ソージ4
ソージ4
ぼす、と賃貸HOMEのベッドに仰向けに転がる。
最初から備え付けてあった安物のベッドはしかし簡単に僕の体重を受け入れ、柔らかな世界に僕を導いてくれる。
「……ふぅ」
額に手を当て、小さくため息。それだけで、今日の疲れがどっと押し寄せてきた。
姫那は結局皐月のHOMEに住むことになった。さすがというべきか、皐月のHOMEは賃貸などではなくれっきとした一軒家で、彼女はそこに一人暮らしをしているらしい。空き部屋もいくつかあるようで、姫那はうれしそうに皐月についていった。おかげで、僕はこうして一人の時間を満喫できている。
一人の時間が好きだった。寂しい、とも思ってはいたが、やっぱり一人の時間は必要だと思う。だけど、今はこんなに一人の時間が怖い。ずっと一人ぼっちだということを嫌でもわからせようとするかのように、ざわざわと、心が波打つのだ。
「なんで……こうなっちゃったんだろうな」
僕はただ、ゲームを楽しみたかっただけなのに。
僕は、このゲームに囚われていた。
新世界のように思えた世界が、今はただの牢獄に成り果てている。
幸い……というか、何故か僕はこの状況を受け入れていた。たぶん……いや、きっといつも僕を強引に引っ張っていく姫那や、背中を優しく押し上げてくれる皐月の存在が、相当な助けになっているのだと思う。彼女たちがいなければ、僕は発狂していてもおかしくはなかった。
今は、ほんの少しだけど余裕も生まれてきている。おかげで、いろんなことに気付けてきた。
まず一つ目。この状況をゲーム管理者に伝えることが出来ない、ということだ。――否、ゲーム管理者が、僕という存在に気付けないのだ。何度か試してみたものの、その結果は惨憺たるものだった。ゲーム管理者の誰一人僕に気付くことはなく、姫那に頼んでゲーム管理者に通報してもらっても、結果は異常なし。本当に意味がわからない。
そしてもう一つ。僕は、“この世界で生きている”。
ベッドに横になれば眠気は襲ってくるし、おなかも減る。食事をすれば味も感じるし、満腹にもなる。眠くもなるし、そしてもちろん――ダメージを受ければ、痛い。さすがに死ぬほど痛いというわけではないが、それでもダメージを食らってしまえばパニックになることは必至だった。
まるでこの世界が現実になったかのような感覚。それが、今僕を縛り付けている頑強な鎖だった。
「あー……もう」
ぼりぼりと頭をかいて苦笑いを浮かべる。一人になるといつもこうだ。悪いほう悪いほうに考えてしまう。リアルの性格がそのままこっちにきてしまったかのようだ。……いや、僕はもうこっちの世界に囚われてしまっているのだから、リアルとかバーチャルとかもう関係ないのだけど。
……。そういえば、現実の僕の体ってどうなっているのかな……。ダイブ中の体は眠っているのと同じ状態になる。ただ、脳は覚醒状態なので、言ってしまえば金縛りのような状態だ。僕がこのゲームに囚われて一週間。さすがにそれだけ連続ダイブしていれば、食事や排泄などあまり考えたくもないいろいろなイベントが体に降りかかっているだろう。
――、今、僕に残されている道はふたつ。
一つは、何らかのリアルでのアクションを待つ道。ログアウトが出来なくなっているというのが何らかのバグだった場合、それはワールドワイドソフトに連絡を入れればそれで終わりだ。仮にも世界最高峰のIT企業、いくらとんでもないバグでも、僕の想像もつかないような優秀な人材がそれを解決してくれるだろう。
なんとも人任せな作戦だけど、……けれど、現実的な問題で僕に残された手はそれしかない。
そして、もう一つ。現実的ではない手だ。考えるのも莫迦らしい手。僕自身が、この状況をどうにかする道――。
「――は」
