ソージ2
ソージ 2
「マジックスキル『ヒール』オープン」
短縮呪文に入れておいたヒールを唱え、レッドゾーンに突入していたHPを回復させる。今日は思いのほか調子が良かったから、ついつい深追いしてしまった。初心者であろうと関係なく降りかかってきやがるデスペナルティは、結構きつい。気をつけないと。
Lv2のヒールは、HPを三割以下のレッドゾーンから三分の二ぐらいに回復させた。あとは自動回復で十分だろう。
「ええと……」
MPも残り半分ぐらいに下がっている。ほんの三回ほど魔法を使えばこれだ。まあ、地道にステータスを上げていくしかないから、今は我慢するしかないんだけど。
僕はそう思いながら、シィード・アヴィリティの効力時間が切れたことを確認し、手に入れたSPで現存のスキルの強化をしていく。戦闘に必要なスキルはもう全部習得しておいてあるから、あとはもうスキルLvを上げるだけだ。
今回あげるのは戦闘反射と片手剣。残りは、基本的な能力値に影響を及ぼすステータススキルをあげるのに使う。これ系のスキルは習得していないとステータスをあげられないので、まず必須と言い切れるスキルだ。ええと……『体力上昇』と『俊敏値上昇』のレベルを上げておこう。攻撃力は、まだこのあたりの狩り場なら大丈夫そうだ。
僕は大きな木の根元に腰をすえると、スキルウィンドウを操作していく。手馴れたものだ。最初のうちは少し戸惑ったけど、今はもうそんなことはない。ものの数分で全ての作業を終え、僕は立ち上がった。座ったほうがMPやHPの回復量が高くなるし、ターゲティングされていない限りモンスターに襲われないので、スキルウィンドウを開くときは座ってやるのが常識らしい。これを知らなかった初日に、立ったままスキルウィンドウを操作していて、モンスターに不意打ちされて死んだのは良い思い出だ。
「さて……」
見ればHPは九割がた回復している。MPもほとんど回復済みだ。
「マジックスキル『シィード・アヴィリティ』オープン」
僕はすぐさまシィード・アヴィリティを発動させ、自分の能力を上げる。そのモンスターが草場から飛び出してきたのは、その直後だった。
「っと!」
反射的に片手をつき、足下を通り過ぎていくモンスターに崩れてしまった体勢を支える。すぐさま剣を抜いて、飛び出てきたモンスターへと向ける。
「って、アルフィフ!」
そこにいたのは、虹色の体毛を持つウサギ型のレアモンスター、アルフィフだった。しかもその頭にはサンタ帽が乗っかっている。通常より格段レア度の高いアイテムを落とすランダムモンスターの証である。
「はああ!」
僕はすぐさまアルフィフをターゲティングし、右手に握った剣で攻撃を仕掛ける。さすがというべきか、アルフィフはすばやい動きでそれを回避。まあ当たるとは思っていなかった。アルフィフの回避能力は全モンスター中最高格の値を持っている。正直、僕程度の命中率では当たるはずもない。――が。
風属性の剣士には、一つ、面白い限定攻撃スキルがある。通常攻撃よりは威力が極端に下がるけど、その命中率は百発百中。
アルフィフのような、素早さも高くすぐに逃げてしまう敵御用達の技――!
