逃避した末路
ある朝。
目が覚めた夏芽が天井を見ると、そこは見慣れた自宅のものではなかった。
夏芽が寝ていたのは、ふかふかと柔らかいダブルベッド。
隣には裸の見知らぬ男性が、穏やかな寝息を立てて眠っていた。
夏芽も何一つ纏っておらず、ベッドの横には自分の下着やスーツが散乱している。
「……え?」
夏芽は今の状況を理解しようと、昨日の記憶を必死で引っ張り出す。
「仕事が終わってからバーに行って、隣に座った男の人からお酒をご馳走してもらって、おしゃべりして……」
覚えていた。
その男こそ、夏芽の隣にいる男性だった。
それから二人でホテルに行き、熱い夜を過ごしたのだ。
「やだ……私、初めて会った人と……?」
夏芽は信じられなかった。
記憶は残っているものも、自分ではない別人の記憶を見ているような、そんな感覚があった。
「そ、そうだ……鏡……!」
夏芽は服を着ていない事も忘れ、腰の痛みを無理矢理忘れようとし、鞄の中からコンパクトミラーを探す。
「あった! これさえ覗けば、私は……!」
夏芽は受け入れられない現実から逃れようと、コンパクト開いた。
鏡が写したのは、笑っている自分の顔だった。
夏芽は、鏡に最高の笑顔を向ける。
「それじゃあおやすみ、バイバイ鏡さん」
カチャリ、と蓋が閉められる。
それから、コンパクトミラーが開かれることは無かった。
END
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