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大好きな先輩に大好きと言い続けたら…

作者: 村上泉

 突然だが、ヒロ先輩はイケメンだ。

 美術部だけどスポーツだって出来るし、真面目だから勉強だって手を抜かない。

 性格だって頼もしいし、ちょっと意地悪だけど優しい。

 まとめると、私はヒロ先輩が大好きだということだ。


 私はヒロ先輩を見つけ、大きく深呼吸をして彼の方へ走って行く。


「ヒロ先輩、大好きです!」

「はよ」


 ヒロ先輩は慣れた返事をし、私の横を通り過ぎて行こうとする。

 私を置いて歩き出したヒロ先輩を急ぎ足で追いかけて、隣に並んで歩く。

 

 この噛み合わない会話がいつもの風景だ。


 私とヒロ先輩は家が近い訳ではないので、学校の最寄り駅からの通学路の二十分間が私の日々の楽しみだ。

 私達は待ち合わせしている訳ではなく、私が勝手にヒロ先輩と同じ時間に登校しているだけだ。

 朝型のヒロ先輩はHRの一時間も前に登校するのでそれに合わせるのは凄くきついが、通学路に人は少なくヒロ先輩とゆっくりお話ができる。


「ヒロ先輩、この間言ってた本、めっちゃ面白かったです!あの主人公がババーンドーンみたいなシーンがこう、あれで、はい!面白かったです!」

「どのシーンか分かんねーよ。でも、中盤あたりで主人公が柿から林檎に武器変えたあたりから結構盛り上がるよな」

「そう!そこです!」


 私が勢いよくそう言うと、ヒロ先輩は笑いながら、


「説明下手くそか、ばーか」

 

 と言った。

 ヤバい、胸きゅん。

 それから、本の武器の話で大いに盛り上がった。

 ちなみにこの本はファンタジーノベルで、勇者が魔王を倒す在り来たりな話展開なのだが、武器だけがおかしい。

 武器が果物なのだ。

 そして全て球体。

 投げて攻撃する。

 防御はしない。

 初期武器はさくらんぼだった。

 最終的にスイカになる。


 まあその話はいいだろう。


 学校に着くまでの間私達はひたすらにしゃべり続け、あっというまに着いてしまう。

 私とヒロ先輩は大変趣味が合うので、本や漫画、ゲーム、CD、とにかくなんでも貸し借りしている。

 まだおしゃべりしていたいのに、昇降口に着いたヒロ先輩は何でもないような顔で


「じゃあな」


 と行ってしまった。

 悲しい。


 私はとぼとぼと教室へと向かった。


 誰もいない教室で席についてぼーっと考える。


 私はヒロ先輩が好きだ。

 毎朝、挨拶代わりに好意を伝えているのに、ヒロ先輩は当たり前の朝の挨拶しか返してくれない。

 勿論私はヒロ先輩の恋人でもなんでもないのだから何かを求めるのは変な話なのだ。

 それは納得してるのに、物足りない。

 もやもやする。


 私はこの気持ちを登校したばかりの友人ー美優にぶつけてみた。


「凛はさ、ヒロ先輩と付き合いたいの?」


 美優からはそんな言葉が帰ってきた。


「うう?んん?いや、あんまり考えてなかった。付き合いたいなんて図々しいと思ってたからー」


 私がそう答えると、美優は可哀想なものを見る目で私睨みつけた。


「あんたの脳みそは幼稚園児か!?「好きだから好きって言う」ってか!?幼稚園児だってもっと恋愛してるわ!!!」


 いきなり怒りながらそう叫んだ美優に、驚きながらも「好きだから好きって言う」というの言葉は確かにその通りだと思った。


「私はヒロ先輩と恋愛がしたいのかな?」


 私がそう聞くと美優は冷たく「知らん」と返した。

 呆れさせてしまったようだ。


  

 昼休みにヒロ先輩と食堂で会った。

 ヒロ先輩は男の先輩と一緒にいて、


「ヒロ先輩!」


 と声をかけると振り返ってくれた。

 

「よお。田坂か」


 もうひとりの先輩ー神田先輩がそう言った。


「こんにちは」


 私が二人にそう言うと、ヒロ先輩は「おう」としか言ってくれなかった。


「ヒロ先輩冷たいです!」


 私が抗議すると、


「冷たくねーよ。このコンポタのように暖かい心を持つ男だ」


 と、手に持っていたコンポタの缶を私の頬に当ててきた。

 