「コンバットスキル『当刃』!!」
攻撃スキルを音声入力。直後、僕が装備している片手剣――ワンハンドブレイダが濃緑色のエフェクト光を纏い、アルフィフにまるで最初からそうなることが決まっていたかのように吸い込まれていく。
直後、打撃音。運よくクリティカルが出たようだ。だけどまだアルフィフは倒れない。
「まだまだぁ! コンバットスキル『真紅』!!」
クリティカルの最大の特徴は、攻撃がヒットしたあとの硬直だ。モンスターによってはその硬直時間はマチマチだけど、どんなモンスターでも必ず一撃だけは当てられる時間硬直する。
それを利用し、現在僕の使える最高の攻撃力を誇る攻撃スキルを発動させた。
真紅のエフェクト光を纏ったワンハンドブレイダが、アルフィフに大上段から振り下ろされる。真紅の軌跡がそのあとを追い、そして無数の突きがアルフィフに繰り出され。
「とどめぇ!!」
大氣を震わせ、風を纏った真紅の剣が、アルフィフを完全に捕らえた。
「これで!」
元々アルフィフは超レアモンスターだけど、その能力は低い。それは、このモンスターがどの大陸の狩り場にも出現して、レア度の高いアイテムをランダムに落とすアイテムモンスターだからだ。アイテムモンスターは戦闘レベルやHPが低く設定されているから、今の僕でも十分に倒せるはず。そして、この一撃は、確かにアルフィフのHPを0においやっていた。……と思う。
視認できるHPバーは確かにゼロになっていたけど、アルフィフは通常のアイテムモンスターとは何かが違った。普通のアイテムモンスターは、倒したあとは通常のモンスターと同様にすぐに消え、そこにアイテムを落としていくはずだ。しかし、このアルフィフは消滅せず、光の粒のようなものになって何か別の形状に変化していっている。
「何だ……こんなこと、きいたことがない」
数あるアイテムモンスターの中でも特にレア度の高いアルフィフだけど、それでも公式設定では通常のアイテムモンスターと同様の仕様だったはずだ。こんなアイテムドロップの仕方は絶対にしないはずだけど……。
「……バグ? でも、一応スキルポイントは溜まってるよな。それに……一応、アイテムにはなってるし」
ついにアイテムに変化したそれを拾い上げてみる。丸い、こぶし大の水晶のようなアイテムだった。拾い上げたことでこのアイテムは僕の所有になるはずだった。僕は早速アイテムウィンドウを開き、それが一体何なのか、確かめてみる。
「『ドラゴンスフィア』?」
これまた聞いたことのないアイテムだった。ええと、分類は装飾類だな。効力は……
「――っ! 一時的に……!? なんだこりゃ!!」
そこに記してあった効果は、信じられないものだった。しかも共通獲得限界数は1個。つまり、このゲーム中にこのアイテムは一つしかないってことになる。レアアイテムどころの話じゃない。むしろこれは、『レアアイテムにもなれないレアアイテム』だ。
レアアイテムは、人が求めてこそ――需要があってこそレアアイテムとなる。一つしかない、そしてその存在が知られていない以上、このアイテムはレアアイテムですらない。
「効力もさることながら、まったくとんでもないものをゲットしちまったよなぁ……」
僕は苦笑を描き、そしてしばらく考えた後アイテムウィンドウを閉じる。今の僕にはこのアイテムは使いこなせそうにない。
しかもこの効力が本当なら、下手に情報を公開すれば、それこそPKの的になってしまう。そんなのはごめんだった。
「ん?」
ふと、喧騒が聞こえてきた。
「何だ……? ――まずっ!」
僕が振り向いたその先には、逃げてきている一人の少女と――それを面白おかしそうに追う複数のプレイヤー。間違いなく……プレイヤーキラーだった。
「ああ、いいところに! 助けてください!!」
「無理だ!!」
僕の顔を見たとたん、顔を輝かせて助けを求める少女。しかし、今の僕にそんなことができるはずもない。
数秒後には、僕と少女は並んでPKどもから逃げていた。
「なによなによなによ! 女の子一人助けられないなんて、恥ずかしいと思わないの!?」
「スキルの差がありすぎるんだって! 初めてまだ一週間もたっていない初心者に高望みするな!!」
や、こんな会話しているけど正直余裕はない。PKどもはどう見ても僕よりかすばやさは上だ。たぶん、シィード・アヴィリティを使ってもそれは変わらないと思う。じゃあどうする? GMコール? そんなん助けてくれるわけがない。
「そんな暇ないしな!!」
「なに誇ってんのよ!?」
はっはっはと笑いながら走ると、併走する少女がすかさず突っ込んでくる。むう、だって仕方ないだろ? まだスキルレベル低いんだからさ。
それよりも考えなくちゃいけないのは、いつまでこの状況が続くかということだ。追いかけてくるPKどもは五人。それも、どれもこれも僕より基本ステータスは上で、装備品も僕より高価なものばかり。けんか売ってんのかこのやろう。殺されかけてますよこのやろう。うわーん。
さて、マジでどうしようか。ちらりと振り返ってみる。あのPKどもの顔を見る限りでは、彼らは僕たちを追って楽しんでいる。特に途中から飛び入りしたイレギュラーでさえも迷いなく追いかけているから、自分たちが勝つのに絶対の自信をおいているのだろう。事実、僕はあいつらにかないそうにないし。
