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ソージ5

 



 ソージ5




「しょ、商談!?」


 突然切り出されたその言葉に、僕はその意味を悟って顔を引きつらせた。まさか、まさかアレを――!?


「そうや」


 そう言って、ブライさんはにっこりと満面の笑みを浮かべる。……いや、これは満面の笑みなんてものじゃない。商人の笑みだ。それもとんでもなく強欲な。


「もっとんやろ? 『風の精霊羽』。翼人種プレイヤーから一日に一枚ポップする、風系の最高の防具と武具に必ず必要になってくる超重要素材」


「……は?」


「あかんあかん、しらばっくれてもわかっとんねん。あんさんがあの翼人種一の有名人、皐月とここ一週間、ほぼ毎日一緒に冒険してるって事くらい調査済みや。それであんさんの属性も風ときたら、持っとらんっていうほうがおかしいやろ? 一日一枚やし、あの阿呆のことや、アホほどためこんどるやろ。十枚ぐらい持っとるやろ?」


 そう言って、彼女はごごごごごごごと擬音が聞こえてきそうなぐらい顔を近づけて、ちょこんと首をかしげた。


 ……って、アレじゃ――ないの? 


 安堵の感情が胸をよぎり――そして、僕の本当にすぐ目の前にあるその顔に気付いた。


「ほな、ちょーだい?」


「ちょ、ちょっ、まっ」


 思わず僕は飛び退り、激しく鼓動する胸を押さえつける。


「も、持ってないって!」


「あかんあかん、さっきも言ったやろ? そんなん考えられへんて。そんな二度ネタ、笑いもとられへんし。大阪やったら死刑モンやでー?」


「本当だって!」


「……?」


 もう僕必死だ。予想違いの動揺隠しって訳じゃない。本当にそんなアイテム、貰ったこともないのだから。

 そんな僕の様子が伝わったのか、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。


「マジでもらっとらんの? ちょ、ブラフやろ?」


「本当だってもうホント! なんなら、アイテム欄見せてもいい!」


 アイテム欄はトレードの際、交換する相手がこちらのアイテムを選べるように、ある条件を満たせば他人にも見られるようになる。装備欄は見えないので、アレを見られることはないから一応大丈夫のはずだ。

 その言葉が利いたか、ブライさんは大きくため息をついた。その表情には、失望がありありと浮かんでいる。


「……なんや、マジでもらっとらんのかい。……あかん、考えられへん。なんやこの馬鹿」


 額を押さえて、がっくりとうなだれる。と思えば、ずいっと顔を寄せてきた――ってうわうわ近い近い!


「うわうわうわうわ!?」


「アホかあんた!? 何でもらっとらんの!? アレやで!? 風属性がのどから手が出るほど欲しいアイテムが目の前にあんねんで!? お宝が目の前にあんねんでぇぇぇぇぇっっ!!??」


「ブライ……怖がっているよぅ、この子」


 今にも掴みかからんとするブライさんを、背後からガウルムさんが羽交い絞めにして押しとどめる。た、助かった。


 ちなみにブライさん、まだ暴れる暴れる。


「は、はなさんかいガウルム! うちは……うちはなぁ! あのマヌケに教えたらなあかんねん! 目の前にぶら下がっとるアイテムがどんなに貴重なもんかっうちはっ!」


「はうぅ……でもだめだよ、ブライ……」


 がうがうと暴れるブライさんを何とかなだめようとするガウルムさん。しかし、うまくいかない。そりゃそうだ。あの体格差があって、無理にとめようとすればあの強靭なかぎ爪がブライさんに当たってしまう。


「あ」


「ぐはっ」


 あ。


 言っているそばからアレだ。何かガウルムさんの爪がブライさんの頭に当たった。しかも何気にクリティカルだったらしく、一撃でブライさんは死んでしまった。アレだ。ブライさんの運の悪さを嘆くべきか、ガウルムさんのとんでもない攻撃力に恐れおののくか……これはどっちだろう。


「はっ、はわわ~~っ!? どっ、どうしようっ、ごめん、ブライっ、わざとじゃないんだよ!?」


『こンのド阿呆! ンなことどうでもいいから早く蘇生せんかい! 今日まだセーブしとらんねん! 今日手に入れたお宝消えたらどうするつもりや!?』


 ぐったりとしてしまったブライさんを抱えてわたわたとするガウルムさんの目の前に、ホロウィンドウのメッセージが現れた。その下には4:43という数字が表示されており、刻々とその数字が減っていく。