「やめてください」


 と、内心ちょっと喜びながら熱さから逃れると、ヒロ先輩が今度は私の手に缶を押し付けて来た。


「やるよ」


 と、ヒロ先輩がそう言った。

 胸きゅん。

 思わず笑顔になる。


「ありがとうございます。大好き!」


 私はするっといつもの単語が出る。

 神田先輩もヒロ先輩もいつものことなので驚いた様子もないが、逆に驚いたのは私だった。


 最近「大好き」を言い過ぎてなんとも思わなかったが、ちょっと、いやもしかしたら割と恥ずかしいことなのではないか。


「俺からは飴あげるよ」


 と、神田先輩は喉飴をくれた。

 「ありがとうございます」としか言わなかった私に、神田先輩は不満げな顔を作って


「俺には大好き!って言ってくれないんだー」


 と言った。

 チャラい。


「嫌です」

「ひどい!」


 神田先輩が笑ったので私も笑ったが、なんとなく笑いたい気分じゃなかった。


 ヒロ先輩と別れて目的のプリンを買っていると、後ろから神田先輩とヒロ先輩ともう一人知らない女の人がしゃべっている声が聞こえた。


 その人はヒロ先輩の事を「ヒロ」って呼んでいた。

 それが、私の心をざわざわさせた。


 その夜、私が布団の中でヒロ先輩の事を考えていた。

 ヒロ先輩が大好きだ。

 でも、付き合いたいかは分からない。

 それと、「大好き」を連呼はちょっと恥ずかしいかもしれない。


 困った。

 

 想像してみた。

 ヒロ先輩ともしつき合うことができたとしたら…。


 毎朝、ちゃんと約束して一緒に学校に行ける。

 手を繋いじゃったりして…。

 お昼ご飯も一緒に食べられるかもしれない。

 休日はデートも出来るかも!?


 途端に恥ずかしくなった。


 毎朝一緒に登校してるけど、休日に遊びに行くことは何回かあったけど…。

 それとは気持ちが違う。

 私はヒロ先輩に可愛く見られたいと思ったことがなかった気がする。

 単に自分の気持ちをヒロ先輩に押し付けていただけだった。


 ただのうざい奴だ私…。


 初めてヒロ先輩と会うのが嫌になった。


 翌朝、いつもの時間に家を出なかった。

 ヒロ先輩から電話がきたけれど怖くて出れなかった。

 昨日までの私なら喜んで出てたのに…。

 それから、次の日も、その次の日も、朝ヒロ先輩と登校しなかった。

 やっぱり電話は毎日来たけれど、なんとなくヒロ先輩に会うのが気まずくて…。

 学校でも会わないようにしていたから、それもあって、ヒロ先輩に会うきっかけを掴めずにいた。


 ヒロ先輩に会わないと元気が出なくて、机に突っ伏して過ごす私を見た美優がいつもより優しかった。



「凛!!先輩が呼んでるよ」


 昼休み、そんな調子を維持していた私を叩き起こしたのはそのセリフだった。

 私は思わず顔を上げてしまった。

 私を呼んだクラスメートがこちらを見ている。

 そして、その奥にはーーヒロ先輩がいた。 


「凛」


 ヒロ先輩が私を呼んだ。

 クラスメートが私を見ている。

 私はどうすることもできず、近くにいた美優を見たが、美優は早く行けと顎で示した。

 ドライ過ぎる友人である。


 とぼとぼと歩いて行くと、ヒロ先輩は私の手をとり歩き出した。

 クラスから離れれば注目されることもなく、少し安心した。

 

「どうして電話にでない?」


 ヒロ先輩が歩きながらそう聞いて来た。

 怒っているような気がした。

 言い訳を考えたけど思いつかなくて、


「ごめんなさい」


 と言うしかなかった。

 ヒロ先輩は美術準備室に着くと、鍵を開けて中に入った。

 絵の具と木の匂いがする。


 扉が閉められ、静かになった。


「お前、俺のこと避けてるだろ」


 ヒロ先輩は怒っていた。

 いつもと違って怖かった。

 私は避けたつもりはなかった。

 

 ただ、私が行動しなければヒロ先輩との接点がなくなる、それが分かっただけだ。


「避けてないですよ、私」

「じゃあなんで朝来ないんだよ、なんで電話出ないんだよ。寝坊したとか、笑いながら報告しに来いよ…」


 ヒロ先輩の言葉はとても強引なのに、口調が弱々しかった。

 私は何にも言えなかった。

 私のヒロ先輩への気持ちは今とっても複雑なのだ。

 だから自分でも説明できそうもないし、説明するのが恥ずかしかった。


「俺、お前にばっかり言わせてた自覚もあったし、返せない自分が情けないとも思ってた。ごめん」


 ヒロ先輩は訳が分からない懺悔を始めた。

 