じゃあどうしよう? あのアイテムを使えば多分どうにかなるはずだけど、正直使いたくはない。『ドラゴンスフィア』はまだこのゲームでも知られていないアイテム、“レアアイテムにすらなれない超S級レアアイテム”だ。こんなところで使って、それで悪性プレイヤーなんかの的にされたくない。
ならログアウトするか? それも無理だ。ログアウトするには10秒間その場に立ち止まっていなくてはいけない。今そんなことすれば間違いなく集中砲火を浴び、んでもってPKされる。そうすればデスペナルティでせっかく習得した今日の分のスキルが破棄され、昨日の状態に逆戻りだ。そんなの、ほんっっきで勘弁してもらいたい。
なら、残るは――
「『風の神ジルフェーラの加護を受けし風の精霊』」
短縮呪文欄に入れていないのでいちいち呪文を唱えなくてはいけない。その呪文を聞いて、横の少女が希望を見つけたように僕のほうを見る。たぶん、この状況を何とかする魔法を唱えようとしていると考えているのだろう。
――ごめん。そんな魔法じゃないっス。
「『同じく加護を受けし我が望む。わが声を高らかに響かせよ』『シンフォニック・チェーン』」
そして大きく息を吸い込んで。
「たぁすぅけてえええええええ!!!! PKされかけてまあああああああああああああああす!!!!」
広域音響魔法、シンフォニック・チェーン。習得レベルは1だから半径2フィリ(1キロ)ぐらいのエリアに声を響かせるという魔法である。
――察しのとおりすんごく恥ずかしいので誰も習得したがらない魔法NO1。とにかくこれで誰か助けに来てくれるのを期待するしかないなー。
あ、横で女の子がずっこけかけてる。
やー、よくこけなかったな。
んで後ろでは少し呆然の後大笑いと。ま、覚悟してやったんだけど、なんだかなー。
「ぎゃーはっはっは! あいつ馬鹿じゃないか!?」
「あんな魔法マジで習得してるの初めて見たぜ!!」
「ぼくー本当に○×△×△ついてますかー!?」
……あー。なんかすんごくむかつく。ちなみに記号になっているのは、まあ、それなりのお下品な言葉が使われているということ。じかに耳に聞こえるのもその部分だけピーとか言う無機質な音声になる。いやー、よくできているなー。
ま、これでまた時間は稼げたというわけだ。そして生存確率も上がったと。あいつらは完全にこれを娯楽として捕らえた。これで、また僕がまた面白いことをするかという期待が刷り込まれたわけだ。後は助けがくるまであいつらを退屈さえさせなければ、生き残れる……はず。
で。
その助けは意外と早くやってきた。
ずん、と空から人が降ってきたのだ。――いや、厳密に言えば人間種じゃない。あの背から生える巨大な翼は――!
「『翼人種』!?」
今日は本当にレアに縁がある日のようだった。
なにせ、『人間種』よりも『風』の属性に特化したこの種族は、ゲームを開始した際に一割の確率で選べるようになるというレアな種族である。しかし、それにあたった人が翼人種を選ぶわけではないので、その数は結構少ない。けど、スキルは必要だけど、ある程度自由に空を飛べるという他の種族にはない特性から、この種族が選べるようになってるインストールパックは結構高値で取引されているらしい。
しかも羽も髪も色が蒼と来た。これまたランダムでエディット欄に出現する蒼は、風の神ジルフェーラの加護を受けやすい色だから、たぶん彼女は風の神ジルフェーラの加護を通常よりも多く受けているはず。とどのつまり、風系のスキルは通常よりも威力を発揮するし、風系の攻撃は効きにくいということだ。
「大丈夫か?」
少しこちらのほうに顔を向け、体はPKどもに向けたままで少女が言った。そのたたずまいからは強烈な『私は強いんですオーラ』が出ていて、僕でもわかるほどだからきっとPKどももわかっているはず……
「んだ、てめぇはぁ?」
……なかった。
って。ちょっとマテ。
「あ……あの娘がつけている腕輪って――」
どうやら、横の少女も気づいたらしい。間違いない。彼女が右腕につけている腕輪は、その構成員が万を超える超巨大ギルド『月の館』のメンバーの証だ。月の館は確かPK撲滅運動なんかやっていて、上位実力者なんかがいろいろなエリアをパトロールしているらしい。
もともとは初心者支援のために設立されたそうだけど、今ではこのシンドルビック・オンラインの二大ギルドの一角としてその知名度を上げており、その行動も少し変わってきている。ありていに言って、警察みたいな感じに。初心者に対しても、礼儀正しい人には支援をするけど、マナーがなっていない人には問答無用でその行動をたしなめようとするらしい。僕としては、あまり関わりあいたくないんだけど。
……そんなギルドのメンバーが助けに来るなんて、運がいいんだか悪いんだか。
どうやら、むこうもそれに気づいたらしい。
「は、さすが月の館様。助けを求められたら即参上かい? 甲斐甲斐しいねぇ」
「フン……貴様らは『ランドクリーツ』のメンバーだな。まったく……貴様らのようなやつらがいるから、我々もこうして、しなくていい苦労をしているというのに」
PKどものリーダー格らしき女から吐き出されたあざけるような言葉に、対して月の館の少女はやれやれと肩をすくめて言った。って、今ランドクリーツって言ったよな?