 あの数字は死んでから蘇生するまでの時間制限で、アレを超えると嫌でもデスペナルティをくらってしまうのだ。あのメッセージから彼女、今日セーブしていないみたいだから、ここでデスペナをくらってしまうと結構困ることになるのだろう。


 それがわかっているからか、ガウルムもわたわたとアイテムウィンドウを開く。その拍子に、何故かブライさんを思いっきり地面に叩きつけてしまい、その体が大きく飛び跳ねた。ど、どんな強力で叩きつければアレだけ跳ね上がるんだろう……。


「はっ、はわわっ!? ごっ、ごめんブライ!」


『いいからはよせい!』


 未だ滞空しながらも蘇生をせかすブライさん。そのメッセージウィンドウに表示されている時間はもう3分を切っている。


「はっ、はわわ~~」


 何か気の抜ける声を発しながらガウルムさんはアイテムウィンドウを操作し――その手がはたと止まり、表情が絶望に引きつった。

 ちょうどそのときにブライさんが落ちてきて、地面に激突。ガウルムさん、また跳ね上がるところをキャッチしてその肩をつかんでぶんぶんと振り回す振り回す。ブライさんがっくんがっくん。


「ごっ、ごめんブライ! 蘇生アイテム切れてた!」


『あ、あああああああアホか~~~~~~っ!!??』


「だってぇ、だってぇぇ~~~!!」


 文面では怒り心頭、だけど血の気がうせぐったりとしているブライさんに、彼女を振り回して泣きまくる厳つい人狼。……これ、なんてカオス? 

 そんなことを思わずつぶやきながら、僕はアイテムウィンドウを操作した。


 ……まあ、これぐらいならいいよね? 助けてくれたし。



 ○



 数分後。


「こっ、これで貸し借りなしやからな!」


「ごめんねっ、ありがとうっ、ごめんねっ、ごめんねっ、ありがとうぇっ……はうう~……痛い……」


 何故かエラそうに胸を張るブライさんと、ごめんねとありがとうを連呼するガウルムさんがいた。って、あんた舌かんだんかい!?


「……い、一応、なけなしの金で買った唯一の蘇生アイテムだったんだけどなぁ……」


「はっ、いややね貧乏人は。あんな最低ランクの蘇生アイテムで恩売ったつもりになるんやからな」


 いやいやいやいやいやいや。助けてもらってそれですか。マジですか。泣きたいんですがいいですか。せめてお礼ぐらい言ってもいいじゃないか。


 そんなエラそうにふんぞり返るブライさんに、未だ痛そうに口を押さえていたガウルムさんが口を開く。


「駄目だよ、ブライ。ちゃんとお礼を言わなきゃ。助けてくれたんだよ? それに、お金がないのは最初の頃当たり前だもん。そこを責めちゃかわいそうだよ」


「わぁっとるっちゅうねんそんぐらい。まあ、うちくらいの天才になると最初のころからうっはうっはやったけどな」


「……嘘は駄目だよ、ブライ。私と会ったころ、ブライ滅茶苦茶貧乏だったよぅ」


「うっ、うるさいわっガウルム!」


 恥ずかしいこと暴露されたからか、顔を真っ赤にしてブライさんはガウルムさんを怒鳴りつける。ガウルムさんはびくっと肩をすくませるけど、そこを譲る気はないのがキッとブライさんをにらみつけた。おお、強気だ。

 対して、ブライさんは小さくため息をつく。


「わあっとるよガウルム。……ほんまあんたはこういうことには厳しいわ」


 ブライさんはそういうと、空中で何かを操作する。数瞬後、僕の目の前にメッセージウィンドウが開かれていた。


「さっさと承諾しい。トレードの譲渡や。安心しぃ、変なもんとちゃうから」


 その言葉を聞いて、戸惑いながら目の前の承諾ボタンに指を重ねると、アイテムウィンドウが開かれてアイテムが流れ込んできた。――って、これ!? 最上級の蘇生アイテム『天使の息吹』が10個に10万ラメル!? 天使の息吹はアイテムショップでは絶対に買えないもので、プレイヤー間の市場では1万ラメルで取引されるほどのレアアイテムだし、10万ラメルって言えば中級の個人用賃貸HOMEを向こう半年ぐらいは借りれるぐらいの大金だ。