思わず笑いが漏れる。不可能だとはいえない。何せ、僕の手の内には“アレ”がある。アイテム欄に入れた瞬間装備状態になり、装備からはずすことが出来なくなった“アレ”が。――おそらくは、僕をこの状況に追い込んだ“アレ”が。
だけど――
「できるかよ」
怖い。
怖い。
怖い。
何かが怖い。
僕を導こうとする何かが怖い。
僕はただ遊びたかっただけだ。
楽しく。皆で。内向的な性格でも友達が出来るというゲームで遊びたかっただけだ。
なのに。
なのになんで。
なのになんでこんな――。
「――ッ!」
僕は頭を振り、立ち上がった。
駄目だ。一人でいると、やっぱりどうにかなってしまいそうになる。
「……仕方ない。SP稼ぎにでもいくか」
○
ぐっと背筋を伸ばす。ぼき、と腰がなった。かすかな痺れと、微妙な快感が脳髄を刺激する。
「んー……」
一人の冒険も、何か久しぶりに感じてしまう自分に、思わず苦笑いを浮かべる僕。そういえば、今までの冒険はみんな、皐月や姫那が一緒だったよなぁ……。
「マジックスキルオープン、シィード・アヴィリティ」
そんなことを考えながら、自身に補助魔法をかける。ここ一週間でシィード・アヴィリティはLv5にまでアップし、その成長した効力が僕の速度を倍増させる。
その瞬間を見計らい、たまたま隣りを通りかかった鹿のようなモンスター、エンドルをターゲティング。つい先日買い換えた、俊敏値がアップする特殊武具『シィードソード』で切りつける。
「しっ!」
その外見からは信じられないほど鈍いという特性をもつエンドルは簡単に僕の攻撃に翻弄され、簡単にHPバーをゼロにまで追いやった。しかし、それだけでは終わらないのがこのモンスターの厄介なところだ。
『きゅるるるるるるるるるるっっ!!』
まるで悲鳴のような声が響く。エンドルはHPバーがゼロになる瞬間、その特殊な音波を響かせて周囲のモンスターをひきつけるという特性を持っていた。とはいえ、ここらのエリアではさほど強いモンスターはいないので、あまり脅威には感じない。シィード・アヴィリティがかかっていれば全てが避けられる攻撃だし、今の防具ならさほどダメージはないはずだ。多少の痛みなら、もう我慢できる。
視界の隅に点灯しているMAPに、モンスターを示す赤い光点が僕を中心にいくつも出現していく。
……って。
……あれ?
……なんか……多くない?
エンドルが呼び寄せるモンスターは多くてもせいぜい10匹程度のはず……。なのに、出現している光点はもう20を超え、まださらに増えていっている。
「うわうわうわうわうわ!?」
いくらなんでもこんなに多くのモンスターを相手にすることは無理だ。僕は一目散に逃走を図ろうとするが、しかしモンスターは僕を中心にゆっくりとその輪を狭めていく。要は、包囲されていた。
「なっ、なんだよこれ!?」
エンドルを倒すのは初めてじゃない。だけど、こんなのは初めてだし見たことも聞いたこともない。
「――冗談じゃない!?」
いくらなんでもこんなにたくさんのモンスターを相手にするのはやばすぎる。いくらすばやく敵を倒していっても、絶対に途中でシィード・アヴィリティの効力が切れて、それで待ち受けるのは、死――
「――ッ!」
どくん、と。
考えないように。考えないようにしていたことが脳裏をよぎる。
――僕はこの世界に生きている。行動すれば疲れるし、眠らなければ眠くなるし、そしてダメージを食らえば痛みも感じる。
――じゃあ。
じゃあ、もし。
もし、――死んでしまえば、どうなるのだろうか。
どくん。どくん。どくん。
あるはずのない心臓の音が、やけにうるさく聞こえる。
いやだ。死にたくない。
死ぬ。
いやだ。
――なら、使えばいい。
瞬間。
僕は胸元に垂らされた、“ソレ”に手を伸ばし――
「――ォォオオオルォルゥゥゥァァアアアアアアアアア!!」
天地を貫かんとばかりに張り上げられた咆哮が、僕を現実に引き戻した。
「ッ!?」