規律を重んじるのが月の館なら、自由を重んじるのがランドクリーツ。月の館と同等以上の構成員を有する、二大ギルドのもう一角だ……!
うわさでは、上位ギルドメンバーは全員チート行為を行っているとか言う話だけど。
ってか、うわ、そんなのに追われていたのか僕は。
「は、うぜぇんだよ! これは所詮ゲームなんだ! ゲームをどう楽しもうが、あたしらの勝手だろう!? 邪魔すんじゃねーよ!」
「楽しむのは勝手だがな……あいにくと、これは貴様一人でやっているゲームではない。それをわからないほど……貴様らの頭は莫迦なのか?」
「ンなこたぁ知ったこっちゃねぇんだよ! よえぇやつはPKされる! 単純明快じゃねぇか、何が悪い!? それもまたこのゲームの側面だろうが!!」
「しかしそれは! もっとも忌むべき存在であろう! ゲームである以上、万人が娯楽として楽しめるものでなくてはならん! そして、それに暗黒面は必要ないのだ!!」
……いつの間にか僕らそっちのけでヒートアップしています。今のうちに逃げてもいいんじゃないかなー、とか思ってみたり。……できないだろうなぁ。
「暗黒面だぁ? はっ、さすがは月の館のメンバー様だ! 言うことがいちいちすばらしくって涙が出るよ! ――ヤロウども!」
リーダー格の少女が武具を構えると、残りのやつらも戦闘体制に移る。しかし、翼人種の少女は武器すら構えていなかった。――いや、構える必要なんてなかったんだ。
「まずはてめぇからPKしてやるよォッ!!」
翼人種の少女に向かって、五人のPKが飛び掛る。その動きは、相当に洗練された獲物を駆る獣のそれだった。たぶん、僕だったら一瞬でやられていただろう。だけど――
「――愚かな」
勝負は、まさしく一瞬でついた。
周囲の風の精霊が、少女の一挙一動に同調して、強大なる力となっていく。同じ風の神ジルフェーラの加護を受けている僕ですら把握できないほどの風の精霊が、彼女の周りに集まってきているのだ。これは加護なんてものじゃない。
――祝福だ。風の属性神ジルフェーラに愛され、その眷属である風の精霊すら盲目的に従う、世界の祝福。
この世界には絶対神ファルスの他にも、属性神と呼ばれるそれぞれの属性を司る神が存在している。その神々は、自らの属性を持つプレイヤーに、それぞれの属性の精霊を操るという力の一部を貸してくれて、またその属性の加護を授けるのだ。
僕の場合は、風の属性神ジルフェーラの加護を受けている。それにより風属性の攻撃は効きにくくなるし、風属性の魔法やスキルはその効果を増すことになる。その効力は、隠しステータスである『精霊力』によって左右されるらしい。
精霊力とは属性魔法や属性スキルなんかの効果を決める重要なファクターである『精霊』を、どれだけ使役できるかという数値で、その力は累計SPによって上下するという話だ。だけど、その精霊力が最初からとんでもなく高い存在がいる。それが、『属性神の祝福』を受けたプレイヤーだ。
それぞれ一割の確立でランダムに出現する、属性神に好かれる種族、風貌にエディットが出来たプレイヤーに、これまたランダムで備わる初期ステータスで、それが備われば上位プレイヤーへの道は開かれているといっても過言じゃないぐらいに反則的な能力をもつ。たとえば僕が使える風属性の魔法、シィード・アヴィリティを使えば、たとえスキルレベルが1だったとしても、10相当の効果が得られるという。その上初期ステータスも、その属性神に応じた能力が特化するらしい。
BBSなんかでよく話題になるのだけれど、その存在を目撃できる人はめったにいなくて――僕は幸運にも、その祝福を受けた存在がどれほどのものかこんなにも早く目の当たりにしてしまった。
「貴様らのような愚物は、この素晴らしき世界には必要ない。故に――排除する」
気がつけは少女の姿はどこにもなく。アレほど濃密だった風の精霊たちの気配もありえないほど押しかたまって。
そして。
「マジックスキル――『風迅騒乱』」
それは強大な爆発を伴ってPKたちを一瞬で葬り去った。
「う、わ……」
その光景は圧巻だった。本来なら魔法などの影響を受けるはずもない木のオブジェクトがたわみ、はじけ飛ぶかのような錯覚すら覚える。
同じ風の属性とは思えないほどの威力――これが、祝福を受けたプレイヤーの力……!
