ナツキ4
ナツキ4
「はあ? まぁた意識不明者?」
「ああ、そうだ」
ばさり、とデスクの前に書類が放り投げられる。調査書のようだ。……ほんと、何でこんなのゲットできるのか小一時間問い詰めたいよ所長。
……というか眠い。昨日一晩ずっとダイブしていたからなぁ。うわ、3時間ぐらいしか寝てないよ、私。いくら寝ているのと同じ状態だからって、脳は覚醒しているのだ。休ませないと駄目だなぁ。このままだとネット廃人一直線かも。
「……おい中村。目が虚ろだぞ。まさか一晩中ダイブしていたのかよ」
呆れたように所長がつぶやいた。そうは言いながらもその手にはコーヒーカップ。ああ、ホント愛していますぜしょちょー。
目の前に置かれたコーヒーカップの中身を一気に飲み干す。泥のように濃ゆいコーヒーは、私ののどを焼きながらも私の脳にカフェインを送りまくる送りまくる。あちあち。
「っく~~~。きく~~~」
久しぶりだ、この感じ。若いころは殆ど毎日がこんなのだった。今にして思えば、よく肌が荒れなかったものだ。うん、自分の体に感謝感謝。
「目が覚めたか」
「うっす」
きつく閉じていた目を開ける。私特製超自慢超高性能のPCを挟むように、一人の男性が立っていた。手入れをしていないため伸びに伸びた髪の毛を後ろでまとめ、180センチ以上はある体格に薄汚れたトレンチコートを着込んでいる、ちょっとだらしのない中年男性。顔は比較的端正だというのに伸び放題になったひげがそれを台無しにしている。
だというのに、46歳という実年齢にもかかわらず30歳前半にしか見えない反則的な若々しさを持つ男。それが、私が就職している探偵事務所、比嘉探偵事務所の所長、比嘉正二だ。
「じゃ、とっとと書類を見ろ。ったく、俺様がどうしてこんな面白そうな依頼を担当できんのだ」
「適材適所ですよーしょちょー。PC分野なら私、リアル分野なら所長じゃないですかー」
「……クソ。ホントコンピューター社会になってきやがって……。一昔前の人間に死ねとでも言っていんのかよ」
「しょちょーは一昔どころか七昔ぐらい前の人間じゃないですかー? 何せ、殆どPC使えませんもんねー」
「……お前のPCが要求するテクニックがとんでもないだけだ。普通のコンピューターなら人並み以上に使えるっつーの。いつの間にか事務所のPCにまで自作のOS入れやがって……使いづらいったらありゃしねぇ」
軽く受け受け応えしながら、私は所長が調べてきた書類をぱらぱらとめくっていく。
「ええと……女の子ですねぇ。名前は……沖田のぞみ、18歳。PC暦は9年。うわ、相当なマニアだわ、これ」
分厚い便底めがねをかけた、いかにも、な少女だった。どうやら相当なPCマニアらしく、サイバーポリスからは要注意人物としても見られていたようだ。……なんか、昔の自分を見ているようで、少し複雑です。
「例のゲームはβ版当初からの古参プレイヤーのようだな。ええと、なんだ……学校ではクイーンとか呼ばれているらしい」
「クイーン?」
「ああ。その学校の生徒の大多数もシンドルビック・オンラインやってるみたいでな。その中でいろいろと初心者に親切にしたりしていたらしい。いまやその学校のメンバーが中心となったギルドの長をやっていたようだ。構成人数312人。ギルド名は『クイーンズナイト』……ねぇ。結構でかかったみたいだな」
「うわ……」
それは少しきつい状況かもしれない。300人もギルドメンバーがいるのなら、そのリーダーの長い不在はギルドメンバーの不信を買う。特に、中心となっているギルドメンバーの殆どがリアルでの友人関係だというのなら、リーダーがどうなったか、なんてのはすぐに知れ渡ってしまうだろう。
「どうなりましたか?」
「ぎりぎりだった。この情報手に入れるのがあと1日遅かったらWWSに隠蔽されていたな。俺が情報仕入れに学校にいってみりゃ、中心メンバーの連中、リーダーはWWSの新プロジェクトに選ばれて、それで少しギルドを離れている、という通達が来ていたらしい」
「うーわー」
所長の言葉に、私はもう思いっきり天を仰いだ。WWSがこの意識不明事件に何らかのかかわりを持っているのが確実になったからだ。
つまり。これは単なる偶然の結果ではなくなった。そうまでして隠蔽しなければならない『ナニカ』がそこにあるのだ。
「で、だ」
私がジンジンする目を押さえながら天を仰いでいると、ばさ、と手の甲に紙の感触が触れた。しかも重さと音からして、相当な分量に上っている。
「感謝しろ。WWSに目をつけられないようにこいつをゲットしてくるのは骨が折れたぞ?」
「これって……」
「意識不明になった可能性のあるプレイヤーの名簿だ。俺様はこれからそいつらの身辺調査に行ってくる。何、名前さえわかってりゃ身辺なんぞすぐに調べつくしてやるぜ。あと一週間もありゃ、そこに書いてある名前25人分全員、最後にお漏らしした年齢まで調べてきてやる」