 

 びっくりして顔を上げると、ブライさんはそっぽを向いてはなの頭をかいていた。そのほほは微妙に赤い。


「べっ、別にお前にやったんとちゃうで!? 勘違いすんなや! うちの命の正当な代価や! とっときぃっ!」


「えへへ、ブライ、いいことしたね?」


「なっ、撫でんなガウルム! ああっ、また爪がささっとるうちのHPがどんどん減っていきおるぅっ!? やめぃっていうかやめてくださいおねがいって坊主とめてぇっ!!??」


 ――結果。


 もらったばかりの天使の息吹をまた使う羽目になりました。っていうか殴られました。ブライさんに。何でもっと早く助けへんねんと。


 ……無茶言わんでくださいお願いだから。僕だったら一撫でされただけで死ねます。マジで。防御力上げてませんもん。

 ……まあ、ブライさんに殴られたので死んだけどな!


「……坊主、あんた防御力も上げとかなあかんで?」


「うぃ……」


 呆れたようにつぶやくブライさんに、僕は生返事を返した。だってそうだ。とりあえず、今の僕の感情はうれしいのか悲しいのかが半分半分で、ほかの事が考えられないのだから。


 ――そう、僕は今確かに死んだ。一瞬目の前が真っ暗になって、何か沼地に沈んでいくかのような僕を包み込むあの感覚は、思い出すだけでもおぞましい。だけど、その次の瞬簡には僕の目の前にはしかめっ面のブライさんの顔があった。天使の息吹を使ってくれたのだそうだ。


 さっきの『死』は、通常の『死』とは違った。聞けば、死んだ後僕の体の上には普通に時間制限の表示が浮き上がっていたという。だけど、僕はそのときの記憶がない。たぶん、あの泥沼に沈んでいくかのような一瞬が、ブライさんが天使の息吹を使ってくれるまでの時間だったのだろう。僕が死んでからブライさんが天使の息吹を使ってくれるまで3分ぐらいあったらしいから、あの一瞬は3分の出来事だということになる。


 つまり。


 僕は、3分間死んでいた。それが、あの一瞬。

 そこから考えられることは、僕は死んでから5分間の猶予がある。その間に誰かに蘇生してもらえば、僕は生き返ることが出来るということだ。もし、5分がたてば――そこから先は、あまり考えたくもない。


「ったく、おかげで今日は大損や」


 胡坐をかいていたブライさんはやれやれと首を振ると立ち上がり、ぽきぽきと体をならした。それにならい、ガウルムさんも立ち上がる。


「ま、今日のところはこれで帰るわ。ほなな」


「じゃあね、ソージ君!」


 ブライさんは小さく手を振って、ガウルムさんは大きく手を振って――ってぇっ!?


「うわうわわわわ当たる当たる!?」


「やめいガウルム死ねるまたアンタうち等殺す気かぁっ!?」


 ぶんぶんと吹き荒れる豪腕の嵐を必死によけつつ、僕は何とか安全圏に退避することが出来た。た、助かったぁ……――っ!

 なんだ今のとんでもない音!? 何かとんでもなく堅いもので何かを殴ったように聞こえ――


「……ブライさん?」


「……なんにも言うな、坊主。いつものこっちゃ」


 視線を上げた先にいたのは、巨大なモーニングスターを構えて肩で息をするブライさんと、倒れ付すガウルムさん。メッセージウィンドウが出てないってことは死んでいないってことなんだけど……。


「おらガウルム、さっさと起きぃ。この程度でノックダウンするアンタとちゃうやろ」

 再びモーニングスターをデータ化して収納し、ブライさんはがす、とガウルムさんの頭を蹴りぬいた。うわ……僕なら一撃で昇天しているな、アレ。

 しかしそんな一撃を受けながらも、ガウルムさんは頭に手を当てながらのっそりと起き上がった。


「うう……酷いよぅ、ブライ……」


「酷いんはアンタや。ところかまわず腕ぶんまわすんはやめぃ言うてるやろ?」


「ああ、痛い、痛いよブライ」


 がすがすがすがすがす。

 ブライさんのヤクザキック連打攻撃に、ガウルムさんは頭を抱えてうずくまった。その声は何かもう涙声だ。


「あかん、今日という今日は許さんでぇ、このこのこのこのこの!」


「うわーん」


 ……もう一度言っていいかな。


 ……何このカオス?






次もソージのターン。


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