「あの?先輩?」


 私が困惑気味に声をかけるが、聞いていない様子で続けた。


「今更だけど、俺もだい…すきだから。今日は一年目の記念日なのに、な…。不安にさせてごめん」


 そう言って、ヒロ先輩は私のことを抱きしめた。

 私は驚き過ぎて心臓が止まりそうだ。

 そして、意味が分からなくて倒れそうだ。


「ウェイトウェイト、ヘルプヘルプ!」


 私はムードなんて構うものかと、ヒロ先輩の身体を遠ざけるために強く押した。

 ヒロ先輩は慌てたように後ろに下がった。


「説明!して!ください!じっくり!」


 と主張した。

 今度はヒロ先輩が訳が分からないという顔をしつつも話してくれた。

 ヒロ先輩によると、私とヒロ先輩は恋人同士らしい。

 そこの時点で、私としてはウェイトウェイトだが、とにかくここでは流そう。

 付き合ったのは、体育祭が終わり落ち着いた今頃らしい。

 思い返してみると、確かに今頃からヒロ先輩と一緒に登校させてもらうようになった気がする。

 そもそも私とヒロ先輩の出会いは体育祭だ。

 お互い実行委員で、椅子運びをしていたら、ヒロ先輩に立ち入り禁止場所のバリケードを作るのを手伝って欲しいと言われたのだ。

 二人で作っている時に話したのがきっかけだ。

 ヒロ先輩は凄く気さくに色々な話をしてくれて、その時点で、私は「この人好きだなー」と思っていた。

 それから準備期間はずっとヒロ先輩に話しかけまくって、段々と仲良くなり、趣味が合うことが分かり、雑談で得た情報から、ヒロ先輩の登校時間を予測して、待ち伏せして、一緒に登校するようになった。

 まぁ、今思い出せばストーカーだ。

 

 それがどうして恋人同士なのだ?


「凛が「大好きです」って言って、俺が「おう」って言った」


 と、ヒロ先輩。

 ウェイトウェイトウェイトウェイト。

 待って。

 それじゃあ分かんないよ!!


「ごめんなさい」


 とにかく私は謝った。

 そんなつもりじゃなかったの、なんて図々しい言葉は口に出来る訳もない。

 察しくれと、ヒロ先輩に頭を下げたが、ヒロ先輩は私の頭をポンポンと撫でた。


「もう、避けたことは気にしてない。俺も悪かったから」


 と、私の好きな笑顔で笑ってくれた。

 そういうことじゃない!


「ヒロ先輩、あの!」


 なんとか事情を説明しないと、と焦って口を開いたが、突然ヒロ先輩が近付いて来たので思わず黙ってしまう。

 そして、首に手を回したかと思うと、何かをつけられた。


 ネックレスだ。


「可愛い」


 不意打ちにヒロ先輩はそう呟いた。

 私の顔はきっと真っ赤になっただろう。

 ヒロ先輩が笑った。

 見たことのない笑顔だ。

 いつもの百倍胸きゅんしたのと同時に背中に鳥肌がたった。


 なんかヤバい気がした。


 それから後のことはよく覚えていない。

 でも、その日からヒロ先輩の部活の日以外は毎日先輩と一緒に帰るようになった。


 ヒロ先輩は二人だけの時にあの鳥肌笑顔で、私に


「大好き」


 と言ってくれるようになった。

 だから、私は「大好きって言うの恥ずかしいよ!」症候群からは抜け出して、前と変わらず、「先輩、大好き!」と言っている。


 しかし、私は最近「憧れ」という名前の感情があることに気がついた。

 ヒロ先輩は私の出来ないことがたくさん出来る。

 絵が上手だし(私は絵心皆無)、頭良いし(私は中の下)、スポーツもそこそこ(私はからっきし)。

 だから私がヒロ先輩抱いている感情は憧れかもしれない。 


 それをヒロ先輩に相談すると、


「恋愛感情も憧れも似たようなもんだろ」


 と言われた。

 確かにそうなのかもしれない。

 とりあえず、私はヒロ先輩が好きだから難しく考えることはやめた。


「凛が俺のことを好きじゃないわけないだろ」


 ヒロ先輩は最近よくこの言葉を言う。

 だからそんな気がする。


 

 何度も何度も繰り返すと、よくわかんなくなってくるよね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 洗脳刷り込み暗示、さぁごろうじろ といった感じの面白い話 まぁ、男が好き好き言いまくっても効果が薄いが、 女の子が好き好き言ってたら→相手の男も好意を持ってくれるあの現象はなんなんでし…
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