「すご……」
「無事か?」
あっけにとられる僕たちに、少女が振り返る。後姿だったからよくわからなかったけど、なかなかの美少女だ。年のころはおそらく15、6だろう。体格は少し小柄だけど、風の属性神ジルフェーラの寵愛を受ける蒼の髪と蒼の翼が際立つ容姿は、神話の世界から抜け出してきたかのように錯覚させた。
「何をほうけているのかな?」
祝福のすごさに呆然とする僕たちに、少女はくすりと笑った。そして、僕のほうを見てくすくすと笑った。
「先ほどのシンフォニック・チェーンは君だね。まったく、久しぶりに面白いものを見せてもらったよ。いや、聞かせてもらった、かな」
愉快そうに笑う少女は、どうも精神年齢は外見年齢よりも幾分か上のようだ。とても先ほどの舌戦を繰り広げていたとは思えない。
「あ、いや……えぇと……」
正直言うと、シンフォニック・チェーンは本気で使いたくなかった。恥ずかしいし。
そのことが僕のしぐさでわかったんだろう、少女はますます笑う。
「あ……」
しかし……われながら運がいいんだか悪いんだかよくわからないなー……。と、そういえば僕と一緒に逃げていた女の子は、と。
「……?」
こちらの少女もまた美少女と呼べる部類だ。まるで水着のような露出がはげしい服をまとい、褐色の肌を幾筋もの赤い刺青が走っている。紋を見る限りでは――うん、人間種で属性は『地』か。この装備はたぶん、舞士だ。
で、この少女もこれまた美少女だ。まあ、容姿を直接いじくれるんだから美男美女が集まっても仕方ない。というか、みんなそうするだろうし。僕みたく現実の容姿を使っているのって、ホント少数なんだよなー。
「あ……」
そして少女がゆっくりと、呆然と言った。
「月の館……『太陰円卓』の『風の席・皐月』さん!?」
――『太陰円卓』ゥッ!? マジか!?
月の館はその構成員が万を超える巨大ギルドだ。当然、たった一人のギルドマスターだけではその運営は難しい。そのため、月の館の運営は、上位実力者十二席のメンバーの合議制で行われていた。その十二人こそが太陰円卓。とどのつまり、このゲーム上でのトップクラスの実力者の集まりである。
その中の一人が、この少女だというのだ。強い、なんてものじゃない。ただの初心者でしかない僕とは、そもそもの強さの次元が違う。
……というか、なんでそんな超有名人がこんなところにいるんだろう。
「あ、アタシ舞士の姫那って言います! 属性は地ですけど……同じ女性プレイヤーとしてあこがれていたんです!! あっ、あのっ、この機会にメッセンジャー登録なんてしてもらえないでしょうか!?」
顔を満面に輝かせ迫っていく姫那という少女に、皐月さんは苦笑を浮かべた。
「すまないね。我々太陰円卓は初見でメッセンジャー登録をすることは規則で禁じられているんだ……自分で言うのは少々気恥ずかしいが、それなりに有名人だからね。個人的には、君とはメッセンジャー登録してみたいのだけれど」
皐月さんはそうくすりと笑うと僕のほうを見てきた。ちなみにメッセンジャー登録っていうのは、プレイヤー間でのメールのアドレス交換のようなものになる。いわゆる友達登録という奴だ。
つか、何で僕よ。何かすごい勢いで姫那ににらまれているんですけど。勘弁してください、マジで。
「くっくっく。そんないやそうな顔をしないでくれ。これでも私は年頃の女の子だ。傷つくだろう?」
「――え、あ、い、いや、すいません」
僕があわてて頭を下げると、何かつぼに入ったのか皐月はさらに笑い声を上げた。そしてひとしきり笑った後、その青い翼をばさりと広げる。
「さて。ではパトロールに戻るとしよう。まあ、またの再会の時には、メッセンジャー登録をしようか。二人の再会に、ジルフェーラの加護があらんことを」
つーかなんで僕のほう見るかな。属性神の祝福を受けているんだったら、風の探索魔法を使えば僕なんか一発で見つかるって。
そんな僕の視線をさらりと受け流し、皐月は大きく翼をはためかせて空に飛び立っていった。
僕はそれを見送って、そして小さくため息をつく。
あー……なんつーか。
濃い一日だったなー。
ちょっと長め。
明日はナツキ編です。
ご意見、ご感想などいただけましたら小躍りして喜びます。