し始めてそう時間が経ったわけでもないが、彼女の先ほどからの言動から察する彼女の性格からして、そんな大和国民の体たらくを知れば、八百万の神のうちの一人ーーというか、人じゃないから一体というべきかーーとして腹が煮えくり返るに違いない。

と思ったのだが。

「別に、怒んないけど」

「口調どうした」

意外にも、彼女は興味も無さそうに、まるでネイルをいじる女子高生のように爪を眺めていた。見た目は中学生かそれ以下だが。

「まあ、仕方ない事じゃろう?」

「ほう?その心は?」

「物事にはマンネリ化というものが必ず訪れる。それは人間である以上避けられない事態じゃ。そんなことにも寛大になれないようでは、神は務まらんぞ?」

彼女は、さながら世の全てを掌握しきった、全てを知る神のような威厳で、腕を組んで言った。

正真正銘神だが。

自称だけど。



一般的に日本人というのは無信教であると言われているが、正月という年中行事があるともすればあながちそうとも言い切れないのかもしれない。

そもそも八百万の神ーーあらゆる物には神が宿っている、という多神教的な考え方というのは「神道」に由来するものだ。

「神教」と言わず、「神道」と呼ぶため、あまり知られていないようだが、神道も一つの宗教なのだそうだ。

だから、八百万の神のうちの一体である歳神様を迎え入れる正月というのも宗教的な行事ではないとも言いきれないのだろう。

しかし、今を生きる日本人は八百万の神の一つである歳神様を迎え入れる正月という日を、宗教的な行事ではなく、自己の存在を証明するアイデンティティ、もしくはそれを保つための儀式のようなものとして捉えているようなのだ。

そろそろ自分でも何を言っているのかがわからなくなってきた。「この」歳神様曰くの話なので無理もないが。

僕からすれば、現代日本人の正月はただ、「新年だから特別な事をしなきゃ」という意識によって行われる行事なのではないかと思う。

それだから、普段は絶対にしないようなことをするのだ。

何もわざわざそんな事しなくていいのに、米をあえて潰して食って、金を子供に投げるように配りーーそれはまあもらう側としては嬉しいけれど。

何はともあれ。

正月は決して無意味な行事ではないようだ。

「分かったか?若僧」

「中学生が何を言いやがる」

「それはこちらのセリフじゃ、何を言うか小僧!」

「もう小芝居は終わりでいいだろう?お前、自分の妹がわからないとでも思ったか?」

「あちゃーばれちゃったかー」

ばれないとでも思ったのだろうか?

正月から何してんだこの兄妹は。

小学生向けの学習漫画のような展開だな。

「とにかく、お正月は無駄な行事じゃないんだよ!お兄ちゃん!」

「おうおう、わかったよ」

「だからお兄ちゃんお年玉ちょうだい!」

「だから、じゃねえ。不自然すぎるだろ話の流れが」


まあでも、一年に一度くらい、食っちゃ寝の日があっても悪くないかもな。

なんて、思ってしまった。





正月ってただ寝て食べるだけの日じゃないんですよ?

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