鼓膜がびりびりと振動し、思わず耳をふさぐ。その瞬間を見計らってか、モンスターが四方八方から押し寄せる。しかし、僕が慌てるまでもなく――
「はわわぁぁ~~!?」
気の抜ける掛け声と鼓膜を破らんとする咆哮と共に飛び込んできたふたつの影が、飛び掛ってきたモンスターを瞬殺していた。
「……は?」
その光景を、僕は呆然と見つめていた。
ふたつの影のうち、一つはたぶん人間種の女性だ。170前後の艶かしい肢体を黒のボディコンで包み、何故か異様に鎖の部分が長いフレイル型のモーニングスターを振り回している。そのたびに癖のある真紅の長髪が舞い、赤い軌跡を刻んでいく。体に刻まれる紋章から察するに、属性はきっと雷だ。モーニングスターを装備できることから、職業はおのずと舞士からの派生である二次職の武道家か、学者からの三次職である神道求者のどちらかと判断できる。
だけどもう一つ。
まるで暴風のような鉄球の嵐をかいくぐり、まさに目にも留まらない速度で次々とモンスターを屠っていくプレイヤー。
光の角度からは蒼銀に見える青い毛皮のたてがみを逆立て、鋼鉄をもバターのように切り裂く強靭な爪と筋力を武器に大立ち回りを演じている。一見、体色は蒼だから属性は風だと思えるけど、その190を超える巨躯に刻まれる紋章が指し示す属性は水。元来すばやさというよりも防御と魔法向きの属性だというのにあれだけの俊敏力を出せるのだから、とんでもない高レベルプレイヤーだ。
――まあ、それも当然かもしれない。何せ、彼の種族は獣人種の中でも俊敏値がトップクラスである、『人狼族』なのだから――
「はわっ、はわわっ」
……。
……。
……?
一瞬の思考停止。何さ、今の。
呆然と耳を疑う僕を尻目に、目の前の戦闘はあっという間に終了していた。
何か効果音がつくくらい堂々と僕の前に仁王立ちでその存在をアピールしている二人。行き場のなくした胸の前にある手をごしごしとレザースーツにこすりこすりつけ、僕は苦笑いを浮かべる。
「え、ええと……助けてくれてありがとうございます。ぼ、僕は――」
「うんにゃ、聞く気ないんで名前おしえんでええよ、別に。表示されてんの見りゃわかるやん」
そう言って、自己紹介をさえぎったのは少し変ったイントネーションの関西弁を使うボディコンの女性のほうだった。見るからに圧迫感を感じる巨大な鉄球をデータ化して消し、女性はにやりと笑う。
「ま、それを坊主にまで強要するんは気の毒やからな、うちの名前は教えといたる。うちはブライ。職業は見ての通り三次の神道求者や。で、こっちは――」
「が、ガウルムです!」
話を振られ、唸るように自分の名前を叫んだワーウルフ――ガウルムさんは、見るからに緊張していた。なんでさ。そんな相棒の様子に、ブライさんはたはは、と小さく笑う。
「ああ、気にせんといて。この娘上がり症やさかいに。それにしても坊主、運悪かったなぁ」
「……え?」
「ちゃんと、公式HP見とらんとアカンで? 今日はモンスターポップ率三倍日や。つまりエンドルが呼び寄せるモンスターも三倍になっとるっちゅうこっちゃな」
「げっ」
その言葉に、僕は思わず引きつった声を上げた。なるほど、それなら確かにあの大量のモンスター出現もうなずける。僕はがっくりと肩を落とすと、大きく安堵のため息をついた。
「た、助かった~……」
「にょほほ、その様子やと、マジで知らんかったようやね。てっきり日付かわったん気付かずに冒険出たんやと思っとったからなぁ……まぁ、ええわ。ほな、商談といきまひょか」
「――商談?」
ぽつり、と。
無意識のうちに聞き返していた言葉に、ブライさんの目がきゅぴーんと光ったような気がした。
お色気担当登場(キリッ
次はナツキ編の予定です。
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