25人……か。
おそらく、それが全てじゃない。きっと氷山の一角だろう。所長の情報収集能力を信じていないわけじゃないけど、それでも限界は存在する。特に相手はあの巨大IT企業ワールドワイドソフトだ。きっと私のハック能力でも、向こうのメインコンピューターには忍び込むことは難しい。――せめてあとお金が二百万円ほどと、専用のPCを組む時間がほしいにゃぁ。
さすがにソレだけのお金を動かせるほど、先輩も裕福って訳じゃないし。というかあの人エリートにもかかわらず基本的に貧乏だ。スポーツカーを買う、なんて馬鹿な趣味持ってるせいで。
「じゃあ、私はまたダイブしますね。こっちでも一つ手がかり見つかったぽいんで、そっちの線で進めてみます」
マツカサと如月君のことだ。約束を取り付けたのが昨日。それからSP稼ぎに付き合ってもらって、徹底的にアヴリュスの魔眼の強化に努めた。例のクエストに出るのが1週間後だから、それまではまだまだSP稼ぎだ。
できるならもう少し時間が欲しいところだけど、だけどこればっかりはどうにもならない。やるしかないのだ。
「そうか……あー……いいか、探偵の鉄則だ。手がかりつかんだっつっても、それだけに意識を向けるなよ。何事もいろんなもんとつながってモノを成してる。全体見て、それから判断しろ。あと、都合が良い展開が続く時は注意しろよ。絶対なんか裏がある。特に美女だな。アレはやばい。俺のようなスゲェナイスガイになるとだな、ハードボイルド的な出会いとかいろいろあるんだが――」
「リョウカイです!」
私はびっと敬礼すると、ヘッドマウントディスプレイをかぶった。
○
「さてと」
私は小さく呟きを漏らして、改めて時間を確認する。如月君たちとの待ち合わせには、まだ時間があった。
「……どうしましょうかね」
暇つぶしにアヴリュスの魔眼を発動しながら、思案をめぐらしていく。
ポーション。万全。
体力。万全。
セーブ。当然。
……すること、ないなぁ。
「あ」
そうか。まだ時間があるんだ。なら……そうね。例のギルドを見に行ってみるのもいいかもしれない。
「行ってみますか」
手がかりは少ないだろうけど、行ってみて損はない。
ええと……確か……ギルドは特定の街に本部を持っているはず。要はギルド版のHOMEだ。中には賃貸HOMEをギルド本部にしているギルドもあるらしいけど、ほとんどはギルド専門の賃貸物件を借り、そこをギルド本部にしている。
そのため、ギルド本部の所在地は調べれば簡単にわかるようになっており、今私が覗き込んでいる案内表には、ものの見事に検索ではじき出されたクイーンズナイトの所在地の場所が刻まれていた。
「ええと……場所はメル・ラウド……あら。この街じゃない。意外と初心者向けのギルドみたいね」
案内板に表示された地図をダウンロードし、それを眺めながら街中を歩いていく。道すがら、BBSでクイーンズナイトの情報を集めることも忘れない。
「ギルド、クイーンズナイト。創立は半年前。初心者に懇切丁寧に教えていた現ギルドマスター、白蓮とその親友が中心になって作り上げたギルド。300人あまりのギルドメンバーを抱える規模的には中の下のギルドではあるが、どんなプレイヤーにも分け隔てなく接するギルドメンバーはそれなりに人気がある、か。月の館の縮小版みたいなものね」
ぽり、とほほをかいてみる。あまり悪いことは書いていないが、なーんか胡散臭い感じがぷんぷんと。なんだろーな、この感覚。
「ま、実際見てみないことにはわからないけど……」
やめとこうかなぁ。何か、いやな予感っていうか、地雷臭っていうか。
「……あ、遅かった」
ぶちぶちと悩んでいると、いつのまにかギルド本部の前まで来てしまっていたらしい。うーん、ここまできちゃったんだから、仕方ないよね。
ギルド、クイーンズナイト。その行動理念は、世界の謎の探求。言い換えれば、ゲーム攻略情報の収集とその公開だ。
ウン千万人がプレイするゲームなだけあって、このゲームは巨大だ。この世界を構成する三つの大陸。そのうちの一つ、全てのプレイヤーの開始地点となる大陸の中心都市がメル・ラウドなのだけど、私から見ても巨大な都市はしかし他の大陸の都市とくらべれば最も小さな都市になるらしい。
マップエリアも広大で、山や川はもとより、街一つを飲み込んでしまいかねない巨大な湖なんてものもある。しかも地下にはダンジョンが、山には遺跡が、そして空には島がと、冒険するマップには事欠かないときているのだから、たまらない。サービスが開始されてから二年がたつが、それでもこのゲームの全てを攻略したプレイヤーはまだ存在しないのだ。
そんなゲームだからこそ、攻略情報を公開して他のプレイヤーの役に立とうとするギルドはいくつか存在している。クイーンズナイトも、そのうちの一つだった。
――とはいえ。その全てが善良なギルドというわけでもなく。
「――ああ、なるほど」
ギルド内部に入った瞬間、私はあの地雷臭の原因を感じ取った。
懐かしい、昔の自分を髣髴とさせる雰囲気を持つ内装は、私にとっては不愉快だ。よくもまあこんな堂々とやっているものね……。
「あ、お客さんですか?」
思わず顔をしかめていると、奥から一人の青年が出てきた。緑色のローブを身にまとい、片めがねをかけている人のよさそうな青年だ。――まあ、こんなことしている時点で人のいい、なんてことはありえないのだけど。
「ええ、そう」
極力笑顔を浮かべながら、私は頷いた。それを見て、青年は意を得たりとにっこりと笑った。
――その笑みに。
私の中の何かが違和感を知らせる。見た目は完全に人だというのに、その中身はまったく違うのもののような――先輩や、所長とはまたまったく違った、存在感ともいえない妙な違和感。
思わず表情が変わりそうになるのを力ずくで押さえ込む私を、エイン君は緊張しているととったのか、安心させるかのようにひとつうなずいてみせる。
「緊張する必要はありませんよ。私はエイン。クイーンズナイトの騎士隊長を勤めさせていただいています。今、マスターは事情によりおりませんので、私が代行を務めています。……本日はどのようなご用件ですか?」
「ええと……」
さて。何を訊いたものかしらね。下手な質問をしてしまえば、私このギルドに入会させられかねないし。
「白蓮さんに用があってきたのですが……」
とりあえず悩んだ末、いないとわかっている白蓮のことを出してみる。いきなり手札を切ってみたのだけど、はてさて、どう出ますかね。一応ギルドマスター代理とかやっているんだから、彼もリアルで沖田のぞみと親交はあるはずだ。所長の話が本当なら、WWSの話を信じているはずだけど……。
「ああ……うちのギルドマスターに御用でしたか。それは失礼しました」
……?
一瞬、顔色が変ったような……。
「すいません。先ほども申しましたが、クイーンは今、事情によりおりません」
あ、クイーン。
さっきマスターって呼んでいたのに、いきなり変ったなぁ。使い分けている風ではないけど……なんでだろ?
「――ですが、『商品』でしたらいつでもご利用は可能ですよ。今ご使用になられますか?」
ふと。
そんな言葉がエイン君から漏れた。――商品って……なるほど、ギルドぐるみなのね……はぁ。
一応確認はしておこうかしら。勘違い、って事はあるし。っていうかそうであってほしいわね。
「……一応見せて欲しいわ。――それが目的で、来たんだしね」
「ええ、わかりました。こちらに」
エイン君は笑みを絶やさずにうなずくと、私を促しつつ奥に入っていった。私もそれを追う。
一分ほど歩いていくと、そこにあったのは小さな扉だった。エイン君は懐から鍵を取り出すと、それを扉の中央にかざす。
「開きなさい」
ぽう、と扉が淡い光を放った。両開きの扉は、静かに振動をはじめ――いきなり、上に引っこ抜かれるようにして消えていった。
――す、スライド式……!?
いきなりのフェイントに思わず目を見開いた私に、エイン君はくすくすと笑い声を漏らしていた。
「初めての方は皆これに驚きますよ。クイーンは妙なところで凝り性ですから」
「はあ……」
凝り性って! 凝り性ってっっ……!
まさしくこれは才能の無駄遣いだ。干渉不可が基本の建造物オブジェクトのプログラムを一部いじり、こういう動作が出来るようにしたんだろう。というか、それしか考えられない。――もちろん、それは俗にチート行為と呼ばれる重大なマナー違反だ。
となると、これはもう確定か――。
ギルド内部に入ったときから、この匂いは感じ取っていた。チート行為特有の匂い。それに慣れた人間にしか感じ取れない、なんというか、その……“くすんだ”匂いだ。
そして――私が特に嫌う匂い。
「……」
私は思わず顔をしかめた。
しかし、エイン君はそんな私を見て、ふっと笑みをこぼした。
「ああ――やはり勘違いをしていましたか」
「――え?」
ぽつり、とエイン君がこぼした言葉。
それに私は、眉根にしわを寄せた。
「確かに、私ども――いえ、クイーンは俗に言うチート行為をなされるだけの実力をお持ちです。しかし、それだけが全てではない」
そう言って、エイン君は暗闇の部屋に明かりをともす。瞬間、そこは宝物庫に変貌していた。――ある意味での、宝物庫に。
「御覧なさい。アヴリュスの魔眼を持ち、クイーンと同じくこのゲームの深遠を探ろうとする者よ。
御覧なさい。クイーン以上の実力を持ち、クイーンの力を嗅ぎ取った者よ。
御覧なさい。深遠を知ろうとした、クイーンの成れの果てを。
御覧なさい。クイーンのようにならぬように。せめて。クイーンの魂が報われるように」
そこには。
「――何、これ……」
純白のベッドの上で、静かに眠る――白蓮の姿があった。
次はソージ編を予定しています。
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